BGINが示す「国際標準」の行方──日本の金融規制とセキュリティはどう変わるか【ジョージタウン大学・松尾教授に聞く】

ブロックチェーン領域の共通したガバナンス形成を目指す国際団体BGIN(ビギン、Blockchain Governance Initiative Network)は10月15〜17日、米首都ワシントンDCで13回目となる総会(Block13)を開催する。期間中は、サイバー攻撃による暗号資産の流出対策やマネーロンダリング・テロ資金対策(AML/CFT)などをテーマにした議論が進む。これらは国際的な政策づくりの基盤となる文書化につながる見込みで、日本の金融規制や事業者にも影響を与える可能性がある。

BGINは2020年3月、ビットコインやイーサリアムの開発者や各国の当局関係者、学会の研究者など約20人が発起人となり設立された。G20の決議(コミュニケ)に基づく国際標準化団体として、各国の政策や国際規格ISO標準に影響を与える存在へと成長している。

CoinDesk JAPANは10月8日、BGINの創設メンバー・共同議長で、日本の金融審議会「暗号資産制度に関するワーキング・グループ」の委員も務めるジョージタウン大学研究教授の松尾真一郎氏に独占取材。BGINの意義と、国際的な議論が日本の事業者にとって重要な理由のほか、日本の金融規制が向かうべき方向性、そしてセキュリティ対策における最優先課題についても聞いた。

各国が規制を決める足がかりに

──BGINの立ち位置や存在感は設立からどのように変わってきたのか。

松尾氏:発足当初、ブロックチェーンの領域には「標準化」という概念が広がっていなかった。ビットコインとイーサリアムなど、各チェーンが同じ基準で相互連携するようなことは想定されておらず、それぞれが別の経済圏を持つような形だった。標準化とは「こういう使い方は良いが、こういう使い方は避けるべき」といった共通認識を一つの合意文書にすること。インターネットには最初から標準化の意識があったが、ブロックチェーンの世界では希薄だった。

しかし、今は状況が全く変わっている。業界の発展に伴って規制当局との対話が不可欠となったほか、サイバー攻撃の深刻化から共通言語と統一されたセキュリティレベルを持つ重要性が増した。

この6年あまりでBGINは、ISO(国際標準化機構)にも強い影響力を持つようになった。ISOは工業や産業の国際標準を定める機関であり、その基準は各国の制度策定にも関わってくる。

ISO標準を決める際には「一国一票」の原則で、各国の代表が議論する。世界中の国がブロックチェーンに関心を持ち始めたことで、ISO標準にブロックチェーンを扱う意味が出てきた。

BGINは昨年から、ブロックチェーンと分散台帳の標準化を管轄するISO TC307と「リエゾン(連絡・連携)」関係にある。つまり、ISOの相互協力をする関係になっている。本来、ISOで1から合意形成を図るには提案から2年ほどかかるが、BGINで完成したドキュメントがあれば、それを追認するような形でより短期間でISO標準にすることができる。

これはブロックチェーンの世界にとって非常に大きな意味を持つ。なぜなら、ISOの場には国の代表が出席するが、実際にソフトウェアやプロダクトを作っているサイファーパンクや開発者がいないからだ。結果として、実態と少し乖離したルールが生まれてしまうという課題が長らくISOにはあった。

一方、BGINにはサイファーパンクも、ブロックチェーン業界の人間もレギュレーターもいる。多様な人材が議論して決めた文書をISOに持っていくことで、実態をとらえたルール作りに貢献している。

さらに、BGINで作成されたレポートやドキュメントは、金融庁の審議会など各国の政策決定の場におけるたたき台資料として参照されうる位置づけになった。いまやBGINは単なる議論の場ではなく、政策や産業の基盤となるルールを作り出すための足がかりになっている。

金融、サイバーセキュリティ、ID…喫緊の課題を議論

──今回のBlock13の中心的なテーマは何か。

松尾氏:各総会で特定のテーマを掲げるわけではない。BGINには主に、金融アプリケーション、サイバーセキュリティ、アイデンティティ(ID)とプライバシーという三つのワーキンググループがある。その中で参加者が「こういうルールが必要だ」とボトムアップで提案し、ドキュメント作成のプロジェクトが始まっていく。

〈松尾氏はBlock13のプログラムについて紹介した〉

現在、アメリカではクラリティ法案の議論が進んでおり、暗号資産をSEC(証券取引委員会)とCFTC(商品先物取引委員会)のどちらが管轄するかを分類しようとしている。

その際の主要な評価軸の一つが「ガバナンスがいかに分散しているか」という点。クラリティ法案の議論では「ガバナンスの分散が20%を超え、ドミナントな所有者がいない状態であれば分散している」といった、いわゆる「20%ルール」のような指標が提案された。しかし「ガバナンスの分散を本当に測れるのか」という実務上の疑問が出ている。

BGINでは、「分散性を評価するための技術的な指標はどうあるべきか」といった話をドキュメントにまとめていく。この議論は当然、クラリティ法案の議論と実務の検討に影響を与えるほか、日本の金融審議会にもフィードバックできる内容となるだろう。

このほか、不公正取引やステーブルコインをテーマにした多様なプログラムが予定されている。BGINのプログラム一覧は公式ウェブサイトで確認することが可能だ。

そして、Block14は来年3月に東京で開催される。継続審議されるプログラムも多い。

国際標準と専門人材が鍵

──先日もSBIグループのマイニング事業者から流出事故が起きてしまったが、日本がセキュリティ対策の面で最優先すべき課題は何か。

松尾氏:まず、この問題の根っこは人材不足にある。セキュリティエキスパートが圧倒的に足りていないのが現状だ。今回のSBIの件でも北朝鮮の関与が疑われるように、相手は国家レベルの敵であり、これに対応できる専門家は世界的に見ても限られる。

暗号資産業界には、他業界では当然のセキュリティ体制をまだ整えられていないスタートアップも多い。すぐに人材を育成することは難しいため、他業界の専門人材を積極的に登用する方法もある。

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例えば、日本には2000年頃のe-Japan時代から国家レベルの公開鍵インフラ(PKI)システム構築を行ってきた高いスキルを持つエンジニアがいる。こうした人材が業界に入ることで、まず「他の業界なら当たり前」のレベルまで引き上げることが必要だ。そのうえで、暗号資産ならではの新しい攻撃への対処など業界特有の課題に対応していくことが重要となる。

──国内では金融審議会のワーキンググループの委員も務めているが、日本の暗号資産規制はどこへ向かうべきだろうか。

松尾氏:金融審議会での議論の焦点は、利用者保護をどう実現するかだ。現状では、金融商品取引法を規制手法として適用しようとしているが、将来的にはイノベーション促進も可能にする新たな法体系を構築することも考えられるのではないだろうか。

日本の規制は国際的なルールを参照しながら、利用者保護と技術革新の両立を図る道を進むだろう。BGINはそのための裏付けを提供している。

◇◇◇

BGIN Block13は、日本からオンラインで視聴することも遠隔で議論に参加することも可能だ。世界最先端の規制動向を直接感じ取り、未来のルールづくりに参加できる貴重な機会でもある。

なお、松尾氏は取材中、いくつかの主要なプログラムについて語った。日本の法規制や今後のビジネスに直結する可能性を秘めている。

日程米時間タイトルカテゴリ内容
10/1511:00 – 12:30Governance of security supply chainCyber SecurityDMMビットコインやBybitの事件を踏まえ、外部委託先を含めたセキュリティレベルを確保するための国際ガイドライン構築を目指す。
10/1613:30 – 15:00Security Target and Protection ProfileCyber Securityハードウェアウォレットの安全性を評価する国際基準書の策定などを目指す。
10/1615:30 – 17:00Crypto Agility and PQC migrationIKP量子コンピュータ時代を見据え、ブロックチェーンを耐量子暗号技術へ安全かつ円滑に移行するための方法論を議論・策定する。
10/1710:45 – 12:15Toward a Common Lexicon for Harmful On-Chain ActivitiesFASEインサイダー取引など、暗号資産領域の多様な不公正取引のリストを作成し、規制当局が議論するためのデータベース提供を目指す。
10/1714:45 – 16:15Practical Stablecoin Implementation GuideFASEステーブルコインの国際的な実用化に向けた課題解決が目的。例えば、日米の法律の違いにより、米国で発行され送られたUSDCが日本では換金できないといった問題もその例である。

|インタビュー:増田隆幸
|文:橋本祐樹
|トップ画像:アメリカからオンラインで取材を受けたジョージタウン大学研究教授の松尾真一郎氏

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