「ブロックチェーン基盤の金融はインターネットと同じ轍(てつ)は踏まない」増島弁護士・LayerX福島氏対談(後)

森・濱田松本法律事務所の増島雅和弁護士と、LayerX代表取締役CEOの福島良典氏による特別対談の後編。増島雅和弁護士がブロックチェーンを基盤とした金融は「インターネットと同じ轍(てつ)は踏まない」と述べ、必ず国際規制がついていくと断言するなど、対談は白熱した。

金融当局はグローバルなステーブルコインの出現を前提にしている

──ネットワークを作る仕組みが大事であると。通貨ネットワークとして、リブラなどリテール向けのグローバル・ステーブルコインはどう見ていますか?

福島良典(以下、福島):日銀の黒田総裁の講演(編注:2019年12月に行われた「決済のイノベーションと中央銀行の役割」)が分かりやすいですよね。リブラは金融結合を促進するから、各国で金融政策の運用が成り立たない。金融の安定は目指すべきだから、国際金融のトリレンマ理論からしてもリブラは認められない。結論からいえば、リブラがダメというよりも、広く使われそうだからダメだった。

でも不可避だとは思います。グローバルに使えるステーブルコインが出てきたら、使いたいと思いませんか。金融当局は、グローバルなステーブルコインがいずれ出てくることを前提に、枠組みを作ろうとしているのだと思います。

増島雅和(以下、増島):国際通貨基金(IMF)の中の人もステーブルコインについてブログ記事を書いています。リテールにおける決済は、コミュニケーションの一形態として考えるほうが、ネットワーク時代には適合的なのかもしれないと示唆しています。

これは、日本でtoCビジネスに強い起業家などが、かねてより主張している仮説です。古い金融論を振りかざす人にはまったく理解されなかった考え方でしたが、IMFが非公式にではあれ、それを示唆することを言っているのは興味深いことです。

私は、リブラはVR(仮想現実)などの仮想空間におけるデジタルマネーとしてグローバルに用いられることを意図してデザインされたものであり、仮想空間における報酬をリアル空間に反映させるために法定通貨との連動性が必須だと考えられているのだと理解しています。VRを通じたグローバルな仮想空間内のコミュニケーションの重要なツールとして、リテール用のグローバル・ステーブルコインには大きな意味を持つと思います。

フェイスブックとリブラ
フェイスブックとリブラ/Shutterstock

一方でリブラとは逆に、SWIFTや既存金融の人たちが相互運用可能なリテール向けのデジタル通貨を作る場合を考えてみたいです。リブラは通貨を扱うには信用(トラスト)が不足しているとみなされていますが、既存の金融プレイヤーはトラストを蓄積しているので、それをリテール向けのデジタル通貨に使っていくという発想です。

日本円でも外国通貨でも好きな通貨を送れるシステムを作るならば、既存の仕組みでも作れなくはないですが、リブラのようにブロックチェーンで作ったほうが早いですよね、という方向性は正しいと思います。

福島:そうですね。技術的には、わざわざ複雑なものにする必要はないです。

増島:何層にもレイヤーを重ねる必要がないので、ブロックチェーンのほうが楽だと思います。どんどん金融も進化して基本的には良くなっていますけれど、そうした進化の一形態として、ブロックチェーンという手段も使っていってもらえればいいと思います。

焦点は、金融のグローバルなルールをつかさどる団体がどのようなルール形成をするかです。金融安定の側面からはFSB(金融安定理事会)、銀行決済の観点からはBIS(国際決済銀行)、金融マーケット基盤の観点からはCPMI(決済・市場インフラ委員会)が重要になります。グローバルな通貨が機能するためには、各国の決済関連法制の調和が不可欠であり、そのための共通ルールを決めるのがこれらの国際金融監督者のコミュニティだからです。

2008年のリーマンショック後に、システミックに重要な金融サービスの提供者を国際監督者機関が指定して、一段高い監督枠組みの下でそれらをグローバルに監視しようという法システムが整備されました。G-SIFIs(Globally Systemically Important Financial Institutions)という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、これはその法システムに基づき指定された金融機関です。

同様に、決済マーケットインフラについても、それがグローバルにシステミックな影響があるのであれば、運用者を指定して、その運用者に対してグローバルに規制をかけることが国際金融法システム上はできます。たとえばこの仕組みを用いることで、リテールに使うことを意図したグローバルなステーブルコインについても、その運用責任者や管理業者に対して一度の決済額に上限を課すなどすれば、そのシステミックな影響を管理することができるわけです。

このように、私から見ますと、グローバルなリテール向けステーブルコインを国際的に管理するための規制を展開する基礎は、すでに開発されています。システミックに重要な銀行を国際的に規制するために開発した枠組みを、グローバルなステーブルコインを展開する金融マーケットインフラの運用者にも適用すればいいわけです。問題なくできますよ。

インターネットのような“無法状態”にはならない

──ブロックチェーンを基盤とした金融は、「国際金融規制では止めようがない」という見方もありますが。

増島:ブロックチェーンという技術の側面からのみ見れば、脱法行為を含めていろいろなことができてしまうわけですが、ことは金融にかかわるので、必ずルールが整備されてついていきます。世界はインターネットのときの轍(てつ)を踏まないはずです。

そもそもインターネットが出てきて、著作権をはじめとする様々な法域に対する侵害が起こったときに、エンジニアは「これはテクノロジーなので止めようがありません」と言いました。しかしハーバード大学のサイバー法の権威、ローレンス・レッシグ教授が明言している通り、それは嘘です。正しいルールとそれに沿ったアーキテクチャをデザインして実装すれば、法の執行と相まってテクノロジーの応用分野をコントロールすることは可能です。

ただし、インターネットのときにはグローバルなリーダーはそれをやらないと決めたので、今のような姿になっているわけです。逆に、金融については、自由にしておくと必ず負の外部性が高まりシステムが自己崩壊するということを、これまで人間は何度も経験してきました。

金融領域はコンピュータを使うか否かにかかわらず、システムとして機能するものなので、ネットワーク外部性についての経験の蓄積があるのです。インターネットのときのように無法状態のままアドプションが進むということは起こらず、必ず規制が同期してついていきます。

“単純”な送金機能に、金融機関が大量の投資をする理由

──レグテックなど、技術によって規制を執行できるようにする動きもあります。規制とブロックチェーンの関係性は?

福島:まさにポイントだと思います。単純な機能でいうと、たとえば送金はすごく簡単ですよね。僕からあなたに100億円を今送ります、以上。それだけです。でも金融機関は、ものすごい開発コストをかけて送金/決済システムを作っています。それが本当に意味することは何か、もう少し考えたほうが良いとは思います。

本当の意味での「送金」は、規制やルールと密に結合したオペレーションを含む概念です。その送金自体が何にひもづくかや、ルール通りに行われているかなどを確認しなくてはいけない。犯罪組織に関するマネーだったら、止められる機構がないといけない。でもその判断に恣意性はあってはいけない。

レギュレーションと一口に言っても、それを実行するときにはさまざまオペレーションがあるわけです。広い意味での銀行業務としてのルールは、形式化された機能に落とされていない暗黙知的なノウハウにもちゃんとした役割・機能があります。ただ、送金に対してどのようなバリデーション(検証)が行われているかを定義することはとても難しい。難しくなければ、わざわざ送金という機能の実現に大量の投資をしないですよね。それを本当に理解している人がどれだけいるのでしょうか。

また決済に関しても、金融機関は決済リスクを削減するためにさまざまな工夫をしています。決済リスクとは決済が履行されないことで起こるリスクですが、金融機関はそれぞれがネットワーク的に繋がっているので、一つの決済が失敗すると他の銀行に波及して、連鎖的に決済不履行が起こり金融危機に発展してしまうリスクがある。

このようなシステミックリスクを抑えることも、送金/決済の機能で求められます。ブロックチェーンはいわゆるRTGS(リアルタイム・グロス決済)方式なので決済リスクは低いですが、それをそのまま実装してしまうと、今度は流動性が大量に必要になるという問題が出てくる。その問題に対してどういう実装をすればいいのかという問題について、日銀が出しているレポートや実証実験では議論されています。

こういった話題は世の中からは注目されませんが、金融の仕組みをソフトウェアで実装する、アップデートする際に非常に大切な視点になってくると思います。

LayerX福島CEO

レギュレーションの話になると、マネーロンダリング対策ばかりが議論されがちです。それももちろん正しいのですが、レギュレーションとは、金融機関が守るべき、形式化するのが非常に難しいルールの塊です。形式化されていない部分を、人間が暗黙知的ノウハウでカバーしています。

ブロックチェーンを活用する1つのポイントは、定義しにくかったルールをプログラムに落として、強制履行性をもちながら、しかもある程度共有された台帳で、簡単にルールを書き換えられない状況をどう作るかです。

よく「共有台帳を使って、コンプライアンス・レイヤーを自動執行できます」という声も聞きます。でも、レギュレーションをきっちりプログラムで定義するのは非常に難しいわけです。外側から「できる」「できない」と放言するのではなくて、既存の業務を理解したうえで、どう業務プロセスを変えて、どのようにソフトウェアに落とし込むかが重要です。

例えば、既存の政府の電子移管システムを、自分がゼロから設計するとしたら、どのような攻撃が想定されて、どのような機能を満たさなければいけないのか、その時にどのようなアーキテクチャを選ぶかというのは、悩ましい話です。

クラウドを使えと簡単にいうけど、クローズにすることで簡単に守れることもあれば、一方でオープンにすることでエコシステムができることもある。そうしたトレードオフを理解して、本当に考えた上で「できる」と言っているのか、疑問です。それだけ簡単に作れるのだったら、今までに変わっていない理由があるはずです。LayerXはなぜ既存のやり方ではダメで、分散台帳的なアーキテクチャにすると良いのかという一定の仮説を持っています

いまは金融システムを再構築すべき時だと思います。しかしそれは、既存の業務を全て知った上で、デジタルを軸に業務そのものをアップデートしないと意味がない。単に一つの行為にソフトウェアを導入しても仕方がない。行為と密結合したルールまでをソフトウェアラブルに落とし込むことが必要ですよね。

法律とソフトウェアは基本的に同じ“コード”

──技術の進歩がある時代に、法律家として「規制」をどう考えていますか?

増島:私はデジタルネットワークが高度に発展した時代における規制を考えるための重要な視点として、ガバナンス・バイ・コード(Governance by code)という考え方を提唱しています。たとえば民法は、英語では“civil code”といいます。法律もソフトウェア(つまりソースコード)も、つきつめていえばどちらも命令形式にほかなりません。自然言語で書かれて人に向いているのが法律、コンピュータ言語で書かれて機械に向いているのがソースコードです。

AIやスマートコントラクトに典型的にみられるように、日々の暮らしに必要なことが機械によって自動的に処理されることが普通になるのであれば、機械を規律する社会のルールがなぜ人間向けに書かれた自然言語でなければならないのかという疑問が生まれます。ソースコードを規律に用いるという発想をもってしかるべきなのではないか、と思います。

突飛なことを言っているように聞こえるかもしれませんが、こうした発想に基づく試行錯誤は規制の分野で行われています。たとえば金融の世界でいえば、割賦販売法は、これまで与信審査について、事業者の行為に着目して「あれをやれ」「これをやれ」と義務付けていました。

しかし、与信判定をテクノロジーでできるようになりつつある今、重要なのは事業者にやり方をルール化して義務付けることではありません。必要なのは、事業者に満たすべき性能を示して、それを満たすならやり方は事業者の創意工夫に任せることです。そのように規制を変更しようとしています。

増島弁護士
増島弁護士

性能を示す場合、その性能を発揮できているかどうかのモニタリングが重要になります。アルゴリズムによって動いているわけですから、モニタリングの仕組みも、リアルタイムにデータを取ってきて解析し、ダメであれば止めることができるようにする必要があります。現在は、このリアルタイム・モニタリングまでは実現できていませんが、こうしたものを可能にする方向で、民間事業者に対しての規制の方向性が動いていることがポイントです。

同様の話は、ドローンの制御に関してもいえます。ドローンを登録制にしてIDを振って、誰が飛ばしているのかを管理し、さらに空に道を作って管制を作ることなどが提案されているわけです。ドローンがおかしな行動をとらないかをリアルタイムで監視し、おかしな場所を通れば強制的に着陸させる。こうした規制を実現するのはソフトウェアであるはずで、あえて法律という迂遠な道を通る必要はないとも言えます。

違う側面から見れば、今まで物理空間で行っていた道路を作る作業が、サイバーに移っただけですよね、ということです。これまで道路について実施してきた規制なり行政なりをサイバー空間でも実現しようとしたら、サイバー空間を前提にしてルールを作ればいい。空の道を外れて違う方向に行ったら降りなければいけないというルールであれば、コードで降りるように実装させればいいだけです。

同じように金融や決済の世界も、デジタルネットワークの中で処理される以上、ルールによって求められる機能を、コードで実装するようになると考えるのは自然なことです。

──対談の前編はこちら──

【ブロックチェーン×金融対談】増島雅和弁護士・LayerX福島良典氏「本命はオルタナ資産だ」(前)

取材・構成:小西雄志
編集:濱田 優
撮影:多田圭佑