暗号資産が「業界」ではない理由【オピニオン】

新しいコンセプトは、議論が複雑になる。難しい用語を使うからではなく、長年使われてきた用語では不十分で、かといって適切な用語がまだ存在していないからだ。その例の1つが、不正確であると知りながら、私が1日に何度も使っている用語だ。

ただし、「クリプト(暗号資産)」のことではない。

暗号資産について頻繁に語る人は、ブロックチェーン上で開発したり、トークンを発行したり、取引を促進するプロジェクトを含めて「業界」という用語を使う。だが「業界」という表現は本当に正しいのだろうか? いくつか定義を調べてみた。

  • 金融メディアのInvestopedia:主要な事業活動に基づいて、関連していると考えられる企業のグループ
  • 辞書のコリンズ(Collins):特定の製品の製造、特定のサービスの提供に関わるすべての人と活動
  • 辞書サイトのVocabulary.com:特定の製品やサービスを作る製造業者や企業のグループ

何となく理解できるだろうか。最も一般的な定義によれば、業界には共通の目的があり、似たような活動に携わる企業から構成される。

最近、主な暗号資産関連のニュースサイトを見た限りでは、暗号資産取引所、NFTプラットフォーム、分散型レンディング事業者、ゲーム開発会社、新しいブロックチェーン、カストディサービス、データ保管、資産運用会社などの記事が目に入った。これらに共通するビジネスとは何だろうか?

重点はテクノロジーか?

ブロックチェーン技術のプロモーションと言えるかもしれない。しかし、業界の分類は、テクノロジーに重点を置くべきだろうか? それとも活動か?

例えば、ヘルスケア業界を考えてみる。共通点は人々の健康であり、そのためにあらゆるテクノロジーを使っている。保険業界なら、共通目的はさまざまな組織に保証を提供すること。ニーズではなく、新しいテクノロジーのプロモーションという思いで結ばれた業界は、業界とは言えないかもしれない。

言い換えれば、テクノロジーが重要なのか、テクノロジーを使って何ができるのかが重要なのか、だ。テクノロジーはきわめて重要と主張する人は多いだろう。それは正しい、だがテクノロジーはユースケースがなければ、世界にインパクトを与えることはできない。

こうした混乱は「テック業界」が発端。「テック業界」は、IMBやオラクル、マイロソフトなど、コンピューターやソフトウェアを開発する企業群を表す言葉として登場し、その後、ロボット開発、ヘッドセット開発、決済、ビデオ会議、マットレス小売業者まで含むものへと拡大した。

このパターンから推測すると、成熟度の問題なのかもしれない。「テック業界」は、その焦点が用途よりもテクノロジー開発だった頃には問題はなかった。なぜなら用途はまだ、生まれたばかりだった。しかし、分類が必要となり、他の業界も「クールな」ラベルを望んだ。

暗号資産業界も似た状況にある。初期の頃には、暗号化技術やブロックチェーン技術の開発が優先された。しかし今、ユースケースにも重点が置かれるようになり、分類に混乱が生じている。しかし傾向はすでに決定され、ラベルは喜んで使われてしまっている。

分類はなぜ重要なのか

なぜ分類が、多くの人が思っている以上に重要な意味を持つのか考えてみよう。業界というラベルが重要なのは、投資の専門性とインデックスのためだ。

優れたベンチャーファンドは、あるプロジェクトが異なる市場のプロジェクトとのシナジーを見つけることをサポートできる。そして同じように、優れた暗号資産投資家もまた、コネクションと集団的学びを通じて業界全体を盛り上げることができる。

さまざまな企業を含むテックETF(上場投資信託)が市場にあふれているように、幅広い業界をカバーするクリプトETFもまもなく登場するだろう。

そして、分野が成熟すると、ラベルは不鮮明になり、消えていく。つまり、プロジェクトの仕組みよりもその実体が重要になったときであり、ブロックチェーンベースの決済企業が、金融サービスETFに含まれるようになったとき、メタ(旧フェイスブック)やエヌビディア(Nvidia)のトークン化された株式が、ディセントラランド(MANA)やザ・サンドボックス(SAND)などのネイティブトークンと並んで、メタバースETFを支えるようになったとき。

ラベルは規制にもきわめて重要だ。政治家たちは「テクノロジー」を規制できないことは理解しているようだが、テクノロジー企業がデータを悪用したり、あまり巨大化しないようにすることはできる。多くの人は依然として「暗号資産」の規制を求めている。包括的に規制するにはあまりに広がり過ぎてしまっていることを理解せず、まるでそれが単独の活動であるかのように。

しかし、用語にまつわる希望もかすかに見えている。「テック業界」の中にひとまとめにされることなく、「暗号資産業界」と個別に呼ばれている事実は、私たちが取り組んでいることが真にイノベーティブで、ユニークであることを裏付けており、またテック業界が最終的に進化していることを示している。暗号資産にも、いずれは同じことが起こるだろう。

用語の進化

テクノロジーの進化に伴って、用語も進化するべきなのかもしれない。少なくともテクノロジーや暗号資産について語るときには「業界」という用語を使わないようにするときなのかもしれない。「業界」は、実在する設備を使った製造というイメージを呼び起こしてしまう。

どんな用語を使うと良いだろうか? 「セクター」はあまりに広範だ。今のところ「サービスセクター」や「公共セクター」など、経済区分に対してよく使われている。

個人的には「エコシステム」が良いと考えている。コミュニティ主導で、テクノロジーをあまり限定せず、究極の目標に関して、よりフレキシブルに聞こえる。包括的で協調的。そして、ブロックチェーン関連のプロジェクトに携わっていない人をも歓迎する響きがある。

習慣を変えることは難しいため、私は「業界」という用語をまだ頻繁に使っていくだろう。しかし「エコシステム」を試してみようと思う。暗号資産エコシステムは、時代遅れの用語で扱うよりも優れた価値を持っている。

ノエル・アチェソン(Noelle Acheson)氏は、CoinDeskとジェネシス・トレーディング(Genesis Trading)の元リサーチ責任者。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Pisit Heng/Unsplash(CoinDeskで加工)
|原文:Why Crypto Is Not an ‘Industry’