メタマスクのIPアドレス共有騒動にみる中央集権化の問題

暗号資産(仮想通貨)ウォレットのメタマスク(MetaMask)は11月下旬、サービス利用規約の変更で批判を受けた。メタマスクを手がけるコンセンシス(ConsenSys)が構築したブロックチェーンインフラ「Infura」にユーザーのIPアドレスなどの情報を共有することが明らかになったためだ。

イーサリアム共同創設者ジョセフ・ルービン(Joseph Lubin)氏が率いるコンセンシスは、中央集権型取引所に依存せずにユーザーが暗号資産を保管、取引できる方法を提供するためにメタマスクを開発した。

中央集権型取引所を使う場合、ユーザーの代わりに取引所が暗号資産を「カストディ」、つまり管理・保管することになる。

ホットウォレット

USBドライブのようなプロダクトに暗号資産の秘密鍵を保管できる「コールド」ウォレットに対し、メタマスクは「ホット」ウォレットと呼ばれ、スマートフォンやウェブブラウザにインストールして使用する。ホットウォレットは常にインターネットに接続された状態となる。

物理的なコールドウォレットとは違い、スマートフォンやウェブブラウザを使うため、ユーザーはIDとパスワードだけを保管するだけで済むという点では便利だが、常にインターネットに接続されているため、理論的には攻撃や情報流出に対して脆弱になる。

とはいえ、中央集権型取引所に比べると、誰かに資産の管理を任せるよりも、少なくとも理論的にはプライバシーが守られ、安全だ。

メタマスクがInfuraとIPアドレスなどの情報を共有するという事実が明らかになったことで、ツイッター上では非難の嵐が吹き荒れた。多くのユーザーは、自らの身元を明らかにするような情報がInfuraに伝わること、つまり、自らの取引履歴が期待していたほど保護されないことに腹を立てた。

鍵をどこに保管するか

FTXをめぐる騒動、そして今回のメタマスクの一件によって、「自分の鍵でなければ、自分の暗号資産ではない(not your keys, not your crypto)」という、暗号資産の世界でよく聞くフレーズが再び注目を集めている。

暗号資産を中央集権型プラットフォームで保管すれば、盗まれたり、悪用されるリスクを負うことになる。例えばFTXでは、ユーザーの知らないところで、その資産が融資に使われていたと伝えられる。

ホットウォレットのダウンロードは、自分の鍵を保管する、より安全な方法のはずだった。メタマスクにある資産には、自分だけがアクセスできるのだから。

しかし、メタマスクも中央集権型組織に対する脆弱性を持っていたことが明らかになり、ユーザーはInfuraに接続することなく、メタマスクを使う方法を探し出そうと必死になっている。

複雑で非現実的な回避方法

コンセンシスは声明で、Infuraに接続せずにメタマスクを使うことは技術的に可能と指摘したが、ユーザーはすぐに、複雑で非現実的なことに気づいた。イーサリアムブロックチェーンからの情報を読み込むために、新しいソリューションを用意しなければならないためだ。

メタマスクをめぐる論争と、それにまつわる反中央集権化の議論は、暗号資産業界がFTX破綻からの回復を目指すにあたって直面しなければならない、厳しい現実を突きつけた。中央集権型取引所が暗号資産のユーザーエクスペリエンスに深く浸透してしまっている現実だ。

暗号資産、特にイーサリアムエコシステムでは、中央にある組織が影響力を持って、監督する「中央集権化」は、暗号資産テクノロジーの基盤となっているコアコンセプトとは相容れないと考えられている。

しかし、暗号資産のユーザーエクスペリエンスのあらゆるレベルにおいて、再三にわたって中央集権化が浮上してくる。

初の本格的な暗号資産取引所マウントゴックス(Mt. Gox)が2014年にハッキングで顧客資産を失った時、同取引所はビットコイン取引の70%近くを扱っていた。マウントゴックスの事件は、暗号資産における中央集権型組織の危険性に対する警鐘となるはずだった。セルフカストディと本来の原則に立ち返る時だと。

しかしそれから約10年、FTXはさらに皮肉的な形で破綻した。取引所の創業者がユーザーの資産を濫用した。

分散化 vs 使いやすさ

FTX破綻を受けて、ユーザーがDEX(分散型取引所)に移動していることを示すデータも出てきているが、バイナンス、コインベース、クラーケンなどの中央集権型取引所が暗号資産を保管、取引するための主要手段であるとなっていることに変わりはない。

きれいなデザインで、使いやすい中央集権型取引所が数多くあるのに、コールドウォレットを買い、ユニスワップ(Uniswap)で取引をするよう誰かを説得することは難しい。

今存在する中央集権型取引所がさらに崩壊したとしても、伝統的金融機関がその空白を埋めるとは思えない。

さらに、個人ユーザーが暗号資産にアクセスするために使うテクノロジーだけが、中央集権型取引所に力を与えてきた(そして与え続ける)わけではない。ブロックチェーンが基盤としているコアテクノロジーも中央集権化のリスクから逃れられない。

ステーキングにも課題

イーサリアムブロックチェーンの運営を支えるバリデーターは、取引を検証するために、ブロックチェーンに一定のイーサリアムを「ステーキング」している。しかしステーキングは、技術的に複雑なプロセスであり、設定を間違えるとコストが高くつく可能性もある。

その結果、多くのユーザーはコインベースやバイナンスのような中央集権型取引所を使って、ステーキングをすることを選んでいる。一方、Lidoのようなコミュニティ主導の分散型ステーキングサービスですら、分散化至上主義者からはイーサリアムエコシステムへの大きな影響力を理由に批判されている。

また、ブロック構築プロセスの問題もある。これは、バリデーターがユーザーの取引をまとめ、ブロックチェーンに記録する技術的に複雑なプロセスに関わることだが、より効率的な方法で行うことで追加利益を得るために、バリデーターはFlashbotsなどの第三者にブロック構築を任せており、ここでも中央集権化が進んでいる。

テクノロジーに精通し、イデオロギーを重視する暗号資産ユーザーであれば、暗号資産の基盤となっている原則に沿った形で取引する方法を見つけられるかもしれないが、個人投資家や金融機関(暗号資産テクノロジーがインターネット並みの普及を実現するために必要)は、便利さと資本主義を優先して分散化を捨て、使いやすさを追求した中央集権型取引所を使い続けるだろう。

完全に分散化した金融エコシステムを目指すことは筋の通ったことだが、未来の金融商品(あるいは、少なくとも多くの人が使う手段)が、ユニスワップよりもコインベース的なものになることは想像に難くない。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:MetaMask IP-Sharing Debacle Highlights the Scourge of Crypto Centralization