[ST最前線]なぜ「日本初」が野村に多いのか。業界リーダーとしてセキュリティ・トークンに取り組む矜持

2021年8月、日本初の公募型不動産セキュリティ・トークン(ST)の取り扱いを手がけて以来、22年3月にはユーティリティ・トークンを発行して「初のファンマーケティング案件」となった温泉リゾートホテル、22年6月には初の機関投資家向けデジタル環境債、23年8月には初の100億円超えの大規模案件、24年2月には初の商業施設など、STにおける「日本初」の案件は、野村證券が手がけていることが多い。

証券業界のリーダーとして、どのようなスタンスでセキュリティ・トークンに取り組んでいるのか。今後、どのような展開を想定しているのか。野村ホールディングス 執行役員 デジタル・カンパニー担当兼営業部門マーケティング担当の沼田薫氏に聞いた。

なぜ「日本初」が野村に多いのか

──2021年8月に日本初の公募型不動産セキュリティ・トークンの取り扱いを手がけた。そこから約2年半、現状をどう捉えているか。

沼田 我々がまず何に注力してきたかというと、ST発行側がやりたいことを踏まえながら、投資家の皆様がセキュリティ・トークンにどういう興味を持つのかを探ること。もちろん仮説は持っていたが、実際のところはわからないので、いろいろなタイプに取り組んだ。一言で不動産セキュリティ・トークンと言いながらも、裏付けとなる不動産はいろいろな種類のものを試してきた。つまり、どういうお客様に、どういう物件が魅力的に映るのかに注力してきた。

振り返ると、いろいろなタイプに取り組むということにおいては、リードできたと思う。そして2023年度には100億超えの案件に取り組み、規模も追求した。

現状、公募型セキュリティ・トークンの累計発行額は約1200億円、そのうち2023年度が約970億円。想定よりも早いペースで拡大している。2024年度もさらにこの広がりを止めないように進めていく。

──想定よりも早いスピードで発行が進み、市場が拡大していった要因はどこにあると思うか。

沼田 ひとつは業界をあげて、認知拡大を進めてきたこと。もともと、不動産クラウドファンディングのように、不動産特定共同事業法(不特法)に基づいて物件を小口化し、利益を分配する商品は一定の人気を集めていた。類似したタイプの金融商品を証券会社でも扱っているという認知は広がってきたと考えている。

もうひとつは、我々はある程度の規模を意識して販売しているが、より小口化し、1口10万円で販売するビジネスモデルも登場してきた。広告も積極的に展開されている。商品の幅が広がり、さらには流通市場として大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)の「START」も始まった。

──いろいろなタイプの案件に取り組んだ結果として、日本初の案件が野村から数多く登場してきた。

沼田 決して「日本初」を目指したわけではないが、投資家が何を望んでいるかを模索した。例えば、温泉リゾートホテルには需要があるのか、仮説に基づいて発行体と取り組んだところ、良い反応があり、当社だけでなく、他社もそうしたタイプの物件に取り組むようになった。あるいは東京近辺だけでなく、地方の物件を扱うと、その近辺の投資家が反応してくれる。タイプや場所など、まだまだ研究すべきことは多いが、ある程度、知見が蓄積されてきた。

2023年夏が節目

──第1号案件の取り扱いから2年半。野村證券の内部でも変化はあったのか。

沼田 もちろん、あった。当社のカルチャーは常に投資家重視、お客様重視。「この商品はお客様に提供するに値するのか」というところからスタートする。当社はお客様と対面して販売するので、担当者がお客様にしっかり説明して、お客様に理解していただくことが重要になる。社内の教育体制など、当初はかなり重厚に取り組んだ。

またSTはデジタル化された商品だが、どの程度売れるかの見通しが立たないうちは大きなシステム投資は難しく、実は当初、社内のオペレーションはマニュアルで進めていた。市場が拡大したことで、継続して取り組んでいくという認識が社内に広がり、システム投資が進んで、オペレーションの標準化も進んだ。

──社内の雰囲気が「行けそうだ」と変わってきたのは、いつ頃か。

沼田 2023年夏の月島の案件あたりだ。国内初の100億円を超える案件で「お客様に受け入れられるか」という不安もあったが、無事、完売した。2023年夏がひとつの節目だったように思う。またそのタイミングでSTのネット販売をスタートさせた。担当者が対面して販売するのではなく、ウェブサイトの説明を見て、購入してくださる投資家がいると実感できたことも手応えのひとつになった。

もちろんSTのようなデジタルアセットは、ネットと親和性が高いだろうと考えていた。とはいえ、投資家の皆様と同時に、我々にとってはSTを発行して資金を調達する発行側もお客様であり、しっかり資金を集めて、案件を成立させるという意味において、ネットだけではなく、対面販売と組み合わせたハイブリッド販売に取り組んでいる。

業界リーダーとしてのスタンス

──不動産STは、証券会社にとっても顧客への提案の幅が広がるなど、ポジティブな効果をもたらしていると考えられるのか。

沼田 株式、債券以外の、いわゆるオルタナティブアセットの代表例である不動産に少額から投資できるという意味で、STは非常に有効な投資手段となる。オルタナティブアセットは中長期で、力を入れていかなければならない分野。海外と比べると、日本ではまだまだオルタナティブアセットへの投資機会が整っていない。

今は株式市場が好調なのであまり意識されていないが、株式市場の状況が悪い場合でも一定のリターンを確保するとか、あるいはオルタナティブアセットは投資の時間軸も比較的長くなるので、一定の時間軸で捉えたときにしっかりリターンを確保するなど、そういう観点から提案していきたい。

──直近取り組んだ那須のアウトレットモールや京都・三条のホテルでは何か特徴的なことがあったのか。

[不動産ST]不動産のデジタル証券~那須・アウトレットモール~(譲渡制限付)
(那須ガーデンアウトレット:リリースより)

沼田 那須の案件は商業施設という点で新しい取り組みのうえ、歩合賃料、つまり各テナントの売り上げに応じた賃料が分配金に反映される形になっている。これは今、インバウンド需要が想定され、かつ今後インフレが想定されるなかで、ひとつの新しい形になり、インフレ対策にもなり得る。

京都の案件は、りそな銀行様が不動産STに参入された第1号案件。そこに一緒に取り組ませていただいた。我々は証券会社として一緒にSTに取り組むパートナーを増やしていきたいと考えている。

市場が拡大してきたとはいえ、STに関わるプレイヤーはまだまだ限られている。例えば、不動産STを発行する際には受益証券発行信託を用い、信託銀行との連携が必須になるが、その際も特定の信託銀行だけでは適正な競争が起こらないと考えている。我々の責任として、さまざまな信託銀行と連携していきたい。

実際、各信託銀行による初めての不動産ST案件の大半に、我々がご一緒させていただいている。信託銀行が変わると、異なる論点が出てきて大変なこともあったが、その後、それぞれ取り扱いを拡大されているのを見ると、我々と一緒にファーストステップを踏み出していただいたことには意味があったと認識している。

──証券業界のリーダーとしてのポジションや役割を意識している。

沼田 少し格好良く言うと、ブロックチェーンの理想形はピア・ツー・ピアの取引が可能なところにある。それに向かって我々は進んでいる。つまり、1社が独占し、抱え込んでいるような状況は理想から遠い。その意味で、当社と野村総合研究所(NRI)が出資して作ったBOOSTRY(ブーストリー)は、ST基盤「ibet for Fin」を初めからコンソーシアム形式で手がけている。

同じような観点で言えば、丸井グループ様はセキュリティ・トークンを使って、社債の自己募集に取り組まれている。当社はファイナンシャル・アドバイザーとして携わり、直近では4回目の発行を進めている。これは、ブロックチェーンの理想形に沿った形の1つと言えると思う。

セキュリティ・トークンに取り組む意味

──御社にとってセキュリティ・トークンに取り組むことはどのような意味があるのか。

沼田 セキュリティ・トークンは、十分に整備された法律のもとで、ブロックチェーンを使った金融商品を組成するもので、分散型金融を追求している方から見れば「違う」となるかもしれないが、安心・安全にブロックチェーンベースの金融商品をお客様に購入していただくための先駆けとなるもの。

暗号資産や暗号資産取引所を含めて、日本の規制は厳しすぎるという声もあるが、海外での事件を見るとしっかり機能したと考えている。また海外でも現実資産(RWA)のトークン化が話題になっており、そのなかで日本のセキュリティ・トークンはパイオニア的なポジションにもある。大事にしていきたい。

今後、不動産、社債以外も手がけていきたいと考えているが、まずは安全・安心なこと、そしてWeb3のメリットを活かして進めていく。「Web2.5」と表現する人もいるが、伝統的金融とWeb3の境目のような領域は、我々のような会社に強みがあると思う。

金融業界は、過去にいろいろ失敗があり、それを踏まえて法律が整備されるなど、蓄積の上に成り立っている。「規制が多く、大変」と言う人もいるが、そこには理由がある。着実に進めていきたい。

──マーケティング・ツールとしてのセキュリティ・トークンはどのように考えているか。

沼田 ブロックチェーンを基盤として使うことで、発行体と投資家がダイレクトにつながることができるメリットは、当然、使っていくべきだと考えているが、実は証券会社から見ると悩ましい面もある。売り手としてお客様の情報を持っていることが強みだったが、STで言えば、発行体にもお客様情報がオープンになる。しかし、時代の変化であり、それを前提として何ができるかが重要だと考えている。うまく使って、発行体を支援できるようになっていかなければならない。

例えば、社債セキュリティ・トークンでは、従来の社債と何が違うのかという疑問に対して、答えを見出す必要がある。投資家から見れば、STにする分「コストがかかっているのでは?」ということになる。デジタル環境債、いわゆるグリーン・デジタル・トラック・ボンドでは、グリーンウォッシュ(環境に配慮しているよう見せかけること)を避けるために、グリーン投資に関連したデータをブロックチェーンに記録し、その効果がインターネット上で公開されている。投資したお金がどうなっているか、正しく使われているかをチェックでき、しかもデータは改ざん不可能。そうした付加価値を生み出していく必要がある。単なる資金調達だけでは、ST化するメリットはない。

──2024年度はどんなことに取り組んでいくのか。

沼田 繰り返しになるが、すでに取り組んでいる不動産ST、社債STについてはマーケットを活性化させ、投資家の数も増やしていきたい。さらにまだハードルはいろいろあるが、裏付け資産を広げていきたい。ただし規模ありきではなく、特に不動産STでは物件の目利きが重要になる。実は今も、相談は数多くいただいているが、我々の基準を満たす案件を選別して取り扱っている。

あとは、ODXが流通市場「START」を立ち上げるときにも議論になったが、ブロックチェーンを基盤に取引する際には、業界としての標準化が必要になる。会社を超えて標準化していかないと会社間のスムーズな取引は実現できない。さらにブロックチェーンはプログラマブルであり、最終的には何かのトリガーでコントラクトを動かし、あとのプロセスをすべて自動化することもできる。そこも追求していきたい。ブロックチェーンを使ってデジタルアセットを組成することと同時に、ブロックチェーンをDX(デジタルトランスフォーメーション)のツールとして活用することが不可欠になると考えている。

|文:CoinDesk JAPAN 広告制作チーム
|撮影:小此木愛里