自民党ブロックチェーン推進議員連盟の第32回会合が12月8日、永田町の衆議院第一議員会館で開かれた。テーマは「ブータン王国のデジタル政策」。千葉工業大学学長の伊藤穰一氏や経済産業省通商政策局の担当者が、同国が国家戦略として推進するブロックチェーン活用やビットコイン(BTC)マイニングについて説明した。
司会は、衆議院議員の川崎ひでと氏が務めた。
若者流出がデジタル化への転換点
南アジアに位置するブータンは、北を中国、南をインドに挟まれた小さな内陸国だ。人口約80万人で、面積は九州とほぼ同じ3万8000平方キロメートル。親日国としても知られる。
伊藤氏は冒頭、GNH(国民総幸福量)の高さから“幸せの国”と呼ばれてきた同国に、近年は大きな変化が生じていると述べた。
インターネットの普及や海外との接触が増えるにつれ、経済的な格差を意識する若者が増加。より良い雇用機会を求め、オーストラリアや米国への移住者が増えた結果、現在では国民の約9%が国外に流出しているという。
この事態に強い危機感を抱いたのが、現在の5代目国王・ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク(Jigme Khesar Namgyel Wangchuck)氏。伊藤氏によれば、若者が満足できる雇用機会を創出しなければ国家が衰退するとの危機感が、改革を積極的に推進する原動力になっている。
その一例として、国王主導で建設が計画されている特別行政区「ゲレフ・マインドフルネス・シティ(GMC、Gelephu Mindfulness City)」を紹介。シンガポールやドバイをモデルにした都市開発プロジェクトで、国内に新たな産業と雇用を生み出す狙いがあるという。
国家保有BTCは2000億円規模
続けて伊藤氏は、政府が進めるビットコインマイニング事業についても解説した。
ブータンは国土の7割を森林が占め、ヒマラヤ由来の豊富な水資源を背景に水力発電が経済を支える基幹産業になっている。国内需要を大きく上回る余剰電力はインドへ輸出されており、その売電収入がGDPの約半分を占めるという。

ただ、実質的に買い手がインドに限られるため価格交渉力が弱く、電力を安売りせざるを得ない課題があった。そこで政府は、余剰電力をより付加価値の高い形で活用するため、2019年からBTCマイニングに本格的に取り組み始めた。
伊藤氏によれば、政府がマイニングを通じて保有するビットコインは現在、日本円換算で約2000億円に達する。またマイニング事業を通じて、データセンターの電力管理やハードウェア保守などのスキルを持つエンジニアが育ちつつあり、国の新たなデジタル産業基盤として形成が進んでいると説明した。
「国家消滅」リスクに備えた分散型ID
伊藤氏はさらに、同国では金融資産としてビットコインを保有するだけでなく、国家基盤そのものにもブロックチェーン技術を活用していると強調。その中核となるのが、分散型ID(DID)を採用したデジタルIDシステムだという。
ロシアによるウクライナ侵攻を例に挙げ、中央集権的なサーバーに依存する国では、サイバー攻撃を受けると土地登記や国民情報などが一度に失われる危険があると指摘。小国であればあるほど、攻撃を受けても権利とデータを守れる仕組みが不可欠であり、ブロックチェーンは国家の耐障害性を高める技術として注目されていると述べた。

同国はこれまで、ポリゴン(Polygon)チェーン上で国民のデジタルIDを展開していたが、10月からはイーサリアム上への統合プロジェクトが始動。2026年第1四半期までの完全移行を目指している。
伊藤氏は、イーサリアムが持つ高い分散性や理念が同国の方向性と一致したことが理由だと説明し、創設者のヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)氏やイーサリアムファウンデーション(EF)Presidentの宮口あや氏らが現地を訪問したことも紹介した。
伊藤氏の発表からは、ブータンが若者流出と地政学的制約という構造的な弱点を補うため、マイニング事業やブロックチェーンを活用して国家の持続性を高めようとしている姿が浮かび上がった。
会合の終盤には、神田潤一衆議院議員や猪口邦子参議院議員から、日本との意思決定までの速さが異なる点や日本企業との連携可能性について質問が寄せられ、ブータンの取り組みを日本の政策・産業とどう結びつけられるかについて議論が交わされた。
|文・写真:橋本祐樹
|トップ画像:木原誠二議員(左)と、ブータンのデジタル戦略を説明した伊藤穣一氏


