預金の全額保護は「モラルハザード」の始まりか【コラム】

この数日間の出来事は、2008年の世界的な金融危機の後にビットコインを成長させることになった、アメリカの銀行システムについての白熱した議論に再び火をつけるだろう。経営の失敗と市況の悪化が重なった3つの銀行が閉鎖された後、そのうち2つの銀行の預金者は、ほぼ救済措置に近いものを手にした。

(少なくとも直接的に)税金が使われるわけではないため、正確には2008年のような救済措置ではない。銀行が資金を出している米連邦預金保険公社(FDIC)は、シリコンバレー銀行とシグネチャー銀行を「システミックリスク」に分類することを選んだ。

議論の余地のあるこの分類は、過去の危機でよく使われていたもう1つの重要なフレーズを思い起こさせる。「大きすぎて潰せない(Too big to fail)」だ。

システミックリスクに分類されたことで、FDICによる1口座あたり最高25万ドルの限定的な保護ではなく、米連邦準備制度理事会(FRB)と米財務省が預金を全額保護することになった。一方、破綻した銀行の株主は、保有する株式の価値がゼロになることを見届けることになる。財務省はこれを、今回の措置が「救済」にあたらないもう1つの理由としている。

ビットコイナーの不安

FDICはさらに、新しい「Bank Term Funding Program」の創設によって、今回の救済のメカニズムを永続的なものにするとも発表。このプログラムは、国債を含めた担保への融資を提供するものだ。

含み損を抱えた国債の売却を余儀なくされたことが、シリコンバレー銀行とシグネチャー銀行はもちろん、暗号資産に特化したシルバーゲート銀行の破綻にも大きな影響を与えたことから、このプログラムは実用的で合理的なものに思える。多くの人がすでに指摘しているように、FRBによる積極的な利上げが、国債の下落を招いた。

短期的には、これらの要因がすべて合わさって、アメリカの銀行が抱える終わりなき2つのジレンマに対する中間的な対応となる。ジレンマの1つは、預金の莫大な損失から生じる心理的・財政的なダメージは望んでいないこと。もう1つは、あまりに積極的に銀行を支援すると、大きなリスクを取るという歪んだ動機を銀行にもたらし、長期的かつ深刻な不安定性を生むことになることだ。

広範かつ長期的な視野で捉えると、最近の出来事はビットコイナーが深く抱える不安を裏付け、さらに強化するように思われる。不安とは、政治的影響力がFRBからサポートを受けられる/受けられないを決定しているという懸念であり、より中立的な通貨システムの方が長期的にはすべての人にとって良いものだという考えだ。

「Matthew Graham(暗号資産ベンチャーキャピタルSino Global CapitalのCEO):
アメリカ政府は17兆ドル以上の預金を保護することに暗黙のうちに合意した。クレイジーな薬を飲んでいるかのようだ。FRBプット(市場が下落してもFRBが支援に動いてくれるという考え)の影響について、ほとんど議論されていない」

リスク回避のためのルールを回避

シリコンバレー銀行とシグネチャー銀行の預金保護についての詳細は、この先の預金リスクについての議論において忘れ去られる可能性がある。

忘れてはならない最も重要なことは、シリコンバレー銀行が預金を使って過剰なリスクを冒しただけでなく、そのような投資を制限するルールを回避するために積極的に動いていたことだ。

具体的に言うとシリコンバレー銀行は、金利リスクに過剰にさらされていた。シリコンバレー銀行は新型コロナウイルス感染拡大初期の「ほぼゼロ」の水準からFRBが金利を上げないことに賭けていた。振り返ればこれは、明らかに稚拙な判断だ。コロナ禍によるインフレを受けて利上げは決定的だったのみならず、利上げの可能性は長年にわたって語られていた。

こうした判断と、経営陣のお粗末な選択にかなりの責任があると専門家は考えている。投資家のアンディ・ケスラー(Andy Kessler)氏はウォール・ストリート・ジャーナルで次のように主張した。

「弱気相場は14カ月前、2022年の1月に始まった。シリコンバレー銀行の経営陣は、信用は収縮し、(IPO)市場は枯渇するとの見通しを立てることに1年以上もかけるべきではなかった」

儲けは私に、リスクはあなたに

さらに、シリコンバレー銀行は、リスク回避のために義務付けたはずのルールを回避する積極的な動きを取っていた。

ニューヨーク・タイムズが詳細に報じたとおり、シリコンバレー銀行のグレッグ・ベッカー(Greg Becker)CEOは、同行のような中堅銀行に対する特定のストレステストや流動性要件を引き下げるトランプ政権の政策を支持していた。

リッチでパワフルな人や組織は、景気が良い時には収益を狙って高いリスクを取ることを妨げる政府の規制に反発する。そして状況が悪化すると、自身の影響力を使って損害を他の人たちに吸収させる。そうした影響力は多くの場合、高いリスクを取って蓄積した資産に支えられている。

預金は大丈夫だった?

もう1つ、議論の中で忘れ去られてしまう可能性が高いことは、今回の新しい預金保護措置がなくても、シリコンバレー銀行とシグネチャー銀行の預金はおおむね大丈夫だったはずという点だ。

通常の銀行破綻の場合、FDICは銀行の資産売却を監督する。この場合、預金者は損失を受け入れ、FDICによる25万ドルの保証を超える分の預金の10〜15%を失うことになる。

預金の保護が発表される前の3月12日午前、ブルームバーグの取材に応じた情報筋は、保証対象となっていないシリコンバレー銀行の預金の30〜50%が13日には引き出し可能になり、残りも時間ともに引き出し可能となると語っていた。

FDICがシリコンバレー銀行の買い手を見つけられなかった、あるいはシグネチャー銀行に買い手が見つかるとは思えないと判断した可能性はある。シリコンバレー銀行のオークションは11日の夜に始まり、12日には完了するはずだったが、そうではなく、預金保護の発表が行われた。

誰も、どんな価格でも、シリコンバレー銀行を買いたいと思わなかったとしたら、この先の数週間を心配する理由は増すかもしれないが、企業としてシリコンバレー銀行を無価値にした、お粗末な経営陣を助ける政策を正当化する理由ははるかに小さくなる。

パニックを煽ったのか

最後に、現状を道徳的に判断するためには、シリコンバレーの一部の大物たちが、パニックに陥り、間違いなく悪意ある行動を取ったことを考えなければならない。

シリコンバレー銀行が10日に閉鎖されるとすぐ、ベンチャーキャピタル界の大物たちは、保護対象を超える分も含め、すべての預金を政府が保護すべきだとあからさまに要求し始めた。シリコンバレー銀行が救済されない場合、銀行の取り付け騒ぎが全国規模で発生し、アメリカ中で中堅銀行や地方銀行が破壊されると訴えた。

著名テック投資家でポッドキャスト『All In』の共同ホストであるデヴィッド・サックス(David Sacks)氏とジェイソン・カラカニス(Jason Calacanis)氏もそのような人たちに含まれる。サックス氏のツイートはあまりに軽率で、ツイッターユーザーたちがファクトチェックを求めたほどだ。

カラカニス氏の行動はさらに錯乱したものだった。同氏はツイッター上に、映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の画像を投稿し、69万を超えるフォロワーに食料と燃料を備蓄するよう呼びかけた。13日の朝までには、カラカニス氏はツイートの多くを削除している。

「David Z. Morris:フィードを振り返ると、たくさんの寂しげな引用ツイートが見つかる。

 Cas Piancey:インターネットは決して忘れない。

ジェイソン・カラカニス氏:明日銃と食料、ガソリンを買いに行く人は他にいる?」

万々歳?

この芝居がかった大騒ぎが、カルカニス氏とサックス氏がまさに警告していたパニックに油を注いだ。あるいは、意図的にパニックを煽った。最悪の場合、テロリストとほとんど変わらず、恐怖を煽り立てるために、巨大プラットフォームとあまりに騙されやすい市民からの信頼を利用した。少なくとも彼らの行動は、彼らが警告し、同時に油を注いでいた不安を鎮めるよう、FRBに圧力をかけた。

そして彼らは欲しがっていたものを手に入れた! 彼らにとっては、万々歳だろう。リスク管理の甘い銀行にお金を預けても、十分な数のツイッターフォロワーを抱えていたり、他に影響力を持っていれば、預金を取り戻せるという原理がアメリカの銀行政策にさらに組み込まれることになった。

悪いことにつながるはずがない、と言えるだろうか。

「Michael Green(米投資会社Simplify Asset Managementのチーフストラテジスト):
これはエキサイティングだ!FDICの保険が無制限!0.5%の銀行から5%のマネー・マーケット・ファンドに資産を動かすのはやめよう!賛同してくれる人は?!?!」

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Below the Sky / Shutterstock.com
|原文:Silicon Valley Bank and Signature Bank Reignite ‘Moral Hazard’ Dilemma Bitcoin Was Designed to End