初のビットコイン取引から14年:ハル・フィニー氏を偲んで

初のビットコイン取引から14年:ハル・フィニー氏を偲んで

ビットコイン(BTC)取引が初めて実行されてから、14年が経った。2009年1月12日、ビットコインの生みの親サトシ・ナカモトは、高名な暗号技術者でコンピューターサイエンティストのハル・フィニー(Hal Finney)氏に10BTCを送った。この試験的取引はBTCに価格がつく前に行われたもので、世界初の暗号資産ネットワークが実現した多くのピア・ツー・ピア送金の先駆となった。

2014年8月に他界したフィニー氏は、サトシ・ナカモト以外では、初めてビットコインソフトウェアをダウンロード、実行した人物でもある。

フィニー氏は2013年、ウェブ掲示板「Bitcoin Talk」に詳細なストーリーを投稿し、伝説的なサイファーパンク(社会や政治を変化させる手段として、暗号技術の利用を推進する活動家)であるフィル・ジマーマン(Phil Zimmerman)氏が、PGPコーポーレーションによる暗号化ソリューション「Pretty Good Privacy」開発のために雇った最初の人物が自分であったことを明らかにした。

ビットコインとの出会い

「サトシがビットコインソフトウェアの最初のリリースを発表した時、すぐに手に入れた」とフィニー氏は記している。彼は、お金を政治から切り離し、ユーザーが自らの富に対して主権を持てるようにするプロジェクトに興味を持ち、初期の「デジタルキャッシュ」を実験することにした。しかしフィニー氏によると、他の人たちは当初、もっと懐疑的だったという。

「暗号技術者たちは、無知な初心者たちによる壮大な計画をたくさん目にしてきた。だから反射的に拒否反応を示しがち」とフィニー氏は記している。

いくつかコインをマイニングし、いくつかのバグを見つけ、数日間ソフトウェアを実行した後、プロトコルは安定しているが、CPUに大きな負荷をかけていると判断し、ソフトウェアの実行を止めた。

ソフトウェアをダウンロードし、コインを受け取って、ビットコインから遠ざかった数カ月後の2009年8月、フィニー氏はALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断された。神経系の難病で、数年でフィニー氏は麻痺状態に陥った。

病気で早期退職を余儀なくされた後、フィニー氏は再びビットコインに戻ることにした。掲示板に思い出話を投稿していた当時、フィニー氏は新しいタイプのウォレット開発に取り組んでいた。

「非常にゆっくり、昔より50倍近くゆっくりしかできない。だが、プログラミングはいまだに大好きだし、私に目標を与えてくれる」

1BTC=1000万ドル

ビットコインが非常に急速に成長する可能性を持ったプロジェクトだとフィニー氏は考えていた。サトシ・ナカモトへのEメールの中で、フィニー氏はビットコインの価値を予測していた。世界中の家計の資産の一部がビットコインに流入し、1BTCはいつの日か1000万ドル(約13億円)の価値を持つと考えていた。

「ビットコインで皆がリッチに、例えば、皆が期待するようにビットコインが100万ドルになったら、働かずに得た資産の一部は何か良いことのために使うべきだろう」とフィニー氏は2011年、Bitcoin Talkに投稿した。高尚な意見に聞こえるかもしれないが、フィニー氏は暗号資産の投機的な側面を理解していた。

「危険なのは、値上がりを期待して人々がビットコインを購入し、それによって高まった需要が価格を押し上げることだ。これこそバブルで、皆が知っているとおり、バブルは崩壊する」

ネットワークの成長とセキュリティの問題など、彼の他の予測もおおむね現実となっている。

サトシ・ナカモトか?

フィニー氏は広く、ビットコインの生みの親ではないかと考えられている。多くの場合、コード作成者は最初のユーザーであり、創業者は最初の顧客であること以外にも、フィニー氏はビットコインのようなものを設計する才能を持っていたことは間違いない。

例えばフィニー氏は2004年、アダム・バック(Adam Back)氏が設計したプルーフ・オブ・ワーク(PoW)アルゴリズムをベースに、初めて再生可能なプルーフ・オブ・ワーク(RPoW)システムを構築し、人々が演算能力を意義ある目的に使えるようにした。フィニー氏のRPoWのユースケースは、デジタルトークンシステムだった。

サトシ・ナカモトの正体が当時、重要ではなかったとしたら、今もほとんど重要ではない。フィニー氏はサトシ・ナカモトのやり取りの中で、「きわめて頭が良く、誠実」な人物と対面していると感じていたと記している。しかし最も重要なことは、コードが機能し、アイデアが優れたものだったことだ。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像: ハル・フィニー氏
|原文:Remembering Hal Finney on the 14th Anniversary of the First Bitcoin Transaction

おすすめ記事: