ウェブの分散化はこれまで以上に必要

ガレン・ウォルフェ-ポーリー氏はアービットを開発したTlonの共同創業者。


インターネットは壊れている」、そう語ることはもはや定番。だが直す方法について、意見はほとんど一致していない。

ガレン・ウォルフェ-パウリ(Galen Wolfe-Pauly)氏は、インターネットの機能不全の根本的な原因はフェイスブック(Facebook)、ツイッター(Twitter)、アマゾン(Amazon)のような巨大サービスへの過度の依存にあると考えている。多くの人が賛同するだろう。

彼のソリューションであるアービット(Urbit)は、ウェブを根本から分散化する試み。このプロジェクトでは、ユーザーは自身のサーバーを運営し、自分たちのデータを保有することができる。理論的には、この取り組みはフェイスブック、ツイッター、アマゾンなどに支配されている現在のデジタルワールドを民主化するものだ。

多くの人がアービットを支持するかどうかは議論の余地がある。2つの専用プログラミング言語を使って構築されたアービットはコンピュータサイエンスの経験がある人にとっても難解。

おそらくさらに悪いことに、このプロジェクトはメンシシス・モルドバグ(Mencius Moldbug)としても知られるカテス・ヤビン(Curtis Yarvin)氏の発案によるもの。彼の21世紀はじめのブログ記事は、世界的な新反動主義的、オルト・ライト(オルタナ右翼)的な運動を引き起こした。ヤビン氏は2019年に本プロジェクトおよびTlonを離れた。

我々はウォルフェ-パウリ氏に話を聞いた。

──2019年、最も重要なテーマとして印象に残ったことは?

弱気市場だと思う。とても新鮮なことだった。長い間、この問題に取り組んできて、2017年後半の熱狂を見てきた。少し縮小した方がずっと健康的だと思う。

──弱気市場は「真の信者」でない人たちを追い出すと思いますか?

私が理論的に信じているのかどうかはわからない。だが、ある程度は真実かもしれない。私は、何らかの価値を信じているなら仮想通貨だけを使うべきと考えるような原理主義者ではない。実際に価値があるなら使うべきと考えている。

しかし投機の行き過ぎや、投機をすることだけに囚われている人がいることは良いことではない。その精神や態度、それが会話に影響する様子は私にとっては忌まわしいこと。私は人々が実際に使うものを望んでいる。

──仮に明らかな金銭的報酬がなければ、デベロッパーは業界を見捨てるでしょうか?

開発者がお金を稼げるから仮想通貨はオープンソースプロジェクトを加速させるという考え方はまったく支持できない。一理あるが限界がある。プロジェクト数が増え、開発者に不利益をもたらしかねないポイントがある。

確かに開発者に参加してほしいが、自分が行っていることの根本に注力できないようなやり方に精神が影響されることは望まない。

──あなたがサンフランシスコに来て約10年。シリコンバレーの精神や考え方はどのように変わったと思いますか?

私は子どもの頃からテクノロジーの周辺にいた。今のこの分野も極めて同じと感じている。同じようなサイファーパンク(編集部注:暗号技術の利用を促進する活動家)。

シリコンバレーは間違いなく、かつては存在しなかった方法で、世界的な意味でパワーセンターになっている。それは良いことだと思うし、少なくとも完全な機能不全ではない。

──テクノロジー業界は統合に向かっているのでしょうか?

テクノロジー業界は、アービットのようなプロジェクトやIPFS(惑星間ファイルシステム:データの保存・共有のためのピア・ツー・ピア・ネットワーク)のようなブロックチェーン・エコシステムの構築に関わる人々が、既存のインフラと同じくらい簡単に、あるいはより簡単に使えるインフラを提供できるまで、中央集権型の状態を維持するしかないと思う。

──分散型プラットフォームを使用した、高度に中央集権化されたミッドウェイモデルについてどう思いますか?

ウィーチャット(WeChat)は、そうでなければ高度に中央集権化していただろうプラットフォームのアンバンドル・バージョン。選択肢と柔軟性に優れている。

しかし、ウィーチャットはまた「1つの奇妙なトリック」を持ち、それを利用して優位に立っている。つまり、中国政府が味方ということ。それが同社の最大の強み。柔軟性と消費者が選択できることは大きな利点だと思うが、ウィーチャットは誰もが構築できるオープンシステムではなく、安全でもプライベートなものでもない。

──ノープラットフォームの議論と中央集権化をどう考えますか?

ノープラットフォームは実に面白い問題。私が思うに、ほとんどのノープラットフォームの議論は、法律上の言論の自由の問題ではない。これは世界中のすべての人々と空間を共有しようとする試みの副産物。

互いに意見の異なる何百万人の人が常に公の場で発言するようになると、こうした非人間的なアルゴリズムを整備して秩序を保つ必要がある。ユーザー・エクスペリエンスの観点から見ると最悪。

しかし、プラットフォームの観点からすると、他に方法はない。人々が自己抑制できる小さなコミュニティを形成できる分散型システムができるまで、永遠に続くだろう。

──言論の自由をめぐる議論は無意味になるのですか?

ほとんどのウェブプラットフォームは、全世界に情報を発信するように構築されている。人々を全世界と関わるポジションに置くことの1つの効果は、人々は発言できることの限界を試そうとすること。失うものは何もなく、アカウントにはコストがかからず、誰もその人のことを知らないためだ。

人間が礼儀正しく行動する能力を持っているかどうかという問題ではない。フェイスブックとツイッターは、人々がつまらないことでお互いを馬鹿にする方法を構築してきた。多くの広告枠を売るために、多くの人々を惹きつけることが目的なら素晴らしいことだ。

──仮にこうした企業が広告収入に依存せず、ベーシック・アテンション・トークンのようなもので収益化できれば、問題はいくらか軽減されるでしょうか?

我々は効果的な情報発信と通信技術を分ける必要があると思う。インフルエンサーやコンテンツを配信するコンテンツ制作者は、私にはテレビのように見える。

広告は、新聞や放送を収益化するための悪い方法ではない。だが問題は、広告が人々がコミュニケーションや連絡を取り合おうとする方法の一部になること。

我々はコミュニケーションの方法を決めることはできない。サブレディット(Subreddit)のユーザーはサブレディットをやめることはできないし、スラック(Slack)グループをやめることはできない。だが、メッセージングの観点から見ると、シグナル(Signal)、テレグラム(Telegram)、ワッツアップ(WhatsApp)はかなり相性が良い。

翻訳:新井朝子
編集:増田隆幸
写真:Galen Wolfe-Pauly, Urbit CEO
原文:Decentralizing the Web Is More Necessary Than Ever