中東・アブダビは、暗号資産企業のオアシスか?

アラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビは、規制を受けた事業展開を求める暗号資産(仮想通貨)スタートアップを引きつけている。

暗号資産企業のオアシス

夏には気温がゆうに40℃を超え、周囲には砂漠が広がるアブダビの暮らしは厳しい。天然の飲み水はほとんどなく、150万人の住民に十分な飲み水を提供するために海水を淡水化しなければならない。

だが現代的な高層ビルと緑豊かな公園は異なる現実を示している。アブダビは、自らをオアシスとしてアピールしている。

UAEが石油からの多角化を図るなか、アブダビの裕福な指導者たちは、暗号資産(仮想通貨)業界をはじめとする新たな企業を引き付けたいと望んでいる。

複数の業界関係者は、アブダビ──具体的には、アブダビの国際金融センター「アブダビ・グローバル・マーケット(Abu Dhabi Global Market:ADGM)」──は、2018年6月にデジタル資産規制を導入して以来、幅広い暗号資産企業にとって魅力的な場所になっているとCoinDeskに語った。

ADGMの市場監視機関である金融サービス規制庁(Financial Services Regulatory Authority:FSRA)のリチャード・テン(Richard Teng)CEOは、同地域でライセンスを受けた暗号資産企業として運営することに対して、業界関係者から「強い関心が寄せられている」とCoinDeskに語った。

大手も移転を検討

7〜8社の暗号資産企業と、約同数の関連サービス企業がアブダビへの移転に興味を持っていると伝えられ、知られた企業も含まれている。

クラーケン(Kraken)はすでに、ライセンス取得プロセスを開始し、同社サービスが現地の法律を遵守したものになるよう、FSRAと連携している。

クラーケンのデイブ・リプリー(Dave Ripley)COOは、アブダビは「ますますグローバルになりつつある強力で、発展を続けている自由市場」であるため魅力的、とCoinDeskに語った。

暗号資産取引所フォビ(Huobi)も、アブダビにオフィスを設立している最中だ。

フォビのグローバルビジネス責任者シアラ・サン(Ciara Sun)氏は、同社は新オフィスが中東における地域的基盤となることを望んでいると語った。

「素晴らしい市場。ブロックチェーンの普及がこの地域では急速に進んでいる」

サン氏は、ライセンス取得の進捗については、コメントを控えた。

ブロックチェーン決済スタートアップのリップル(Ripple)はFSRAと交渉しているとある情報筋は語った。リップルの広報担当者は、コメントの求めに応じなかった。

アブダビの優位性とは

簡単にまとめると、アブダビ・グローバル・マーケットの暗号資産の枠組みは、アンチマネーロンダリング、市場の一体性、顧客保護、資産の安全な保管、ガバナンスモデルなど、金融市場の主要な構成要素に関する標準や期待の完全なリストを、同地域で取引所、ブローカー、カストディアンとしての事業を検討している企業に提供する。

完全なライセンスを取得した企業はまだないが、暗号資産の相対取引(OTC)とカストディサービスを提供するHAYVNの共同創業者クリストファー・フリノス(Christopher Flinos)氏はこの10カ月で、FSRAから原則的な承認──実質的なゴーサイン──を受けている。

同氏は、HAYVNは他の地域も検討したが、アブダビの規制が「他のどこよりもずっと優れていた」ためにアブダビに決めたと語った。

フリノス氏によると、同社は機関投資家をクライアントに持ち、その多くは厳格なデューデリジェンス要件を持っているため、アブダビのより強力な規制体制はビジネスに有利だ。

「私の関心は、HAYVNが事業を行う場所の規制上の枠組みが、十分に優れたものであるということだけ。それによって、私がイギリスの年金ファンドと交渉を行い、彼らのポートフォリオの数%を暗号資産に割り当てようとする時に、彼らはHAYVNが金融機関のように規制を受けていることを評価してくれる」

イギリスと同等の規制

アブダビへの移転には、より戦略的な理由もある。

「アブダビの(規制)制度全体は、イギリスをかなり真似たもの」と分散型取引所ディバーシファイ(DeversiFI)のディレクターで、ロンドンに拠点を置く弁護士のティム・アロン(Tim Aron)氏は述べた。

2015年にFSRAのCEOに就任する前、テン氏はシンガポール金融管理局(MAS:Monetary Authority of Singapore)の企業ファイナンス担当ディレクターを務めていた。

FSRAは、イギリスの金融行動監視機構(FCA:Financial Conduct Authority)など、他国の金融規制当局から多くの職員を採用しているため、アブダビの規制は、他国における将来の暗号資産制度の先駆けとなるかもしれないとアロン氏は示唆した。

「言葉や法律はほとんど同じなので、イギリスの規制に慣れている人なら誰でも、アブダビの規則をかなり簡単に理解できる」とアロン氏は述べた。

「我々、そしておそらく他社がアブダビへの移転を検討している理由は、近い将来、スポット市場を規制する動きが出てくる可能性と見込みに目を向けているからだ」

もちろん、ある種の暗号資産規制の枠組みを提供している地域は他にもある。例えば、マルタとリヒテンシュタインは、独自の暗号資産制度を持っており、シンガポールは、デジタル資産を既存の決済規則に徐々に統合していった。

高いハードルの意味

しかし、移転している企業によると、アブダビの魅力の一部は、この地がほぼ排他的なクラブのようなことにある。

つまり、この地でライセンスを取得するのは非常に難しい。申請企業のわずか5%がADGMライセンスの取得に進むことができるが、テン氏によると、そのプロセスには14カ月かかることがある。

クラケーンやフォビのように、アブダビでのライセンス取得を目指す企業の一部は、すでに国際的プレイヤーになっている。しかし、ディバーシファイやHAYVNなど多くは、より小規模で、そうした厳格な精査を通貨することを、他の地域でのサービス提供を可能にするチケットと捉えている。

HAYVNはロンドン、シンガポール、チューリッヒに、アブダビオフィスの支店として事務所を設立中だ。イギリスには同様の制度はないが、FCAと同じ基準や権利保護を伴うFSRAからの認可によって、イギリスで認可を受ける時が来れば、当局から認可を受けやすくなる可能性があるとアロン氏は述べた。

「セーシェル共和国に拠点を置いたまま、これらのサービスを提供することもできた」

しかし、規制当局の「監視を受け、認可のスタンプを押してもらうこと」は一般的に、顧客にもう少し安心を与えることができるとアロン氏は述べた。

安心を求めているのは顧客だけではない。

暗号資産のような業界では、規制の見通しが非常に不確実なため、アブダビ・グローバル・マーケットのライセンスなどは、明確な立場にいるという企業が大いに必要としている安心感を与えてくれるのかもしれない。

翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸
写真:Shutterstock
原文:Why Are Crypto Companies Going to Abu Dhabi?