北國銀行、「預金型ステーブルコイン」を開始──能登震災復興にも一役【取材】

石川県の北國銀行は、預金に紐づくデジタルマネーが利用できるスマートフォンアプリの運営を始める。ブロックチェーンを活用して、安い手数料で支払い決済ができ、地元の旅館や料理屋などで使えるポイントを管理することが可能だ。

金沢市に本店を置き、北國フィナンシャルホールディングス傘下の北國銀行は4月1日、日本円に連動するステーブルコイン「トチカ」と、ポイントの「トチポ」用アプリ『トチツーカ』の運営を開始すると発表した。ブロックチェーン関連の開発会社、デジタルプラットフォーマー(Digital Platformer)と共同で開発を進めてきた。

1トチカ=1円の価値を持つトチカは、北國銀行の口座保有者であればアプリを通じて利用することができる。また、他の金融機関であっても、トチカとチャージ連携することで、口座保有者はトチカを利用できるようになる。今後、北國銀行のユーザー以外の石川県民でも利用できるサービスとなる。 

アプリのトチツーカは、「トチポ」ポイントの利用に限りすでに運営が始まっている。トチポは、石川県の自治体からもらえるポイントで、トチツーカの加盟店での支払いに利用することができる。今回、このアプリにステーブルコイン「トチカ」の利用機能が組み込まれた。

0.5%の決済手数料で加盟店側にメリット

ユーザーはスマホにダウンロードしたアプリを銀行口座と紐づける。次にアプリ内のトチカ口座を開き、指定した額のトチカをチャージする。石川県内の加盟店を利用する際、アプリを使ってトチカで買い物ができたり、トチカとトチポを合算して支払うことができる。ウォレット内のトチカを日本円に換金して、銀行口座に戻すことも可能だ。

2024年中には、ユーザー同士でトチカを送ることができる個人間送金も可能となる。

これまで旅館や飲食店、土産屋などの加盟店は、従来のクレジットカード決済で3%程度の手数料を支払ってきた。トチカの決済手数料は0.5%で、クレカ決済に比べて安価なキャッシュレス決済を可能にし、事業者側にとってもメリットがある。

「地域に本気のキャッシュレスを実現するために、これまで進めてきたカード決済だけでなく、それを補う新たな選択肢としてトチツーカをスタートさせる。決済手数料が課題になっている事業者の方々、そして地域に紙ベースで発行される地域振興券を取り込み、地域のデジタルシフトを進めることが期待できる」と、北國銀行・デジタル部部長の寺井尚孝氏は取材で答えた。

「先の震災において、銀行の支店が営業停止の最中でも、決済インフラとして利用が確認された。地域内でお金の循環を回せるトチツーカは地域経済の復興に資するサービスとして、県内の隅々まで広めていきたい」(寺井氏)

世界のステーブルコインをリードするテザー社とサークル社

(北國銀行・デジタル部部長の寺井尚孝氏/撮影:小此木 愛里)

ステーブルコインは、ブロックチェーンを基盤に法定通貨に連動するデジタル通貨で、米テザー社とサークル社が先行して米ドルに連動するステーブルコインを開発した。テザーが発行するのが「テザー(USDT)」で、サークルは「USDコイン(USDC)」。

USDTとUSDCは、イーサリアムやポリゴン、アバランチ、ソラナなどの10を超える主要なパブリックブロックチェーン上で機能し、海外では暗号資産(仮想通貨)取引などで日常的に利用されている。

アフリカや南米では、銀行口座を保有していなかったり、基本的な銀行サービスを受けることのできない個人が多くいる。加えて、自国の法定通貨が慢性的に不安定な国では、現地通貨の代わりに、米ドルに連動するステーブルコインを利用するケースが増加している。

USDTは世界最大の米ドル連動型ステーブルコインで、流通量は1000億ドル(約15兆円)を超える。USDCの流通量は310億ドル(約4.7兆円)で、世界で2番目に大きい。両ステーブルコインともに、価値を米ドルにペッグするために準備金(リザーブファンド)を組成している。ファンドは現金と短期米国債などで構成され、USDCのファンドは、資産運用で世界最大のブラックロックとニューヨークメロン銀行が運用している。

海外では、暗号資産取引サービスや外部ウォレットを利用して、ステーブルコインを現地通貨に換金することも可能だ。また、世界の大手銀行やSWIFT(国際銀行間通信協会)などで形成される従来の国際送金システムとは異なり、ステーブルコインは、ブロックチェーン基盤のレールで安価なピアツーピア(個人間)の国際送金を可能にする手段として注目されている。

日本で「電子決済手段」と呼ばれるもの

(金沢市内にある北國銀行支店/撮影:筆者)

USDTとUSDCの利用ケースが増加するなか、日本では昨年2023年に「電子決済手段」を扱う事業者に対する法律が改正された。

日本の法律に「ステーブルコイン」という文字は使われていないが、いわゆる日本版「ステーブルコイン」を発行することが可能となった。

ステーブルコイン(電子決済手段)は、パブリックブロックチェーンで法定通貨を裏付けに発行され、法定通貨での払い戻しが約束されているものと定義されている。一方、プライベートブロックチェーン上で発行され、銀行口座の保有者など特定の利用者のみが使えるものは、「預金トークン」などと呼ばれ、定義上は銀行預金の分類に入る。

北國銀行のトチカは、同行の口座保有者が対象となり、プライベートブロックチェーン上で発行されることから、預金型デジタルマネーの範疇に入り、USDTやUSDCとは異なる。

サークル社は、USDCの定義を「米ドルと同等の価値を持ち、常にステーブル(安定的に)に米ドルに換金できる法令を遵守したデジタルマネー」と説明している。トチカも日本円と同等の価値を安定的に持ち、常に現金に換金できるという面では、ステーブルなデジタルマネーということになるだろう。

パブリックブロックチェーンとは:パーミッションレス型(Permissionless)と言われるもので、自由参加型のブロックチェーンのこと。不特定多数のノードがブロックチェーン上の取引を検証・承認する。
一方、プライベートブロックチェーン(許可型=Permissioned 型)は、金融業界などで採用が期待される形態で、身元が明らかで、管理者に許可されたノードのみがネットワークに参加可能な、取引の承認を複数の限定的なノードが行う。参加者に対する一定の信頼が前提となり、運用・管理の面(特にコンプライアンスやセキュリティ)などの対応がしやすくなる(日立製作所より)

トチカの全国展開、世界展開は?

(石川県の金沢駅/撮影:筆者)

トチカは個人向けの支払い決済サービスだが、北國銀行は将来的に事業者間(B-to-B)の送金などでも利用できるサービスに拡大する方針だ。

「まずは世の中にトチカを早く送り出すことを最優先に考え、最も適した手段は何かを議論した結果、預金型ステーブルコインという形だった。当局との対話、マネーロンダリング等、超えるべき壁があることは理解しているが、安全・安心かつスピードローンチという目線だ」と寺井氏は話す。

北國銀行は今後、既存の決済インフラと共存する新たな選択肢というコンセプトの下、当局との対話を重ねながら海外送金といった機能を拡充させ、よりオープンな決済インフラを整備することを目指していくという。

石川県以外の都道府県の金融機関が、トチカと類似するステーブルコインの発行体となれば、互いのサービスで互換性を持たせることで、国内の広い地域で利用できるようになる。

寺井氏は、「日本におけるステーブルコインのプレイヤーの方々とは、アプローチの方法が異なるだけで、理念は同じだと思っている」とした上で、「トチカだけでは足りないもの、実現できないことがまだまだ多くある。たくさんの方々と協業していきたい」と述べた。

|インタビュー・文:佐藤 茂
|トップ画像:金沢市にある北國フィナンシャルホールディングスの本社ビル(撮影:筆者)