中東のオイルマネーが今、テクノロジーとイノベーションに向かっている。
日本から約8000キロメートル離れたアラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビ。ペルシャ湾に面し、中東の経済と技術革新の中心地として知られるこの地に、世界中のスタートアップと資本が集まる一大拠点が存在する。
アブダビ政府が2019年に設立した「Hub71(ハブ71)」。石油資源に依存しない経済の多角化政策「Ghadan 21(ガダン21)」の一環として、政府系ファンドが運用する総額2兆ドルの資金を背景に作られた国家的な戦略拠点だ。
Hub71があるのは、アブダビの経済特区にある国際金融センターADGM(アブダビ・グローバル・マーケット)の中。外国企業が100%所有権を保持でき、法人税免除などの優遇措置を受けられる恩恵などを背景に、Web3やAIなどの分野から370社以上のスタートアップが入居する。今では、20億ドルの資金調達と12億ドルの収益を達成する世界有数のイノベーション拠点へと成長した。
CoinDesk Japanは9月4日、Hub71のHead of Growth & Strategy(成長・戦略部門責任者)ピーター・アブ・ハシェム(Peter Abou Hachem)氏に独占取材を実施。Web3・ブロックチェーン領域への展望について聞いた。
Web3に開かれたアブダビ
──アブダビがWeb3に注力する背景と、Hub71設立の狙いについて聞かせてほしい。
ピーター氏:アブダビのWeb3戦略は、より大きな国家戦略である「経済の多角化」の一環だ。石油・ガスに依存する経済から脱却するため、テクノロジーとイノベーションを新たな柱に据えた。そのための物理的な拠点として、2019年にHub71が誕生した。
2022年、私たちは大きな機会を見出した。当時、世界の多くの国がWeb3企業に厳しい規制を課すなか、アブダビは2018年からADGMで先進的な規制フレームワークを整えていた。そこでこの優位性を活かし、Web3企業を積極的に誘致するための専門的なエコシステム「Hub71+ Digital Assets」を立ち上げた。

「アブダビは、Web3ビジネスに開かれている」と世界に発信した。資金的な支援に加え、規制当局と対話する機会も提供する。大手銀行や通信会社といった顧客とのネットワーク作りも手伝い、RWA(現実資産)がオンチェーン化することを手助けする。スタートアップが安心して事業を展開できる環境を整えている。
──ドバイなど他の都市と比較して、アブダビの優位性は何か。
ピーター氏:1つ目は規制を整備してきたこと。私たちは2018年から包括的な暗号資産規制を整えてきた。他の都市は規制がなかったり、最近になって整備を始めたばかりで、新しいフレームワークを作っている段階だろう。
2つ目は資本。この言葉を聞いたことがあるかわからないが、私たちはアブダビを潤沢な資金と投資のチャンスが集まる「資本の首都(Capital of Capital)」だと位置づけている。政府系ファンドが2兆ドル以上の運用資産を持ち、投資会社MGXによるバイナンスへの巨額投資のように大規模資金が動く場所だ。
3つ目は、必要なすべてが一カ所に集まっていることだ。Hub71はADGMが管轄するアルマリア島にあり、規制当局、投資家、大手企業など必要なプレイヤーが物理的に同じ場所に集約されている。スタートアップは、一日で必要なすべての人に会うことができる。

また、アブダビは世界で最も安全で多様性に富む都市の一つだ。この優れた生活環境も、創業者が家族と共に移住を決める大きな理由となっている。
「新しい石油」を求めて
──中東のオイルマネーは、Web3分野のどの領域に投資されているか。
ピーター氏:「データとAIは新しい石油だ」と言われている。アブダビは長年、戦略的に投資を行ってきたが、現在はAIやデータインフラへの投資が非常に活発だ。MGXがバイナンスに投資したのも、この戦略の一環である。
資金は非常に重要だが、それ以上に重要なのは「市場の普及」だ。なぜなら、どんな素晴らしい技術も適切な顧客がいなければ浸透しないからだ。
そこで、アブダビ政府は自らが模範となるべくデジタル化を推進している。運転免許証やビザなど、必要な書類を24時間以内に携帯電話から取得できる。紙を持ってあちこち行く必要はない。政府自らがテクノロジーの導入を積極的に進めることは、他の都市に比べて大きな先行優位性となる。必然的に市場全体が追随し、スタートアップに大きな収益機会をもたらしている。
また重要な点として、アブダビにある多くのファンドが地元のファンドだけではない。政府が出資するソブリン・ウエルス・ファンド(SWF)はたくさんあるが、国際的なファンドもたくさんある。アブダビに進出している韓国のハシッド(Hashed)は、非常に活発なWeb3のベンチャーキャピタル(VC)だ。私たちには40以上の異なるVCパートナーがいる。
──スタートアップを支援するうえで、最も重視していることは何か。
ピーター氏:一言で表すなら「価値創造」だ。私たちは単に資金を提供するだけでなく、スタートアップの「共同創業者」として行動する。
Hub71の最もユニークな点は、その審査プロセスにある。申請があった時点で、私たちはVCパートナー、規制当局、企業、政府機関と協力して審査を行う。これにより、スタートアップは受け入れられる前から、潜在的な顧客や投資家、規制当局と繋がりを持つことができる。
受け入れられた後も、インセンティブプログラムを通じて事業拡大の初期コストを軽減し、ビザや銀行口座開設などの管理業務も代行する。創業者には、資金調達や製品開発といった本質的な業務に集中してもらうためだ。
アクセラレータープログラムでは、規制当局やVC、企業パートナーがクラスに同席し、実践的なアドバイスを提供。私たちはあらゆる場面で企業をサポートし、製品の販売や資金調達を支援する。その結果、これまでにHub71のスタートアップは累計で20億ドル以上の資金調達と12億ドル以上の収益を達成した。
全産業に影響を及ぼすブロックチェーン
──Web3の分野で、Hub71が特に注力している領域はあるのか。
ピーター氏:私たちは取り組む分野を選ぶ際、いくつかの視点を組み合わせている。まず、入ってくるアプリケーションの大半を分析し、Web3全般に関わるユースケースを検討する。特定の分野に限定することはない。

次に、規制面を確認する。新しい分野に取り組む前に規制当局と連携し、法律や規制が整備されているかを確認する。必要であれば、規制サンドボックスを通じて新しいルールを作ることも可能だ。これがアブダビ、ADGM、Hub71の信頼性を支える重要な要素である。企業を受け入れる際も、規制上の安全性は重視している。
次に、市場の需要を重視する。私たちは常にプロダクトマーケットフィットを確認し、企業の製品や実績だけでなく、各企業が何をしたいのかを観察したうえで、市場に需要があるかを見極めている。例えば、Web2企業が自社の資産をブロックチェーン上でトークン化したいのか、暗号資産決済を導入したいのか。あるいはWeb3企業が特定のチェーンで規制されたカストディアンを必要としているのか、といった点だ。
私たちは需要の発生源を把握し、適切な供給とマッチさせることを重視している。そのため、企業を受け入れる前に、顧客やパートナーにも参加してもらい、「これが求めているものだ」と教えてもらうプロセスを設けている。こうして供給と需要のバランスを取っているのだ。
──ブロックチェーン技術によって最も変革される分野はどこだと考えるか。
ピーター氏: ブロックチェーンの本質を考えると、そのビジョンは一般的に「分散化」だ。意思決定の分散化、金融の分散化、物理的拠点の分散化。Web3のスタートアップを見てもそれは明らかだ。彼らは世界中で働き、特定の場所に集中していない。分散化は1つの産業に留まるものではなく、あらゆる産業に影響を与える。
個人的に、ブロックチェーンはAIと同様にすべての産業に影響を及ぼすと考えている。AIは労働力や企業、開発者の可能性を最大限に引き出す技術であり、それをブロックチェーンによる分散化と結びつけることで大きな相乗効果が生まれる。特にフィンテック分野での活用は重要で、人々が信頼できる方法で自分の資産を管理し、意思決定を行うという点で、分散化は大きな意味を持つだろう。
もちろん、ブロックチェーン上にスマートコントラクトやデータベースを構築するという典型的な活用も見られる。つまり、ブロックチェーンの影響は特定のセクターに限定されない。現時点では、フィンテックとAIが最大のトレンドだと考えている。
世界に出ていくための「発射台」
──日本企業や投資家をどのように巻き込んでいくのか。
ピーター氏:私たちはアブダビを、スタートアップがグローバルに展開するための「発射台」だと考えている。13カ国以上と国境を越えたパートナーシップを結んでいるのもそのためだ。スタートアップがユニコーンや数十億ドル規模のテクノロジー企業になるためには、一つの市場だけに集中するのではなく、グローバルである必要がある。

先日、私たちはジェトロ(日本貿易振興機構)と提携し、日本とアブダビを結ぶ公式な「パイプライン」を構築した。この提携を通じて、日本のスタートアップを誘致するためのプログラムを立ち上げている。
Hub71にはすでに複数の日本企業が入居している。彼らは、アブダビの優れた環境を体験した後、日本に戻って友人である起業家たちにその魅力を伝えてくれる。いわば、私たちの「マーケッター」だ。私たちは政府間の連携と、人々による自然な口コミの両方を重視している。
アブダビは規制が厳しい日本企業にとって、事業をグローバルに展開するための最適な「発射台」となるだろう。日本の皆さんを歓迎したい。
|インタビュー・文:橋本祐樹
|トップ画像:370社以上が入居するHub71の成長・戦略部門責任者、ピーター・アブ・ハシェム氏


