100万人突破のメルコイン、「大人なWeb3アプローチ」で狙う次のチャレンジとは:中村奎太CEOインタビュー

今年3月、メルカリアプリ内でビットコインが売買できるサービスを開始したメルコイン。10月16日には提供開始7カ月で口座開設者数が100万人を突破したと発表。JVCEA(日本暗号資産取引業協会)のデータによると、2023年2月〜8月の暗号資産取引口座の増加が101万口座なので、この期間の新規口座の拡大をほぼメルコイン1社が牽引したことになる。

メルコインの現状、暗号資産に参入した目的、メルカリ全体における位置づけと役割、将来像などをメルコイン代表取締役CEOの中村奎太氏に聞いた。


わかりやすく、使いやすく

──3月にサービスを開始して半年強。これまで順調に推移しているが、サービス開始にあたり重視したことは?

中村:6月末に50万突破を発表した後も口座開設数は順調に伸びており、今回100万口座の突破を発表させていただいた。特徴は約8割が初めて暗号資産を取引するお客さまであり、メルカリの売上金を持っている人が6割を超えていること。メルカリのアセットをうまく活用して、初めての暗号資産取引をスタートさせたお客さまが多いと感じている。売上金を持っていなくてもメルペイに簡単にチャージして取引を開始できるし、直近では、ネットバンクやATMからチャージできる機能を追加した。

すでにさまざまな暗号資産(仮想通貨)取引所が存在しているが、ターゲットをかなり違うところに設定した。つまり、暗号資産に詳しいハードなお客さまにとっては物足りない部分があると考えているが、暗号資産の取り扱いもビットコインのみに絞って、ハードルを下げ、わかりやすく、使いやすいことにこだわって展開している。

──市場が低迷しているなかで、今年春頃からJVCEAが発表する口座開設数が強気相場に匹敵するペースで増えている。何が起きているのか不思議だった

中村:我々の場合、口座数については、市場の動きにあまり関係のない構造になっていると思う。取引は、もちろん市場が活況のときの方が盛んになるが、口座開設についてはライトなお客さまが多いので、市場の動きを見て開設するというよりも「やってみたい」「試してみたい」というふうに興味を持ってもらうことが口座開設につながっている。

3月のサービス開始時には「なぜこの時期に参入したのか」とかなり言われたが、ある意味、我々がこれまで培ってきたアセットや体制が整ったタイミングでスタートした。具体的には、メルペイの本人確認済みアカウント数がある程度の数字に達し、メルカリグループにおける不正対策の土台が構築できたことをそのまま活用してサービスをリリースした。外部環境ではなく、我々自身の状況として「今なら伸びる」というタイミングでスタートした。

──「今なら伸びる」とは具体的にどういう判断なのか?

中村:ひとつは登録の問題。我々の場合、メルカリにおけるフィンテック事業という大きな枠組みの中で暗号資産の取り扱いをスタートさせた。メルカリは従来、マーケットプレイスとしてのサービスがメインだったが、そこから徐々に売上金を保有するとか、クレジットカードなど、金融的なサービスを拡大していった。その流れの中で暗号資産を取り扱うタイミングが整ったと考えている。

「いつでも売上金に戻せる」という安心感

──ユーザーの取引状況は? 購入して保有する人が多いのか、売買も盛んに行われているのか。

中村:試しに買ってみて、保有しているお客さまが多いが、メルペイで何かを売って売上金を得たときに、ビットコインを買っておこうとある程度繰り返し購入するお客さまも出てきている。売却しようとしたときに金額が上がっていたり、あるいは下がったりすることはメルカリのサービスの中では珍しく、小さな金額でもお客さまが反応してくれやすいという特徴がある。保有しているビットコインに数円、数十円のプラスが出ることを楽しんでもらっており、思った以上に売買していただいている印象だ。数字的には半分ぐらいのお客さまが2回以上買っている。

サービス開始時にいろいろなマーケティングメッセージを試したが、一番効果があったのは「いつでも売上金に戻せる」というメッセージだった。売上金をビットコインに替えて、ビットコイン取引を楽しんだ後はいつでも売上金に戻せるので安心、とアピールしたら利用者数が伸びた。実際にビットコインを売却した約半分の方が売却後にメルカリで買い物をされており、ビットコインを売却して得た売上金を、メルカリやメルペイで使うというエコシステムが生まれつつあると感じている。

──ユーザーからの反響で予想外のもの、ユニークなものはあったのか?

中村:私をはじめ、開発に携わっている者は結構以前から暗号資産に触れており、ライトなお客さまと接する機会はほとんどなかった。8割のお客さまが初めて暗号資産に触れるときに、どういう感想を持ってもらえるのかワクワクしながら見ていたが、非常にシンプルに、ポジティブに楽しんでくれている。持っているビットコインの残高が上がっていくことを見ていると、育成ゲームのキャラクターを育てているような感覚みたいで楽しいという声もある。

メルカリはこれまで、モノを売ることを中心にサービスを展開しており、数字がリアルタイムで動くものはなかった。そういう意味ではメルコインには今までメルカリになかった新しさがあり、新鮮味を感じてもらっている。従来、メルカリの残高が増えるのは、モノを売ったときだけだったが、毎日マイページにアクセスして、ビットコインの残高を見て、増えているとか減っているとかを楽しんでもらっている。

今回、メルコインという新しいサービスを開発するにあたっては、お客さまがネックに感じているところをピックアップし、そこを解決できる機能を作っていった。例えば、ビットコインは1000円分を購入すると、0.00025BTCみたいに小数点以下の数字になるが、普通の生活では小数点は使わない。メルコインでは小数点の数字は出しておらず、すべて日本円で表現している。お客さまのインサイトを把握し、活用して、開発してきた。

──「資産運用」というような表現も使っていないようだが?

中村:当初は「初めての資産運用」という言い方も考えていたが、お客さまの話を聞くと「投資」「資産運用」という表現への抵抗感が非常に強い。そうした表現さえも変えてしまうサービスコンセプトにしないといけないと考え、もっとコアな部分にある「暗号資産を持つことの面白さ」「暗号資産を持つことの意味」をピュアに届けるサービスにした方がいいと考えた。

投資や資産運用は、マーケティングではまったく使わずに、「ビットコインを持ってみたら楽しいし、金額が増えたら売上金に戻せて、メルカリで使えます」と伝えてきた。そのメッセージに賛同し、チャレンジしてみたい、持ってみたいと思ってくれた人がこれほどたくさんいることが見えてきたところだ。

「ビットコインとは何か」が伝わるサービス

──ビットコインについても、あまり細かいことは説明していないのか?

中村:必要不可欠なことは説明しているが、説明だけでは伝わらないことがあると考えている。逆に言えば、我々の次のサービスとしては「ビットコインとは何か」が伝わるサービスを作っていくことが重要。現状は、メルカリの売上金でビットコインを購入し、ビットコインを売却して売上金に戻し、メルカリやメルペイで使うというストーリーになっているが、このストーリーを進化させて、ビットコインがそのまま使えるようになるとか、売上金をビットコインで受け取るなど「ビットコインは通貨として使えるものだ」ということが伝わるサービスにチャレンジしたい。

グローバルにピア・ツー・ピアで送れるとか、ライトニングネットを使えるようになるとか、さまざまな可能性はあるが、我々の場合は、しっかりと段階を踏んでいく連続性が重要だと考えている。

──わかりやすい、具体的なユースケースを提示していくことが重要ということか?

中村:もともとのコンセプトに忠実に立ち返ると、ビットコインは従来の金融の概念では実現できなかった取引とか、価値交換を表現するために生まれた。しかし、投機や投資の側面が強くなりすぎている。新興国で自国の通貨を信頼できない国などでは、通貨として使われていることもあるが、先進国では投機や投資の側面が強い。そうした認識を変えたいと考えており、またそうしないとマスアダプションしないと考えている。ビットコインは使えるものであり、使うと面白いということをお客さまに理解してもらえるサービスの開発を丁寧に進めていきたい。

メルカリのエコシステムでの役割

──メルカリのフィンテック事業全体の中ではどういう役割を担うのか?

中村:メルカリは10周年を迎え、新しいミッションとして「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」を打ち出した。まだ世の中に見えていない価値や埋もれている価値を引き出し、メルカリというエコシステムを使って循環させることによって、人々が持っている可能性を引き出していく。フィンテックはそのときの潤滑油になると考えている。

つまり、フィンテック事業が存在することによって、エコシステムが回りやすくなり、動きが加速されることが重要。そのなかでメルコインのポジションから考えると、これまでメルカリで取り扱えなかったものを取り扱えるようにしていくことが重要なミッションとなる。ビットコインもそうだが、NFTやデジタルコンテンツなどがわかりやすいだろう。

──今後、ビットコイン以外の暗号資産を取り扱うことも含まれるのか?

中村:どういう時間軸、順序でやっていくかは事業を進めながら考えていくが、ビットコイン以外の暗号資産も取り扱っていくことになるだろう。先程述べたように、暗号資産のユーティリティ、ユースケースに注目していくことになるので、それぞれの暗号資産について、それを持つ意味やできることなどをお客さまに伝え、受け入れられるようにしていくことが大切。資産運用のポートフォリオのために銘柄を増やすという視点ではなく、取引してもらいたい暗号資産、持ってもらいたい暗号資産を選んで、提案していくことになると思う。

また、暗号資産以外の領域も広がっていくと考えており、NFTやデジタルコンテンツに対応していかなくてはならないと考えている。NFTは現状、状況は良くないが、むしろコアなユーティリティを引き出し、進化していく段階であり、そこに価値を感じる人を増やしていく必要があると考えている。

メルカリグループとして新しいチャレンジになるが、画像や音楽など、デジタルコンテンツは今後、主流になると考えている。どういう形であれば、安心して取り扱ってもらえるかをメルカリグループとして、しっかり考えていく必要があり、メルコインとしてテクノロジーを使って実現していきたいと思っている。

「大人なWeb3アプローチ」

──メルコインとしては今後、どのような展開を目指していくのか?

中村:ビットコインやNFTなど、ブロックチェーンや暗号資産を活用した面白さや意味を1人でも多くの人に届けていきたい。そのときに、アクセスしやすいゲートウェイ的な機能が存在することはきわめて重要で、そこにメルカリグループとしての強みを活かすことができると考えている。ゲートウェイとして入口をドンドン作っていく。今、市況は良くないが、我々が入口を作って、そこからお客さまが仮に他の取引所に移っても構わないので、日本における暗号資産やブロックチェーンのポジションを伸ばしていきたい。

日本は暗号資産やブロックチェーンをリードしていける国になるはず。そのためにも我々のようなサービスが伸びていくことは重要だと考えており、今の口座数の伸びをこのまま継続していきたい。そうすれば暗号資産利用者がこれまでにないスピードで増え、グローバルで見ても、突出した国になると考えている。

私も含めて、もっとピュアに暗号資産やブロックチェーンを推進したいメンバーもいるが、今はもう少し手前のところ、暗号資産やブロックチェーンにつないでいくための部分にコミットしており、社内では「大人なWeb3アプローチ」と呼んでいる。Web3のど真ん中をいきなり展開してもうまくいかないことを我々は経験しているし、いろいろ見てきているメンバーも多い。全体像を俯瞰して、しっかり取り組んでいきたいと思っている。

いま、メルカリにはKYC(本人確認)完了済みのお客さまが約1400万人いる。その10%までは推移していくと考えているが、チャレンジはその先。つまり、今は暗号資産にネガティブな感情を持っている人たちに面白いと思ってもらえるかどうかがポイントだ。そこが本当の意味でのマスアダプションになると思っている。1400万人の中の30〜40%、できれば50%が暗号資産を持っている状況になると、デジタルコンテンツやNFTもマーケットプレイスでやり取りされるようになっていると想像している。そこまで行くと、さらに新しいこと、違うチャレンジができると考えている。

|取材・文:増田隆幸
|撮影:小此木愛里