5年前の7月30日、イーサリアムチームの一部のメンバーはベルリンに集まり、築き上げてきたネットワークのスタートを見守っていた。
作業デスクの大画面モニターは、テストネットが102万8201番目のブロックに到達するまでのカウントダウンを刻んだ。前から読んでも後ろから読んでも同じ数字になり、素数でもある「1,028,201」がメインネットをローンチするナンバーとして選ばれていた。
アムステルダム、トロント、ニューヨーク、スイスのツークの拠点でも他のメンバーが本番化を待っていた。
その日は、数カ月に及ぶ作業の集大成だった。コア開発者は技術面での重責を担い、デザイナー、マーケティング担当者、コミュニティマネージャーも力を尽くした。イーサリアムを推進しようとする人たちは、コミュニティを持たない分散型ネットワークは失敗すると分かっていた。
初期のチームメンバーはまた、イーサリアム(ETH)の販売に向けて弁護士と膨大な時間を費やしてもいた。激しい争いを経験した者もいたが、多くのメンバーは無給で貯金を切り崩しながら、一つの目標に取り組んでいた──ヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)氏が2013年11月にホワイトペーパーで掲げたビジョンを実現することに。
「IT’S HAPPENING」
午後4時26分、テストネットが事前に定められていたブロックに到達したとき、緑のレーザービームと「IT’S HAPPENING(始まった)」という文字とともに、喜びで両腕を上げるロン・ポール(Ron Paul)氏のミーム(ネットで話題となった画像)が画面に表示された。
チームがシャンパンのボトルを開ける間、チャットルームはロケットの絵文字で埋めつくされた。
イーサリアムネットワークは瞬く間に、他の新興ブロックチェーンを置き去りにし、ビットコインに次ぐ第2位の暗号資産(仮想通貨)に成長、時価総額は現在、約350億ドル(約3兆7500億円)にのぼる。
暗号資産金融のマインクラフト
成功の度合いを測るには、時価総額だけではない。イーサリアム開発者たちは果たして、掲げたビジョンを具現化できたのだろうか。
イーサリアムネットワークは「チューリング完全な(ただし、料金は厳重に規制されている)暗号台帳」を目指している。開発者はネットワーク上で、作りたいと夢見るアプリケーションを構築できると、ヴィタリック氏はホワイトペーパーに記した。この考え方に触発された初期のチームメンバーはすべてを投げうって、彼とともに開発に取り組んだ。
チューリング完全とは:ある計算メカニズムがチューリングマシンと同じ計算能力を持つ場合、そのメカニズムはチューリング完全を備えていると考えられる。簡単に言うと、あらゆる処理を実行できる計算能力を備えているということ。チューリングマシンは、コンピューターの概念を生み出した数学者アラン・チューリングが考えた仮想の計算機のこと。
「特定の種類の取引に限定するのではなく、ユーザーはイーサリアムネットワークを『暗号資産金融のマインクラフト』のように使うことができる。つまり、欲しいと思う機能をシンプルにプロトコルの内部スクリプト言語にコーディングするだけで実装が可能になる」(ヴィタリック氏)
マインクラフトは人気のテレビゲームで、仮想空間の中を自由に歩きまわり、作りたいものを何でも作ることができる。
当時19歳だったヴィタリック氏は、イーサリアムネットワーク上に構築できるアプリケーションの構想として、ホワイトペーパーに次のように記した。
サブ通貨:「米ドル、ゴールド、株式、さらにはコレクション品あるいはスマートプロパティ(契約で規定される資産)に対して1単位のみ発行された通貨のような資産を表す」。
金融デリバティブ:例えば「ヘッジ契約」など。「いかなる形態の金融契約も完全な担保が必要。イーサリアムネットワークは執行機関を持たず、債務を回収できない」。
IDと評価システム:例えばDNS(ドメイン・ネーム・システム)のようなもので「ユーザーは他のデータとともに自分の名前をパブリックデータベースに登録できる」。
分散型自律組織(DAO):従来の企業を模倣しているが、その執行にブロックチェーン技術を使用している。DAOには株主がおり、配当を受け取ることができ、「報奨金、給料もしくは仕事に対する評価となる内部通貨など、よりエキゾチックなメカニズムを使って」、組織が自動的に資金を配分する方法を決定する。
さらに、農作物保険、分散型データフィード、ギャンブルおよびその予測市場、本格的なオンチェーン株式市場、分散型マーケットプレイスなどを挙げた。
あの日から5年、ヴィタリック氏が想定したユースケースはすべて現実のものとなり、そのいくつかは成功と呼ぶべき結果を生み出した。その代表例がDeFi(分散型金融)だ。イーサリアムは今、DeFiの基盤として、大きな役割を果たしている。
分散型取引所(DEX)とデリバティブ
「オンチェーン株式市場」は、現在の分散型取引所(DEX)だ。中央集権型・取引所の取引高に比べるとその取引高はまだ小さいが、成長は驚異的。DeFiの中核的存在と言える。
デューン・アナリティクス(Dune Analytics)によると、2020年現時点でのDEXの取引高は約57憶ドルで、すでに2019年の取引高の2倍以上になっている。だが取引高以上にDEXは、暗号資産のシームレス、グローバル、ノンカストディアル(保管業者を必要としない)取引など、「サイファーパンク」(暗号資産を社会変革の手段と考える人たち)の夢を実現している。
金融デリバティブも盛況だ。SynthetixやUMAといった取引プラットフォームはイーサリアムブロックチェーン上でほぼすべての資産を取り扱うことができる。一方、dYdXなどの信用取引プラットフォームは、中央集権型金融で最も人気の資産である先物取引を提供している。
さらにコンパウンド(Compound)、Aaveといった融資プラットフォームでは、ユーザーは預け入れた暗号資産から金利を得ることができる。また預け入れた資産をトークン化できるため、シンプルに取引所で売買でき、ウォレットに保管できる。
分散型自律組織(DAO)は、イーサリアムの歴史のなかで、最も強力なプロジェクトの一つとして初期の段階からスタートしていた。その中でも「The DAO」は2016年に約150億円もの資金調達に成功し、大きな注目を集めた。だが、すぐにハッキングによって約60億円を失い、イーサリアムネットワークが分裂する原因を作った。
このショッキングな経験のあと、イーサリアムコミュニティは数年間、分散型組織の話題から遠ざかっていた。DAOはようやく2019年頃に復活、当初は寄付の配布などに焦点をあてていたが、すぐにThe LAOやVentureDAOなど営利目的のDAOへと展開していった。
イーサリアムネットワークはまた、予測市場、IDシステム、保険にも広がっているが、取引高と普及の面では、金融アプリケーションに遅れを取っている。
価値のインターネット
金融アプリケーション、いわゆるDeFi(分散型金融)は、今、イーサリアムネットワークで最大の成功を収めている。間違いなく、従来の金融システム、あるいはビットコインでも真似できないものを提供している。
イーサリアムネットワークは、価値移転のために構築されたグローバルネットワークであり、より高度な金融取引を実現するコンピュータープログラムを処理することができる。2020年、DeFiに預け入れられた資産は20億ドル以上増加し、1年前の5倍となっている。
イーサリアムネットワークは、順調にヴィタリック氏が思い描いていた「暗号資産金融のマインクラフト」になっている。
だが、そうしたさまざまなアプリケーションをサポートできるプラットフォームになるだけではなく、最大のインパクトは、実際に「価値のインターネット」を作り出していることだ。
イーサリアムは、高速で安価なグローバルな価値移転を実現し、またお金をプログラムして、先物契約からコレクション品、デリバティブ、外国為替、コモディティに変える能力を持っている。さらにユーザーは自分で資産やデータを管理することができる。
ほぼすべての指標が、パーミッションレスでトラストレスなシステムに対する需要があることを示している。
コインメトリックス(CoinMetrics)によると、イーサリアムのアクティブアドレス数は約56万8000で、ビットコインの74万5000に迫る。また、マイナーに支払われる取引手数料はビットコインを超え、1日のトランザクション数はビットコインのほぼ4倍、約100万件に達している。
NFT、ステーブルコインの成功
またヴィタリック氏が「サブ通貨」と呼んだものは、今ではトークン、ステーブルコイン、NFT(ノンファンジブルトークン)と呼ばれており、現在、イーサリアムネットワークで最も成功しているアプリケーションと言える。
データサイトのイーサスキャン(Etherscan)によると、「ERC-20トークン(ERC-20規格に準拠し、イーサリアムネットワークで発行される暗号資産)」は330億ドル(約3兆5000億円)超となり、暗号資産の時価総額合計の約13%を占めている。イーサリアム(ETH)を含むイーサリアムエコシステム全体の時価総額は、暗号資産全体の約4分の1を構成する。
起業家たちのイノベーションによって、独自コインの発行が可能になり、初めてベンチャーキャピタルや銀行を必要とせずに資金調達が可能になった。それは2017~2018年にかけて最も投機的な人たちを刺激した。
直近の1年はステーブルコインが成長を牽引しており、米ドルに裏付けられたトークンの取引高は約120億ドルにのぼる。暗号資産データのメッサーリ(Messari)によると、1年前から3倍近く膨れた。ステーブルコインの大半はイーサリアムネットワークによるもので、テザー(USDT)が最も大きい。
ノンファンジブルトークン(NTF)とその市場は、2017年後半の「クリプトキティーズ(CryptoKitties)」の登場で最盛期を迎えたが、イーサリアムネットワークにおける最も輝かしいイノベーションの一つは、ゲーム内アイテムからアート、限定版の流行物などのユースケースを持つ、この分野であることは間違いない。
うれしい悲鳴
問題はイーサリアムネットワークへの需要があるかどうかではなく、ネットワークがその需要を満たすために十分なスピードで発展を続けられるかどうかだ。
イーサリアムネットワークの拡大を可能にする「イーサリアム2.0(ETH 2.0)」の遅延は、これまで何度も繰り返されてきた。今年はじめに予定されていた最小限のプルーフ・オブ・ステーク(PoS)チェーンのローンチも延期され、現状では今年中のローンチも不透明な状況にある。
だが、取引をオフチェーンで行うレイヤー2ソリューションの進捗は勇気を与えてくれる。「Optimistic Rollup」に取り組むチームはプロトタイプをテスト中、一方、「Plasma」や「Zero Knowledge」を使うソリューションは現在稼働中で、1秒間に数千の取引を処理できる。イーサリアム2.0は遅延しているが、イーサリアムのスケーリング問題は解決している。
次の5年は、スケーリングソリューションを強化し、金融アプリケーションの堅牢性と安全性を高めていくことになるだろう。また、より優れた暗号資産オンランプ(法定資産と暗号資産を取引する場所)を作り、IDや保険など、イーサリアムネットワーク上でまだ開発が進んでいない分野のアプリケーションを開発する必要がある。
その結果、この「暗号資産金融のマインクラフト」は、知る人ぞ知る秘密ではなく、より多くのプレーヤーが参加できるものになる。
カミラ・ルッソ(Camila Russo)氏は、DeFi(分散型金融)をテーマにしたWebサイト「The Defiant」の創設者で、イーサリアムの歴史をまとめた書籍『The Infinite Machine』の著者。
翻訳:石田 麻衣子
編集:増田隆幸、佐藤茂
写真:ヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)氏/撮影・CoinDesk
原文:Five Years On, Ethereum Really Is the ‘Minecraft of Crypto-Finance’