GMOなどが「ハンコ」廃止へ──DXとテレワークの時代、印鑑は不要に?【withコロナ】

「決めました。GMOは印鑑を廃止します」──。GMOインターネットが熊谷正寿社長は4月15日、Twitterで印鑑の完全廃止を宣言、電子契約のみとする旨を公表した。コロナウィルス感染拡大を防止のためテレワークが拡大する中、押印のためだけの出社が問題視されたことが背景にある。

こうした動きはIT企業を中心に広がっており、フリマアプリのメルカリは取引先との契約で押印ではなく、権限者の署名や電子署名などに切り替える方針を発表している。

政財界にも拡大している。経団連の中西宏明会長は4月27日、「ハンコはまったくナンセンスだと思う」と述べた。安倍首相も同日の経済財政諮問会議においてデジタル化に向けた法制度や慣習の見直しを指示したという。

こうした動きはあるものの、ハンコ業界は当然、反対しているし、一般にも「契約や行政手続にハンコは必須」と信じて疑わない層はまだまだ大きい。果たしてハンコはなくなっていくのだろうか。そもそも本当に必要なものなのだろうか。

ハンコは本当に必要?日本社会におけるハンコの意義

民法など様々な法律に登場するハンコには、法律上、次の3つの効力があるとされている。

  • 有力な証拠
  • 偽造防止
  • 印鑑所持者の意思表示

ハンコを押す目的は法律によって異なる。たとえば民法の自筆証書遺言に関する規定や戸籍法は、ハンコを「本人の意思表示の証明手段」として位置づけている。

また旧商法には「署名の代わりに記名押印でよい」とする規定があった(現在は削除)。この規定では、ハンコを「商取引の効率化の手段」と見ていたということになり、ハンコが常に本人確認としての役割を期待されてきたわけではない。

ここで「署名」と「記名」の違いとは何だろうか。「署名」とは本人が手書きした氏名のこと。「記名」とはスタンプや印刷、代筆で書いた氏名のことを指す。先述の旧商法の規定は「手書きのサインか、印字の名前とハンコか」のどちらかを求めていたわけで、ハンコを指定していたわけではない。なお、会社法の取締役会議事録に関する規定も「署名か、あるいは記名押印かのいずれかが必要」としている。

「ハンコ必須」の由来は民事訴訟法と昭和の最高裁判決

なぜ行政手続や商取引で押印が習慣となっているのだろうか。この背景には、民事訴訟法第228条第4項と昭和39(1964)年5月12日の最高裁判決があるとされている。

民事訴訟法の規定は「私文書に本人の署名または押印があれば偽造ではなく正しいものと推定する」というものだ。そして、昭和39年の最高裁判決はこの規定にある印鑑の意義をより強めたとされる。この判決では「私文書に本人の印鑑があったら、その押印は本人の意思によるものと推定する」とされた。

判例の拘束力は強い。実際、この判決以後、日本の手続や契約に本人の印鑑があると、「本人が自分の意思で関与した」とみなされるようになっている。日本のハンコ偏重文化は、判例が強めたと言えるだろう。

国も推進したいDX ハンコではなく署名・サインに替わる?

ハンコをなくそうという動きは今に始まったことではない。安倍政権は2018年7月、デジタル・ガバメント実行計画を策定して各種手続きのデジタル化を推進。経済産業省はデジタル・トランスフォーメーションオフィスを設置、企業がIT導入補助金を申請する際の書類の郵送と押印を不要にしている。

2017年末に公表した方針でも、成長戦略に、会社設立を24時間以内に完了できるようにする政策を盛り込むとされた。法人設立の際に義務付けられている押印を義務としない考えで、そうしたプランを盛り込んだ法案が国会に提出される予定だった。

だが印鑑の製造業者など業界からの反対もあって、押印を不要とする条項が削除された経緯がある。

そもそも海外ではハンコはなく、契約にはサインが使われる。前出の中西・経団連会長も「ハンコ屋さんには怒られるかもしれないが、私は海外生活も長かったのですべて署名でいい」「電子署名でもいい。ハンコは美術品で構わない」と述べている。

ハンコ偏重だった日本の手続きも、ここ数年で署名を求めるようになってきている。署名が本人のものかどうか認証する技術も発達。クラウドサインのような電子署名のサービスも登場、ハンコである必要はなくなってきている。

大臣就任時に自民党ハンコ議連の会長であることがニュースになった竹本直一IT担当相でさえも、会見で議連の会長職について「辞めても構わない」としたほか、「本人の意思確認ができれば省略も十分ありうる」と述べるなど、印鑑業者など業界寄りの態度を軟化させている。

民間企業と同様、国にとっても、省コストできるデジタルトランスフォーメーションは急務。さらに今回のコロナショックで、働き方、商習慣は大きく変わりつつある。時代の流れからも、ハンコではなくサイン、契約書も紙からPDFなどのデジタルに置き換わる動きはますます加速するだろう。

文:鈴木まゆ子(税理士)
編集:濱田 優
画像:maroke / Shutterstock.com