8月23日に行われた、AIとWeb3が社会に与える影響について考える「Japan Blockchain Week summit AI edition」。世界中の起業家や開発者が集結したこのイベントで、Coindesk JAPANはアニモカブランズの共同創業者兼会長、ヤット・シウ(Yat Siu)氏に独占取材を実施した。
すでに公開した前編では、日米の暗号資産(仮想通貨)市場や機関投資家の動向について語ってもらった。後編では、日本のWeb3市場の現状と課題に焦点を当てる。シウ氏が語った「クリプトに住む」という言葉の真意とは。そして、同社が推進するメタバースプロジェクト「Mocaverse(モカバース)」が目指す未来像に迫った。
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感じづらい投資の必要性
──業界の黎明期から日本市場に強い関心を示してきた。現在、日本企業やクリエイターに注目していることを教えてほしい。
シウ氏:私は当初、日本は暗号資産分野で先行している国だと見ていた。当時は主要市場であるアメリカや中国が暗号資産を認めておらず、その結果、日本やドバイ、シンガポールなどがリーダーとして台頭できた。
その後も日本は成長しているのだが、アメリカの伸びがあまりに大きいため、相対的には横ばいに見えてしまう。香港も3〜4年前と比べて非常に積極的に取り組み、市場を急拡大させている。なぜ、日本はかつてのリーダー的な立ち位置を十分に活かせていないのかだろうか。おそらく、日本は資本主義社会ではあるが、香港やアメリカほど徹底した資本主義ではないからだろう。
ニューヨーク、マイアミ、香港、ロンドン、シンガポール、ドバイ──。これらの都市に共通するのは、金融センターであるということだ。考え方が資本主義的であればあるほど、Web3は成長する。暗号資産でより成功するためには「お金との健全な関係」を持つことが不可欠なのだ。

日本市場が急成長できない要因は2つある。
1つ目は、日本銀行による量的緩和によって国内の経済を守ってきたことだ。自動販売機のソフトドリンクの価格が、20年前とほとんど変わっていない。そんな国は、主要経済国の中で日本以外にない。他の国では、飲み物や牛乳、卵などの価格は、おそらく5倍近くに上がっているだろう。つまり日本国内では、現金が一種の価値の保存手段として機能してしまっており、投資の必要性を感じられない。他の国では、現金を持っていては価値が目減りしてしまうため、投資せざるを得ない状況になっているのだ。
IPを持つ大企業が普及の鍵に
シウ氏:2つ目は、日本には比較的に「小さな投資家層」しか存在しないこと。日本が他国から愛される理由の一つとして、お金に対する欲求や執着が他国ほど強くないという点が挙げられると思う。日本ではお金以外の価値観も大切にできる。これは長所でもあり、短所でもある。
さらに文化的背景も影響している。商人文化を持つ関西では東京より暗号資産への関心が高い。また、中国や韓国、インド系など移民コミュニティのほうが日本人より普及率が高い。資産分散を重視する傾向が強いためだ。これはアメリカの多文化社会で暗号資産が「周縁」から広がった過程に似ているが、日本ではまだ規模が小さい。
一方で、日本には魅力的なIP(知的財産)が多く存在し、大きな可能性がある。今後は知財を持つ大企業が暗号資産の普及を主導するだろう。来年施行される見込みの税制改正も普及の大きな後押しになると見ている。
「お金を持った本当のファン」
──アニモカブランズは、メタバース(仮想空間)プロジェクト「Mocaverse」を展開している。任天堂やソニーといった日本企業は世界のゲーム市場をけん引しているが、国内のゲーム開発者にとってMocaverseを活用するメリットはどこにあるのか。
シウ氏:「Web3が次のインターネットだ」と信じるのであれば、その入り口にはパスポートが必要になる。しかし、本当の価値を与えるのはアイデンティティだ。エアドロップやアクセス権を得られるのも、すべてはアイデンティティがあってこそ。その役割を担うのが「Moca ID」である。
韓国ではSKプラネットと提携し、これまでWeb2にもWeb3にも参加していなかった何百万人ものユーザーをWeb3に取り込んでいる。多くの「非クリプト層」が理解していないのは、暗号資産ユーザーは新しい富裕層クラスだということ。彼らは独自の文化を持っている。ゲーム会社であれば「既存のWeb2の顧客に売るためにWeb3ゲームやWeb3のIPを作ろう」と考えるべきではない。狙うべきは、すでに4兆ドル(約590兆円、1ドル148円換算)規模の市場を築いた暗号資産ユーザーなのだ。

「人数は少ないのでは?」と思われるかもしれないが、一人あたりの価値は大きい。ここで理解しなければいけないのは「全員が10ドルずつ払うのではなく、100人に1人が10万ドル払う」というような構造。ゲームの収益を支えているのは、クジラ(大口投資家)だ。求めているのは「お金を持った本当のファン」であり、彼らはデジタル空間、すなわち暗号資産の世界に存在している。
クリプトは「国家」のようなもの
こうした富裕層は、日本のIPのファンでもある。その点を最も理解していたのはラグジュアリーブランドだ。ティファニー、グッチ、LVMHなどはNFTや特注品を通じて彼らに価値を提供し、利益を上げてきた。一方、日本企業はまだ十分に理解できていない。暗号資産を推進する社員自身が保有していないケースも多いからだ。私は暗号資産を「国家のようなもの」だと捉えている。一つの国であり、一つの経済圏だ。中国でビジネスをしたいなら現地に住むように、クリプトで事業をするならクリプトに住む必要がある。
ではどうやってクリプトに住むのか?トークンを保有し、Discordに参加し、X(旧Twitter)に常駐することだ。これが「クリプトに住む」ということだ。しかし日本ではまだそのような人材が不足している。アニモカブランズ・ジャパンは今、その育成と支援に力を入れている。
実際、インターネット黎明期にEコマース市場を切り開いたのは伝統的な大企業ではなく、楽天のような新興企業だった。同じような変化が今回も起こるだろう。
「過剰担保」という課題を解決
──Mocaverseは単なるプラットフォームではなく、デジタル資産を取り扱うためのツールでもあると伺ったことがある。Mocaverseが現在どのような状況にあり、そのビジョンはどのように実現されつつあるのか。
シウ氏:私たちはMocaverse上で、デジタルアイデンティティに特化した「Mocaチェーン」を立ち上げることを発表した。モカバースの中核は、現実世界と同じようにデジタル空間で評判(レピュテーション)を築くことにある。評判を高め成長させることで、そこから経済的な価値を生み出せるようになる。

例えば、人は仕事に就くとき「どの学校を出たのか」「どこで働いたのか」といった評判によって信頼を得る。同じことはローンにも当てはまる。返済実績や職歴といった信用があるからこそ、無担保ローンを受けられる。ところがクリプトの世界には、この評判が欠けている。今の暗号資産の世界では、すべてが過剰担保になっている。皮肉なことに、信頼のプラットフォームと呼ばれるクリプトには、実際にはレピュテーションを可視化する仕組みが存在していない。
まさにMocaverseが解決しようとしているのはこの課題だ。そのためのインフラを構築しており、まさにローンチしようとしているところだ。また、Mocaverseはアニモカ・ネットワーク全体を象徴する存在でもある。私たちには600社以上のポートフォリオ企業があり、さらに増え続けている。「Moca ID」を所有すれば、このネットワークの成長に参加する権利を持てる。
直近の大きな動きとしては、米国の著名NFTブランド「クールキャッツ(Cool Cats)」を戦略的に買収したことが挙げられる。その結果、クールキャッツのコミュニティもMocaverseの一部となった。Mocaverseはアジアでは認知度が高い一方、米国ではあまり知られていない。今回の買収により、米国市場にもネットワークを広げることができた。今後さらに展開を加速させていくつもりだ。
|インタビュー:橋本祐樹
|構成・文:橋本史郎
|撮影:多田圭佑


