「デンクン」はイーサリアムにとって吉と出るか、凶と出るか?

イーサリアムブロックチェーンにとって、過去1年以上で最大のアップデート「デンクン(Dencun)」が、長年の準備を経て3月13日についに実施された。これは良いことと見られているが、そうとは言い切れないかもしれない。

デンクン(「デネブ:Deneb」と「カンクン:Cancun」という2つのアップデートを組み合わせた言葉)による主な変更点であるプロト・ダンクシャーディングは、イーサリアムが「シャーディング」に向かう第一歩となる。シャーディングとは言うなれば、ブロックチェーンの高速道路に新しい車線を追加することで、取引容量を増やす方法だ。

この機能は特に、レイヤー2の「ロールアップ」ネットワーク、つまりオプティミズム(Optimism)、アービトラム(Arbitrum)、コインベース(Coinbase)のBaseネットワークのような、イーサリアム上で稼働し、エコシステムを完全に離れることなく、安価に取引する手段をユーザーに提供するチェーンの手数料を削減することを目的としている。

多くの開発者は、イーサリアムをより手頃なものにする可能性があるとしてデンクンを祝福しているが、エコシステムが長期的には、しっぺ返しを受けるリスクがあると懸念する開発者たちもいる。

「デンクンは、スケーラビリティの拡大に対する明確なニーズへのイーサリアムの対応」とブロックチェーンインフラストラクチャーを開発するCore DAOの初期貢献者、リッチ・ラインズ(Rich Rines)氏は述べた。デンクンによって、イーサリアムは「レイヤー2ソリューションに力を与えることに注力している」が、「これが長期的な解決策となるかどうかは疑問が残る」と同氏は考えている。

プロト・ダンクシャーディング

イーサリアムは多くの競合ネットワークよりも手数料が高く、その結果、苦戦してきた。デンクンはこの問題に少なくとも直接的にはあまり対処していない。

暗号資産(仮想通貨)投資会社ギャラクシー・デジタル(Galaxy Digital)のリサーチ担当バイスプレジデント、クリスティン・キム(Christine Kim)氏は「イーサリアムはユーザーの手数料を引き下げるつもりはなく、それは人々が理解すべき現実だ」と語った。

イーサリアムの共同創設者ヴィタリック・ブテリン氏は、イーサリアムの取引手数料を引き下げるという、計画と実施に何年もかかる方法を選ぶ代わりに、主にサードパーティーのレイヤー2ネットワークにスケーリングの責任を負わせる「ロールアップ中心」のロードマップを推進する有力者の1人だ。

プロト・ダンクシャーディングは、このビジョンに向けた最初の大きな一歩であり、ネットワークを最適化することで、全体的なトランザクション量でイーサリアムを上回るまでに着実に成長しているロールアップをよりうまく受け入れることができるようになる。

この機能は「ブロブ」を導入することで実現する。ブロブは新しいデータ構造であり、レイヤー2のロールアップがデータをイーサリアムブロックチェーンにポストするために使用できる。

隔週でイーサリアムの「All Core Devs」ミーティングを主導し、デンクンの調整役を担ったイーサリアム財団のティム・ベイコ(Tim Beiko)氏は「我々はまさにロールアップが必要とするタイプのデータ、そしてレイヤー1の他のアプリケーションにはあまり役に立たないタイプのデータの供給を大幅に増やしている。これによって、ロールアップがデータをポストするための、はるかに多くのスペースを生み出し、したがって手数料を下げることができる」と説明した。

デンクンはマージ(Merge)以来、最も複雑なフォークであり、ビザンチウム(Byzantium)と並んで「フォークにおけるEIP(イーサリアム改善提案)総数は最多」だ。このプロセスには、これまで以上に多くのチームが参加したが、どうにかすべてがスムーズに進んだ……! 彼ら全員と一緒に仕事ができたことに感謝しつつ、次の仕事へ。

断片化への懸念

ユーザーをより安価なレイヤー2に押しやることは、イーサリアムのエコシステムをより利用しやすくすることにつながる。だが、一部の開発者は、サードパーティーのネットワークを受け入れることが逆効果になり、イーサリアムのエコシステムを分断し、主要ブロックチェーンであるイーサリアムの「決済レイヤー」としての大きなユースケースを希薄化する可能性があると警告している。

「ユーザーをイーサリアムから他のレイヤー2に押しやろうとすることから生じる当然の結果は、汎用コンピューティング用の汎用プラットフォームとしての優位性を手放すことを意味する。他のプロトコルが汎用コンピューティングの責任を果たすべきだと言っているのだから」とキム氏は指摘する。

「レイヤー2はベースレイヤーにサービスを提供するものとされているが、その普及によって、手数料、開発者、流動性などのリソースをめぐってベースレイヤーと競合する可能性がある。トランザクションの大半がレイヤー2で行われるようになれば、バリデーターの手数料が消えてなくなり、レイヤー1を維持する経済的インセンティブが希薄化するかもしれない。さらに、レイヤー2への依存は活動を分断し、イーサリアムのエコシステムの結束と相互運用性を弱める可能性もある」とラインズ氏も懸念する。

12日のインタビューで、ベイコ氏は断片化の懸念を一蹴した。ベイコ氏によれば、開発者の断片化は「バグではなく仕様」だという。「異なる人々が異なるタイプのロールアップを展開し、それを試すことができることは非常に価値がある」とベイコ氏は語った。

ロールアップのセキュリティ

しかし、ロールアップのセキュリティにも懸念がある。

ロールアップはユーザーからのトランザクションを束ね、同じ水準のセキュリティを保証できるようベースチェーンに渡すという形で、究極的にイーサリアムのセキュリティの仕組みを「借用する」ように設計されているのに対し、「レイヤー2にはさまざまな設計があるため、イーサリアムのあらゆるユースケースにアクセスしたいユーザーは、数多くの異なるブロックチェーンのルールセットを信頼する必要があるかもしれない」とライムズ氏は述べた。

すべてのレイヤー2のルールセットが同じように作られているわけではない。何十億ドルもの取引高があるにもかかわらず、現在、最大規模のロールアップはすべて、中央集権型シーケンサーや、ユーザーの信頼に依存する証明システムのような補助的な仕組みを備えている。

このような補助的な仕組みは手数料を抑え、ある種のバグからユーザーを保護することに役立つが、分散化やパーミッションレスといったイーサリアムの主要な価値観からは逸脱している。「今日のロールアップは、さまざまな理由からイーサリアムほど安全ではない。そのあたりを人々に教育することは、コミュニティとしての我々の責任だ」とベイコ氏は語った。

ユーザーが妥協に満ちたレイヤー2ネットワークでの取引に慣れるにつれ、イーサリアムの分散化純粋主義的な売り文句が説得力を失うのではないかという懸念がある。

しかしベイコ氏によれば、より安価なネットワークへのシフトは避けられないもので、イーサリアムは現実に適応しているだけだという。

「市場構造全体がどのように進化すべきかを指示することがイーサリアムの役割だとは思わない。ユーザーにとって選択肢が増えることは喜ばしいことだ」とベイコ氏は語った。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:イーサリアム財団のティム・ベイコ氏
|原文:Debating Dencun: Will Ethereum’s Big Update Help or Harm the Network?