投資への関心はますます高まっている。だがこれまで、個人投資家が簡単には手を出せない領域があった。プライベートエクイティ(PE:非上場・未公開企業の株式)への投資だ。機関投資家にとっては当たり前の投資商品だが、投資単位の大きさ、情報が限定される「プライベート」市場の特殊性ゆえに一般的な個人投資家はアクセスできなかった。
しかし、ブロックチェーン技術がそうしたハードルを打破した。株式会社SBI証券(金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第44号、加入協会:日本証券業協会)、新生信託銀行株式会社、東京海上アセットマネジメント株式会社、株式会社BOOSTRYの4社は9月、実質的に国内の非上場・未公開企業の株式への投資を行うセキュリティ・トークン「東京海上・日本プライベートエクイティ戦略ファンドST」を共同開発し、その公募について協業すると発表した。

機関投資家向けの商品をどのようにして個人投資家向けに組成したのか、そもそもなぜ、個人投資家への提供に取り組んだのか。SBI証券 松村一也氏(商品企画部上席部長)、東京海上アセットマネジメント ⻆井浩司氏(ビジネス戦略部 開発グループ部長)、新生信託銀行 代表取締役社長 岩井正貴氏、BOOSTRY CEO 平井数磨氏に聞いた。
同じ目的を持ち、同じ課題にぶつかっていた
──今回の取り組みはどのようにスタートしたのか。
松村氏:同時並行的に各社で進行していた。当社では、2年ぐらい前から議論を始めていたが、当時は特定受益証券発行信託の仕組みでは会計や税制上の制約があり、乗り越えられない部分があった。

そんな時に⻆井さんと出会い、同じ部分で壁に当たっている状況を共有し合った。アセットマネジメント会社は、きちんと商品になった時点で証券会社に話を持ちかけたいという意識が強いそうで、⻆井さんも「できあがっていない状態でも大丈夫か」とおっしゃっていたのだが、我々とすれば一緒にスタディできることは有り難く、1年半くらい前から検討を始めた。
⻆井氏:我々はオルタナティブ資産を個人投資家に何とか提供できないかなと考え続けていた。これは数年単位ではなく、十数年考えている課題だった。数年前にセキュリティ・トークンが登場したときに「これではないか」と直感して研究を始めたが、まだ難しい部分があった。そんな状況で松村さんと話をする機会があり、一緒に研究しようとなった。
松村氏:当初は特定受益証券発行信託ではなく別のスキームで約1年、研究を進めた。おそらく、そのスキームでやり切ることもできたと思うが、最終的には特定受益証券発行信託のスキームが最も適しているとの結論になり、会計・税制改正の議論がある程度進んだタイミングで方向転換した。
プライベートエクイティを個人投資家に届けたい
──プライベートエクイティを個人投資家に提供するというのは、アセットマネジメント業界としての課題だったのか、あるいは会社としての課題だったのか。
⻆井氏:個人としての思いが強いかもしれない。これまで新規のプロダクトやビジネス開発に約30年関わっているが、かつては個人投資家が投資できるのは株と債券だけだった。そこに不動産が加わり、特にJ-REITが新たなアセットクラスとして登場した。さらにETF(上場投資信託)が登場し、容易に金や原油といった商品市場にもアクセスできるようになった。投資の選択肢のバラエティが増えたことで個人が投資先を分散し、それぞれが自身のポートフォリオでアセットクラスを分散した円グラフを描いて資産運用を考えられるようになった。

次はオルタナティブ資産だと考えている。特に日本は未公開株、非上場株にお金が回っていない状況がある。政府が「スタートアップ育成5カ年計画」を打ち出し、我々もそこに個人のお金を回したいという希望というか課題をずっと持っていたが、個人の金融資産と我が国のプライベートマーケットは分断されている。その解決に「セキュリティ・トークンの枠組みが使えそうだ」というのがスタートの発想だった。
松村氏:国がスタートアップへの支援策を打ち出す一方で、東京証券取引所はグロース市場の上場基準を時価総額100億円とするなど、グロース市場への上場基準を厳格化している。小規模な企業に投資したいお客様、例えばグロース市場でテンバガー(株価が10倍になった、またはなりそうな銘柄)を見つけて、投資したいと考えるお客様は間違いなくいらっしゃり、グロース市場への上場が厳しくなると、そうした機会が減ってしまう懸念もある。そうした領域にお客様をつなぐ役割ができるのではないかと考えた。
ただ、ベンチャー企業に投資するベンチャーキャピタルファンドだけでは、一般的な個人投資家にはリスクが高すぎるという思いもあった。

⻆井氏:プライベートエクイティには、大きく分けて2種類ある。1つは、ベンチャーキャピタルファンド。創業間もないベンチャー企業に投資して、うまく成長できればIPO(新規株式公開)を経て投資は何倍にもなるかもしれないが、うまくいかず低迷し最悪倒産する可能性もある。もう1つは、バイアウトファンド。事業継承、あるいはすでに上場している企業の経営権を取得して価値向上を図る。
プライベートエクイティ市場はこの2つが占めているが、規模ではバイアウトファンドの方が多い。ベンチャーキャピタルファンドは夢があって面白いが、単品だと個人投資家には相応にリスクも高く、最初に投資していただくには「激辛」な商品になってしまうことを懸念した。
松村氏:特定の限られた投資家向けであれば、ベンチャーキャピタルファンドもあり得るが、今回は公募型のセキュリティ・トークン。「広く」が前提なので、ベンチャーキャピタルファンドとバイアウトファンドのバランスが取れたポートフォリオでリスクを抑えた設計になっている。
⻆井氏:日本経済全体で考えると、ベンチャー企業にお金を回すことだけでなく、未公開企業の事業再生などにもお金が回れば、多くの企業がより効率的になっていく。日本の未公開株市場を活性化し、資金が潤沢に回るような道筋をつけたいと考えている。
「小口化」が目的ではない
──そうしたバランスを取る役割を今回、東京海上アセットマネジメントが担った。
⻆井氏:今回の取り組みは「PEファンドをセキュリティ・トークンを使って小口化した」ということになるが、実はそれだけが本質ではない。個人投資家にふさわしい商品になるよう、さまざまなPEファンドを組み合わせた「Fund of Funds(ファンド・オブ・ファンズ)」の運用を小口化した。単にPEファンドを小口化した商品ではない。
PEファンドに分散投資することは機関投資家でも容易ではない。一般的にPEファンドの最低投資額は5~10億円程度。数本に分散投資しようとすると、数十億円必要になり、機関投資家でも簡単に出せる金額ではないし、そもそも情報が限られているので投資に値するようなファンドを選ぶことも難しい。
それを今回、個人投資家向けに実現しようとしている。PEファンドは、もともと機関投資家向けの商品だが、機関投資家でも簡単にはできないことを、我々が運用者として間に入りセキュリティ・トークンという枠組みを使って個人のお客様に提供したい。そうしたことを夢見て、この1年半ぐらい取り組んできた。今回の商品では、実質的に100銘柄程度の未公開株に投資する見込みだが、少額で未公開株にこれほど分散投資が可能なものは従来は考えられなかった。
松村氏:もっと言えば、今回のセキュリティ・トークン化は小口化が目的ではない。プライベートファンド市場は基本的に「プライベート」な世界なので、情報は限られている。だが、今回は個人投資家に対する情報開示は不可欠になる。実はここに大きなギャップがあった。
ブロックチェーン技術を使うことで、ブロックチェーン上に登録されているお客様に直接、情報を届けることができる。「プライベート」と「公募」は、そもそも対極の考え方だが、そこをつなぐことができたのはBOOSTRYの「ibet for Fin」のおかげだと思っている。
「プライベート」市場とブロックチェーンの親和性
──今回の取り組みは、従来の不動産STでよく言われる「小口化」が主な目的ではないとすると、ブロックチェーンの活用はこれまでとは少し違っていたのか。
平井氏:そういうわけではなく、そもそもブロックチェーンの役割は「発行体と投資家をつなげる」というものだ。この役割は以前から言われており、ブロックチェーンの何かが変わったわけではない。

今回はスキームが特定受益証券発行信託で、これまで数多く取り組んでいる不動産STと同じスキームである。そこで、我々がSBI証券にすでに提供しているシステムを活用してもらいながら、ibet for Finにて管理する。我々プラットフォーム側が何か非常に苦労したという話ではなく、今回はスキームを作り上げるところが非常に重要なことだった。個人投資家と発行体をつないでいく技術は、これからも大きく発展していくのではないかと考えている。
松村氏:「プライベート」というジャンルは、ブロックチェーン技術と親和性が非常に高いと取り組みの途中から気づき始めた。業界としてプライベート商品を出していくときにはブロックチェーン技術が活用できる。この先のプライベート市場の発展を考えたときに、ブロックチェーンを使うことが業界標準になると素晴らしいと考えている。
⻆井氏:プライベート商品は従来、機関投資家と秘密保持契約を結んで、運用報告などを行っていた。だがそれを公募型の商品で、何百人、何千人という個人投資家との間で行うことは不可能だ。一方、法で定められた開示はもちろん行うが、投資家にはそれでは不十分。だからといって、ホームページで公開する類の情報ではない。ブロックチェーンを使って、投資家のみに伝えるというのは非常に面白いアイデアだと思った。
──情報開示は取り組み当初から大きな課題だったのか。
⻆井氏:公募で個人のお客様に買っていただくときには、法律で開示すべき情報が決められている。そこはクリアできそうだったが、問題はその先、投資していただいたお客様にどこまで運用状況をお伝えできるか。
「開示したくない」ということでは決してなく、Fund of Fundsとして「このファンドに投資した」と開示しても、ファンドに関する情報はそもそもあまりない。検索しても、会社のホームページが出てくる程度で、誰が、どういう運用をしているかはわからない。
だが、今回の商品では、運用状況や投資成果を可能な限りしっかり伝えたい。そこをつなぐのが、我々東京海上アセットマネジメントの役割だと認識している。
我々は資産運用会社として何十年もの経験があり、プライベートファンドについて十分な情報・知見の蓄積がある。「ファンドマネージャーが変わった」とか「2本目のファンドを作るようだから、担当者にインタビューしよう」ということを日々行っている。これは個人ではできない。
つまり、プロである我々が個人投資家とプライベートファンドの間に入り、個人投資家がプロのマーケットにアクセスできるような仕組みを運用者として提供した。これが今回の取り組みの本質であり、証券会社、信託銀行とのチームの中で基盤として機能を担っている。また広く言えば、金融仲介機能としての当社の社会的な役割と認識している。
──今回の取り組みの中で新生信託銀行とBOOSTRYはどのような役割を担うのか。
岩井氏:信託銀行は、特定受益証券発行信託の受託者であり、セキュリティ・トークンの発行体になる。実質的には今後行われるオペレーションを含めた全体の運営管理を担う。東京海上アセットマネジメントという運用側とSBI証券という販売側を繋ぐハブになると考えていただくとわかりやすいだろう。各社をつなぐ機能を担い、そのツールとして、ibet for Finを使っていく。

セキュリティ・トークンの扱いは不動産STを含めて今回が2件目になるが、SBIグループがデジタルアセットに積極的に取り組んでいるなかで、我々もさまざまなアセットのST化をチャンスと捉えながら進めており、さまざまな事業法人や地方銀行に提案を行っている。セキュリティ・トークンを活用した地方創生や資金調達などにグループとして取り組んでいる。
平井氏:BOOSTRYは、コンソーシアム型ブロックチェーン「ibet for Fin」を運営する21社のうちの1社で事務局の立場である。また、ibet for Finをはじめとした複数のブロックチェーンへの接続を可能とするソリューションを会社として提供している。すでに新生信託銀行に証券トークンの発行や受益権原簿の管理が可能な「E-Prime」を、SBI証券に鍵の管理やSTの移転を行う「E-Wallet」を提供していたので、今回はそれを活用する。
ibet for Finというプラットフォームとシステムを提供するBOOSTRYという2つの側面があるが、今回は特定受益証券発行信託という不動産STで展開していたスキームだったので、比較的問題なく進めることができている。
新しい流れが生まれつつある

──プライベートエクイティファンドのセキュリティ・トークン化という新しい取り組みへの反響は。
松村氏:当社が契約するIFA(Independent Financial Advisor、独立系金融アドバイザー)の皆さんからも非常に良い反応をいただいている。PEファンドは最低でも億単位の金額でないと投資できなかったので、仮に10億円の資産をお持ちの方でも簡単には投資できなかった。これが、一口100万円から投資できることは、富裕層投資家にとってもかなりインパクトは大きい。
さらには、PEに投資するファンドを特定口座で扱える利便性の高さに富裕層投資家からも良い反応をいただいている。
⻆井氏:同業他社から「どうやって作るのか」と尋ねられたり、すでに退職した先輩から「よく諦めなかったな」などと言われたりした。「PEを個人に」というのは誰もが考えることだが、それに本気で取り組み今回、実際に形にできたことはインパクトが大きかったと思う。
松村氏:SBIグループは最先端を追っているため、ある意味、無邪気な一面がある。さまざまな可能性を検討し、信託銀行の機能でしっかり形にする。そういう座組みも良かったのだと思う。
岩井氏:無邪気な話に対して、我々が現実的なことを言うと、たまに冷たい目線で見られることもあった(笑)。
──新しい取り組みに対して期待していること、今後、考えていることは。
⻆井氏:日本の個人家計に様々な投資対象を提供して幅広く分散されたポートフォリオ、つまり「投資の円グラフ」を作って欲しいとずっと考えていた。預金と株・投信だけでなく多様な投資対象・いろいろな金融商品で円グラフを描き、個人がそれぞれに最適なポートフォリオを作れるような世界を実現したい。預金や株・投信などに加えて、今回は「流動性は劣るがリターンが期待できる金融商品」が提供できるようになった。今までなかった商品を円グラフのパーツとして使ってほしい。
今回の商品は2026年のものであり、ぜひ、2号、3号と少し期間を空けて出していきたい。プライベートエクイティの世界には、ワインのように「ヴィンテージ」という概念がある。ヴィンテージごとに、何年かに分けて購入していくことが、プライベートエクイティ投資の成功の秘訣で、多くの機関投資家はそういった手法を実践している。これを個人投資家の皆さんにも、ぜひ味わっていただきたい。ワインと同じで、1年くらいでは美味しくならない。何年か寝かせてから味わってほしい。
松村氏:新NISAと昨今の市場環境から投資への関心は高まっており、株や投資信託から投資を始めたお客様の金融リテラシーが上がり、資産も大きくなってきている。その中でさらなる分散投資には、プライベート商品も必要になる。決して富裕層だけがターゲットというわけではなく、多くの人の金融リテラシーが上がってきたなかで、新しい流れが生まれつつあると考えている。
SBIグループの証券口座数は1400万口座※1に達している。ネット証券は投資初心者の方が入ってこられて、徐々に金融リテラシーを高めていく形になるので、プライベートエクイティをはじめ、新しい非伝統的な金融商品に投資したいというお客様を増やし、そうしたお客様に向けてプライベートエクイティだけではなく他のアセットクラスもセキュリティ・トークンを活用して作っていきたい。従来とは違うお客様の獲得も期待している。
岩井氏:今回の商品は、従来の一般的な特定受益証券発行信託と比べると信託期間が約15年と長い。今までにない、新しい商品という意味でも信託銀行としてはハブとして、お客様に安心していただけるよう運営していきたい。今後、個人向けの商品は、現在主流となっている不動産以外に、今回のプライベートエクイティのような新たなアセットクラスに広がっていくだろう。その時に信託機能を担う我々は座組みの中で必要になる。今回、新しい取り組みに携わったことを契機に、新しいアセットクラスのST化にさらに取り組んでいきたい。
平井氏:ST市場に携わる会社として、今は大きく3つのテーマがあると考えている。1つ目は新しいプレイヤーの参画。今回は東京海上アセットマネジメントが新たにST市場に参画された。2つ目は、案件の大型化。そして3つ目が、アセットの多様化。日本のセキュリティ・トークン市場は不動産を中心に拡大しているが、不動産だけではなく、さまざまなアセットをSTという枠組みにいかに乗せていくかがSTの市場拡大には重要になる。難易度が高い取り組みだが、ここに取り組まないとST市場は広がっていかないだろう。
新しい取り組みを進めることは相応の労力が必要で、結構な時間もかかる。それを「何としてもやりたい」と考えている人がいるからこそ実現できた。今後もそういう方々と一緒に力を合わせ、日本のセキュリティ・トークン市場を盛り上げていきたい。
※1:口座数には、SBIネオトレード証券、FOLIOの口座数を含みます。
本商品の詳細(リスク・手数料等含む)はこちら(SBI証券のWEBサイトに遷移します)
|文:CoinDesk JAPAN 広告制作チーム
|撮影:多田圭佑


