イーサリアムの「リスクフリーレート」を理解する

暗号資産(仮想通貨)の一角が回復しつつあるようだ。2022年に発生した連鎖的な危機の後、ブロックチェーン業界全体が悲観的な雰囲気に包まれ、ジャクソンホールでパウエルFRB(米連邦準備制度理事会)議長が指摘したように世界経済が未知の領域にあるにもかかわらず、プルーフ・オブ・ステーク(PoS)の収益創出はほぼ過去最高水準まで回復している。

好調なリキッドステーキング

ブルームバーグのシッダールタ・シュクラ(Sidhartha Shukla)記者が最近の記事で指摘したように、リキッドステーキングプロトコルに預け入れられた資産(TVL)は、過去1年数カ月の間に292%増の200億ドル(約2兆9000億円、1ドル145円換算)に急増した。これは2022年4月、ステーブルコインのテラUSD(TerraUSD)のデススパイラルの直前に、主要な分散型ステーキングプロトコルのリド(Lido)とRocket Poolにロックされた210億ドルにわずかに及ばない程度の水準だ。

DeFi(分散型金融)に対する一般的な関心が低下している時であっても、イーサリアムブロックチェーンのステーキング評価額の回復はある程度理にかなっている。

覚えているだろうか、イーサリアムは昨年の9月15日、「Merge(マージ)」によって、ステーキングを正式に開始した。イーサリアムは、エネルギーを大量に消費するマイナーを廃止することで、暗号資産の二酸化炭素排出量に対する長年の批判を無効化し、その日から少なくともある程度、暗号資産に関するストーリーはシフトした(ビットコインは相変わらずビットコインであり、環境への負荷に対する批判はまだあるが、批判はおそらく長く続かないだろう)。

引き出し/ステーキング解除の熱狂が収まるまで数週間を要したものの、ステーキングは今のところイーサリアムユーザーに十分役立っている。バリデーターになるために必要な32イーサリアム(ETH)をステーキングできるほど余裕のある人には、年率3%~4%が支払われる。忘れてはならないのは、ステーキングは「ワールド・コンピューター」と呼ばれるイーサリアムを攻撃から守るために存在するということ、そしてまだ失敗していない。

リキッドステーキング、つまり小口保有者が資金を集約する企業やスマートコントラクトにイーサリアムを差し出し、普通ならばステーキングに手を出せない人々が、差し出したイーサリアムに比例した報酬を受け取ることを可能にするステーキングの民主化形態は、多くの人が「オンチェーンで国債に相当するもの」と呼び始めたほど魅力的な提案だ。

実際に使われている専門用語は「暗号資産のリスクフリーリターンレート」だが、ブルームバーグの編集者が、米国債3カ月物との比較を許すはずがない。たとえ「リスクフリーレート」という概念自体が経済的に不可能であったとしても(そして本質的に米国債のマーケティング用語であったとしても)。

ステーキングのメリット

有用なフィクションであろうとなかろうと、イーサリアムのステーキングは、例えばDeFiレンディングや、さらに悪いことに、いずれも破綻したジェミナイ・アーン(Gemini Earn)、ブロックファイ(BlockFi)、セルシウス(Celsius)のような中央集権的な貸し手に資金を差し入れるよりも比較的安全だ。また、流動性の調達が難しく、DeFiのハッキングが後を絶たない今、ステーキングは資金を有効に活用したい多くの人にとって当然の選択だ。

リドのようなプロトコルは、ステーカーにプロキシトークン(stETH、つまりステーキングしたETHの代わりのトークン)さえも提供し、ステーキング報酬が入ってくる間にDeFiで使用することができる。

これは、ステーキングに決してリスクが伴わないことを示すものではない。特にリドがこのセクターを支配していることは、イーサリアムのセキュリティを危険にさらす可能性のある攻撃ベクトルを懸念する多くの人々にとって大きな赤信号となる。しかし、イーサリアムのバリデーターになるために必要なハードウェアと資本を考えると、トレンドが逆転し、人々が昔ながらの方法でノードを実行することを選ぶとは考えにくい。

ステーキングはある程度、イーサリアムが採用する前から暗号資産業界で順調にいっていた分野だ。カルダノ(Cardano)やソラナ(Solana)のような投資家のお気に入り暗号資産は、イーサリアムに先駆けてかつては「実験的」であったステーキングシステムを展開し、ドージコイン(Dogecoin)やジーキャッシュ(Zcash)のような既存のチェーンは、どのようにステーキングシステムへ移行するかを研究している。

スイ(Sui)やアプトス(Aptos)のように、最近の市場上昇サイクルで登場した、暗号資産を利用したアプリを実行するために構築されたブロックチェーンは、すべてではないにせよ、そのほとんどが何らかのバージョンのプルーフ・オブ・ステークを導入した状態で登場している。

つまり、ステーキングは単に暗号資産が行うべきこととして期待されるようになっただけかもしれない。私にとっては、これはポジティブな傾向だ。暗号資産に配当のある株式との接点を提供し、暗号資産の非物質性を軽減することに役立つ。

多くの人にとって、暗号資産は現実からまったく切り離されている。価格は不規則に変動し、ほとんどの人は日常生活でブロックチェーンに遭遇することはない。実際、暗号資産に対する最も一般的な不満のひとつは、どの資産にも本質的な価値がないとされていることだ。

イーサリアムのステーキング報酬は、実際にはキャッシュフローを測定するものではなく、リスクがないわけではないが、暗号資産を身近なものに根付かせるために多くの役割を果たしている。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:Explaining Ethereum’s ‘Risk Free’ Rate of Return