トークン銀行の勃興、SWIFTの終わり──米JPモルガンの開発現場

欧米、日本、シンガポールなどの大手銀行と、ボーダーレスに事業展開を進める新興のフィンテック企業が互いに既存の金融基盤をディスラプトしようとするなか、1970年代から世界で利用されてきた送金ネットワーク「SWIFT」の持続性に焦点が集まっている。

一方、次世代テクノロジーの開発現場では、世界のビッグテックからゲームメーカー、スタートアップ、ファッションブランド、テレビ局までが、メタバース(仮想空間)を新たな経済活動の場として事業を創出する動きが活発化している。

未来を大きく変えるこの2つの大きなうねりの中に、米国最大の銀行、JPモルガン・チェースの存在がある。

1970年代から世界中の銀行を繋いできた送金・決済ネットワークのSWIFT(国際銀行間通信協会)では、クロスボーダーにお金を送る側の銀行と、受け取る側の銀行との間で決済を完了させる際、コルレス銀行(コルレス=Correspondentの略)と呼ばれる金融機関が送金取引の中継銀行としての大きな役割を果たしてきた。

そのコルレス銀行の一つであるJPモルガンは数年前から、ブロックチェーンとデジタル通貨を活用した新たなグローバル送金システムの開発を進めている。確固たる基盤として半世紀ものあいだ機能してきたSWIFTを、自らディスラプトして、低コストで高速、安全なクロスボーダー決済プラットフォームを創り上げようとしている。

2月15日、ロシアによるウクライナ侵攻開始が報じられたちょうど1週間前、大手銀行がメタバースのDecentraland(ディセントラランド)で、ラウンジを開設して驚かせた。JPモルガンだ。厳密にいえば、JPモルガンが2021年に設立したブロックチェーン技術の専門子会社、Onyxだった。

Onyxは、JPモルガンでブロックチェーンの研究開発を長年統括してきたウマル・ファルーク(Umar Farooq)氏がCEOを務め、デジタル通貨「JPMコイン」の生みの親の一人であるナヴィーン・マレラ(Naveen Mallela)氏が開発のグローバル統括に就き、事業を進めている。

SWIFTをリプレースするクロスボーダー決済システムは、誕生するのか?メタバースとリアルが共存する社会にトランスフォームしようとしている中、銀行の役割はどう変わっていくのか。

coindesk JAPANではこれまで、ファルーク氏とマレラ氏を度々取材してきた。今回、シンガポールに居住するマレラ氏にオンライン取材を行い、JPモルガンが進める次世代送金プラットフォームの開発状況と、トークンエコノミーが変える巨大銀行の役割について聞いた。

(画像:JPモルガン・Onyxでグローバル統括を務めるナヴィーン・マレラ氏/JPM提供)

ポストSWIFTの体制作り

過去6年間、JPモルガンはブロックチェーンを活用した技術開発を急ピッチに進めてきた。イーサリアムブロックチェーンを徹底的に研究した後に、Quorum(現在はConsenSys Quorum)と名づけた独自のブロックチェーンを作り上げ、米ドルに連動する独自デジタル通貨のJPMコインを開発した。

設立した子会社のOnyxに開発業務を一元化し、シンガポール、インド、アメリカ、ヨーロッパに200人を超えるスタッフを配置した。

金融のデジタル化ではアジアの先頭を走るシンガポールのDBSグループと、同国政府が所有する投資会社のテマセク(Temasek)と、合弁企業のPartiorを立ち上げ、次世代のクロスボーダー送金決済プラットフォームの実用化プロジェクトを進めている。

──JPモルガンが積み上げてきた技術と、これまで拡大させてきた事業規模を使い、ポストSWIFTの体制整備は一歩一歩進んでいるのではないだろうか?

ナヴィーン:JPモルガンがイーサリアムを研究してきた背景には、金融機関や企業が将来利用できるブロックチェーンの開発ニーズというものがあった。

私がJPモルガンに転職したのは2015年。その頃、サトシ・ナカモトが書いたビットコインのホワイトペーパーを熟読した。ブロックチェーンに対する個人的興味が増していったのを覚えている。

その1年後の2016年、チームが立ち上がり、我々はJPMコインの開発に着手した。きっかけとなったのは、JPモルガンのグローバルネットワークの中でお金をよりシンプルに、安全に移動させることはできないかという問いだった。

ブロックチェーンなどの先進技術を利用することで、我々は2019年2月にJPMコインをローンチさせることに成功した。

SWIFTは人間でいえば50歳代と高齢になりつつあるが、地球上で最も重要なテレコミュニケーションネットワークの一つだろう。この送金基盤のシーケンシャルな(連続的な)機能を変えることは簡単ではない。一つの銀行から次の銀行、そして次の銀行へと送金取引は連鎖していく。

我々がこの流れを変えようとしている方法は、ブロックチェーンを利用したアトミックペイメントと呼ぶもので、簡単に言えば全てのプロセスを同時に行うということ。これをSWIFTで行うことはできない。

言い換えれば、世界のクロスボーダー送金の産業を一つの新しいプラットフォームの上に置くことになる。それは根本的な大転換を起こすことに等しい。お金が一つの場所を出発する時と、他の場所に到着する時が同時になる。

また、マネーの動きに連動しながら、他のデジタル資産の移動が加わったとしても、台帳の上ではあらゆる価値の移動を瞬時に行うことができる。未だかつてないこの新しい基盤は、将来的に、銀行が現在運営している一つの事業と競合することになる。

日本のメガバンクと最終協議

(画像:JPモルガンが2019年2月にJPMコインを公開した時のプレスリリース)

──シンガポールに共同設立したPartiorは昨年10月、ブロックチェーン上でデジタル通貨を使って米ドルとシンガポールドルの送金試験を成功させた。今後の展開は?

ナヴィーン:ConsenSys QuorumはPartiorが利用するブロックチェーン基盤で、JPMコインはそのブロックチェーン上の銀行口座のように機能する。今回のテスト送金では、米ドルがJPモルガン、シンガポールドルをDBSが対応した。

DBSはシンガポールドルをトークン化した口座を準備し、JPモルガンが米ドル側を担当した。他の銀行がこの取り組みに加われば、他の法定通貨の対応が可能になっていく。

現在、複数の送金テストを通じて、Partiorの送金手法のスケーラビリティとレジリエンスを評価する段階にある。

ユーロ(EUR)の対応が次になるが、現在、欧州のパートナー銀行と共に最終調整に入った。今後1、2カ月内には、米ドルとシンガポールドルを対象とする商業運転フェーズに入っていけるだろうと考えている。

──日本円についてはどう考える?

ナヴィーン:日本円はトッププライオリティの法定通貨の一つだ。我々は現在、日本のメガバンク2行と最終協議を行っている。

両行ともにPartiorの取り組みに対して興味を示しており、我々の取り組みに参画して頂く日は近いだろう。

SWIFTの強みは、その規模にある。世界で1万1000を超える金融機関が利用している。一方、世界のフィンテック企業が新しいサービスをスケーリングさせるために費やす時間は、より短くなってきた。ある程度の規模までに拡大するために必要な時間は、3年から5年のスパンではないだろうか。

SWIFTに依存してきた世界が変わろうしている中、今後の3~5年のタイムスパンはその変化をもたらす上で重要な時期と言える。

ステーブルコインの急拡大

(画像:ステーブルコイン「USDC」を発行するサークル社の共同創業者兼CEO、ジェレミー・アレール氏/coindesk)

──イーサリアムなどのそれぞれのブロックチェーン上には現在、DeFiサービスが展開され、NFTの取引はマーケットプレイスを通じて拡大している。メタバースは次から次へと生まれ、GameFi(Play-to-Earn)はゲームを楽しみながらデジタルトークンを稼ぐ仕組みを作っている。

ある意味、混沌とした金融経済のエコシステムが生まれてきているようにも思える。銀行の役割も当然、アップデートされてくるだろうと思うが、銀行の未来をどう想像するか?

ナヴィーン:いま世界で起こっていることを考えてみてほしい。暗号資産、ステーブルコイン(法定通貨に連動する暗号資産)、DeFi(ブロックチェーン上でスマートコントラクトを実装した、仲介業者不在の貸付・借入サービス)……、全ては経済と金融、テクノロジーが合流した結果ではないだろうか。

ステーブルコイン:米ドルなどの法定通貨に連動するデジタル通貨で、グローバル市場では、ノンバンクのテザー(Tether)が発行する「テザー(USDT)」と、サークル(Circle)の「USDC」が発行量・流通量ともに最大。ステーブルコインを発行する際、これらの発行企業はその価値を裏付ける米ドルにリンクした資産をリザーブとして積み上げている。

ステーブルコインは世界の暗号資産取引市場で広く利用されており、USDTの時価総額は800億ドル(約10兆円)を超え、USDCは約500億ドル。日本で現在、両ステーブルコインを取り扱う暗号資産取引所はない。

ナヴィーン:銀行はステーブルコインを発行しないという誤解がある。もし我々が同様のステーブルコインを発行するとなれば、数カ月もあれば実現できるだろう。問題は、ステーブルコインに対する明確な規制がないことだ。規制が不在のなか、銀行がステーブルコインを発行することはない。

ステーブルコインに対する規制が確かなものになれば、銀行はステーブルコインに類似したデジタルトークンを発行するようにだるだろう。

メタバースの広がりには、この先数年の時間を必要とするだろう。GameFiを含むゲーミフィケーションの未来を想像する時、デジタルトークンの利用機会が増える可能性は高い。メタバース内で行う通貨決済の可能性も広がっていくのかもしれない。

トークンエコノミーにおける銀行の役割

(画像:Shutterstock.com)

──あらゆるものがデジタルトークン化できる時代へと移行しようとしている。JPモルガンのような巨大銀行は次の10年をどう考えているか?

ナヴィーン:トークンエコノミーの中では、新しい取引形態が生まれるくる。当然、新しい決済の方法も生まれるが、JPモルガンはその一部を構成していくことになるだろう。

トークンエコノミーが広がるにつれ、マネーの流れは変化していく。10年前を思い返してほしい。Eコマースはなんてこともない存在だった。今となっては、Eコマースは巨大化し、世界で最も重要な決済基盤の一部となった。

これから肥大化するであろうトークンエコノミーは、資金の流れ、決済の方法を再び大きく変化させる。その世界で我々はもちろん、決済サービスを多くに提供できる存在となっていかなければならない。

メタバースの勃興、暗号資産、次世代版SWIFT……、世界がこれからどう形づくられていくかは確かではない。JPモルガンはそれら多くのエリアのフロントラインで開発を進めていく。

資産クラスと定義づけられ、トークン化されるあらゆるものに対して、我々はカストディサービスと決済サービスを提供することになるだろう。

加えて、暗号資産とステーブルコインを保有する人の数が増加しているのは事実だ。多くの消費者は暗号資産を利用して買い物をしようと考えるだろうが、Eコマースで販売する事業社の多くは、法定通貨での支払いを求める。

我々は、この二者をつなぐブリッジとしての役割を担うこともできるだろうと考えている。


JPモルガン:過去6年間のブロックチェーン開発

・イーサリアムをベースとするブロックチェーン「Quorum」を開発
・JPMコインを開発
・Quorumを米ConsenSysに売却、Quorumは「ConsenSys Quorum」と名称を変更
・ConsenSysに出資、資本提携を締結
・ブロックチェーン関連子会社のOnyx(オニキス)を設立
・シンガポールのDBSグループ、テマセクとPartiorを共同設立
・Partiorが主導してクロスボーダー送金決済プロジェクトを進める
ConsenSysは、デジタル資産ウォレット「MetaMask(メタマスク)を開発する企業で、同ウォレットのマンスリーアクティブユーザー数は2021年8月に、1000万人を超えた】


|インタビュー・構成:佐藤茂