16兆ドル市場を拓け!野村が加速させるデジタル資産の”建設現場”【2024年始特集】

だれもがビットコインを買うことができる社会に変わろうとしているなか、世界の大手金融機関はブロックチェーン上でトークン化されたデジタル金融資産が行き交う社会を見据えた、次世代の事業基盤の整備を進めている。

野村ホールディングスもその1社だ。Web3メディア大手の「CoinDesk」が日本版を開始した2019年よりも前に、独自のプロジェクトを始動させていた。

暗号資産(仮想通貨)市場が「Boom and Bust(好況と不況)」を経験した過去5年、野村は社内に現在の「デジタル・カンパニー」に繋がる、次世代の事業基盤を整備してきた。池田 肇(いけだ・はじめ)氏はこのデジタル・カンパニーをリードするキーマンだ。

2023年、マーケットは「冬の時代(Crypto Winter)」と呼ばれるほどに冷え込んだが、欧米、日本、シンガポールの大手金融機関がそれぞれ進める「RWA」のトークン化構想に世界の注目が集まった。RWAとはReal World Assetの頭文字をとった略語で、ビットコインなどの暗号資産とは異なり、「現実に存在する金融資産」を指す。

つまり、不動産や債券、法定通貨、金(ゴールド)、再生可能エネルギーなどの資産がチェーン上でトークン化されるようになれば、その市場規模は数兆、数十兆ドルに膨れる。ボストン・コンサルティングは、RWA市場が2030年までに最大16兆ドルに拡大すると試算する。

巨大化する新たな市場で、野村のデジタル・カンパニーが積み上げてきた基盤と人材、ツールはどう機能していくのか?デジタル・カンパニーが手がける主要プロジェクトの現在を見ながら、池田氏に近未来の話を聞いた。

Komainu(コマイヌ):プロジェクト誕生の裏にアシュレー氏

機関投資家が保有する金融資産を管理するサービスは「カストディ」と呼ばれるが、野村がデジタル資産の事業基盤作りで最初に着手したのがこのカストディ事業だ。2018年、野村は欧州企業のLedger社とCoinShares社と共同でプロジェクト「コマイヌ(Komainu)」を立ち上げた。

カストディは、現在の金融市場が機能する上でもなくてはならないサービスだ。例えば、米国憲法の起草者アレクサンダー・ハミルトンが1700年代に設立したニューヨーク銀行(現・ニューヨークメロン銀行)は、機関投資家が持つ証券を管理するカストディサービスを200年以上も続けている米国最古の銀行で、この銀行の業務が突然ストップするような事態が起きれば、世界最大の規模を誇る米国の金融市場は機能不全に陥るだろう。

デジタル資産に対して野村はどう対応すべきか? 社内では侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が行われた末に、野村はコマイヌの共同創設に踏み切る。その決断に大きく影響を与えたのは、当時、ホールセール部門長だったスティーブン・アシュレー氏だ。

野村ホールディングス 執行役員 デジタル・カンパニー担当兼営業部門マーケティング担当 池田肇氏

「当時、デジタルアセットについては、社内でいろいろな意見があった。社会では(デジタルアセットを巡る)多くの出来事や問題(ハッキング等を含む)が起きた。しかし、このデジタルアセットの市場が大きくなれば、カストディは必ず必要になる」と池田氏は当時を振り返る。

「我々はここからスタートし、デジタルアセットに対してこれまで積み重ねてきた」

北米では、米銀最大手のJPモルガン・チェースがこの頃、イーサリアムを基に独自開発したブロックチェーン「Quorum」を利用し、トークン化された法定通貨で決済・送金を行う試験プロジェクトを進めていた。JPモルガンは2020年にQuorumをConsenSys(ウォレット「メタマスク」の開発企業)に売却。同時にConsenSysの株式の一部を取得した。現在、JPモルガンは子会社のOnyx社を通じて、トークンを活用した法人向けのプロジェクト開発を進めている。

日本では2018年に、暗号資産交換業者コインチェックで、580億円相当の暗号資産がハッキング・盗難される事件が起こった。この事件には北朝鮮のハッキング組織「ラザラス」が関与していたと、米調査会社のチェイナリシスがその後に報告書で明らかにしている。

レーザー・デジタル(Laser Digital):動き出した世界の巨大資産運用会社

米投資銀行大手のゴールドマン・サックスが、暗号資産のトレーディングデスクを開設する計画が報じられた2021年、野村はレーザー・デジタルの立ち上げ準備を進めていた。その翌年、レーザーはスイス・チューリッヒに本社を設立。機関投資家向けのデジタル資産の資産運用サービスとトレーディング、スタートアップ投資の3つを事業の柱に据えた。

レーザーの会長には、ホールセール部門を統括してきたアシュレー氏を任命した。野村の同事業に対する本気度が窺える。現在までに資産運用サービスの一環として、ビットコインとイーサリアムを基にしたそれぞれのファンドを運営しているが、カストディには早速、温めてきたコマイヌを使った。

レーザーは2023年10月に日本法人を立ち上げ、これまで池田氏と共にデジタル資産の事業開発を引っ張ってきた工藤秀明氏をヘッドに据えた。工藤氏は、宇宙物理学を研究した後に、野村アセットマネジメントに入社し、金融商品の開発をリードしてきた人物だ。

Laser Digital Japan 代表取締役社長 工藤秀明氏

「コマイヌのスタートを経て、社内ではこの取り組み(レーザー)に対して一定の理解があった」と池田氏は話す。

「トレーディング事業を始める際、24時間のモニタリングは必要だ。レーザー・デジタル・ジャパンを通じてアジア時間をサポートし、24時間体制を始めることで見えてくる世界がある。その中で、日本のマーケットで何をすべきか?何ができるのか? が明らかになってくるだろう」

暗号資産を扱った金融サービスと、トークン化RWAの開発をめぐっては、莫大な資金を運用する米国の資産運用会社も動きを活発化している。

9兆ドルを超える資産を運用する米ブラックロック(BlackRock)はその1つで、同社は早くからトークン化RWAの領域で戦略的な投資を行ってきた。代表的なのが、米ドルに連動するステーブルコイン「USD Coin(USDC)」を発行する米サークル社(Circle)への出資だ。サークルが2022年に行った4億ドルの調達ラウンドには、ブラックロックと同じく資産運用大手のフィデリティ(Fidelity)が参画。その際、ブラックロックとサークルは戦略的パートナーシップを締結した。

また、ブラックロックは2023年にビットコイン(現物)の上場投資信託(ETF)を上場させる計画を明らかにし、米証券取引委員会(SEC)に上場申請を行った。世界最大の資産運用会社がビットコインETFの運用を始めれば、巨額な資金が暗号資産の市場に流れ込んでくる。

レーザーの人員は、2024年には全世界で100名程になる見込みだ。従来の金融サービスでカバーできなかった部分を、ブロックチェーンなどのテクノロジーを活用することで、デジタルな金融商品のカスタマージャーニーを実現していきたいと、池田氏は強調する。

「ブロックチェーン、AI、オルタナティブ……少し先のデジタル資産事業において、我々はこの3つに注目している」

オルタナティブとは:英語の「Alternative」で、「代替の」という意味。株式や債券などの伝統的資産とは異なる資産のこと。

BOOSTRY(ブーストリー):デジタル資産市場を支える

RWAのトークン化では、日本は欧米に比べても早いタイミングでその開発に着手してきた。野村を含む日本の金融機関は、ブロックチェーンを基盤とするプラットフォームでトークン化された新たな資産クラスを発行し、プライマリー市場で主に個人投資家に売り出され、大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)などのセカンダリー市場で取引・流通できるエコシステムの整備を急ピッチに進めてきた。

このデジタル資産は「セキュリティ・トークン(ST)」と呼ばれ、日本国内では不動産と企業が発行する社債などに紐づくアセットを指し、ブロックチェーン上でトークン化することで証券化・小口化でき、多くの個人投資家が自由に取引できる社会ができあがろうとしている。

例えば、インバウンドで賑わう温泉旅館や京都のホテル、都内の高級マンションなどの特定不動産の一部を、セキュリティ・トークンとして購入する。投資家は数パーセントのリターンを享受しながら、セキュリティ・トークンに付随する特典(優待券)などを取得することが可能だ。

購入する個人にとっては、その金融商品の裏側でブロックチェーンが活用されていることや、暗号化されたトークンが取引されていることを直接感じることはないだろう。実際、不動産セキュリティ・トークンを購入するプロセスは、他の資産クラスの購入方法とほぼ同様の体験だ。

このセキュリティ・トークンを発行・流通する基盤を開発したのがブーストリー(BOOSTRY)で、野村が2019年に立ち上げた子会社だ。現在は、SBIホールディングスが10%、日本取引所グループが同社の5%の株式を保有している。

デジタル証券フォーラム2023で語るBOOSTRY代表取締役CEO 佐々木俊典氏(右)

日本で個人向けのSTの開発が始まった背景には、2100兆円にまで膨らんだ個人金融資産のほとんどが現預金で、「貯蓄から投資へ」のシフトが起きてこなかった過去がある。

池田氏は、「セキュリティ・トークンの整備においては、日本の金融界や多くの企業のなかに、眠れるお金を金融市場に呼び込み、日本の金融市場を活性化させ、現預金に偏ったこの国の滞留を解消したいという強い思いがあった」と述べ、日本では個人投資家を対象にしたトークン化RWAの開発が先行した一因を説明する。

果たして、日本の「眠れるお金」は2024年以降、セキュリティ・トークンに魅了され、その一部がこの新たなデジタル資産市場に流れ込んでくるのだろうか?

「デフレの状態においては、現金を保有するということはある程度正しい投資行動と言えるのかもしれない。しかし、この経済環境から脱却する兆候が現れてきている」と池田氏は言う。また、「消費活動と投資活動がデジタルでシームレスになってきている社会で、新しい(投資)環境が整いつつあると思う。大きな(お金の)流れは、変わっていくのではないだろうか」

セキュリティ・トークンの市場が今後さらに拡大する上で、個人投資家にとっては、伝統的な金融資産に加えて、より多くの新たなデジタル資産に対する投資機会は増加する。近い将来、個人が最適な資産ポートフォリオを構築しようとする時、これまで以上にきめ細かい金融教育や投資アドバイスが必要になってくるだろうと、池田氏は話した。

|インタビュー・文:佐藤茂
|写真:多田圭佑