日銀・黒田総裁「グローバルステーブルコインで“共有地の悲劇”起こり得る」

「新たなデジタルマネーの登場に対して、リスクや課題を強調するだけでなく、既存の決済システムに対しても改善を促していく必要があります」

日本銀行の黒田東彦総裁は12月4日、都内で講演し、国際送金の費用の高さや待ち時間の長さなど既存の決済システムに課題があることを認めたうえで、フェイスブックのリブラなどのグローバルステーブルコインは金融版“共有地の悲劇”をもたらしかねず、国際的な金融規制の必要性を指摘。またキャッシュレス決済では、相互運用性の重要であるとの認識を示した。

なぜステーブルコインに国際金融規制が必要なのか

黒田総裁が登壇したのは金融情報システムセンター(FISC:The Center for Financial Industry Information Systems)の35周年記念講演会。FISCは金融情報システムに関連する問題の調査や研究を行っている公益財団法人で、理事長は元国税庁長官の稲垣光隆氏が務めている。

黒田総裁は、国際金融システムの安定性を確保するためのグローバル・ガバナンスの観点からステーブルコインについて整理したうえで、あらためて拙速な発行に対して反対の立場を表明した。

その理由として「国際金融のトリレンマ」を元に説明。国際金融のトリレンマとは、自由な資本移動である“金融統合”と、“金融安定”、“国内金融規制”のうち3つを同時に達成することはできず、1つはあきらめなければいけないというもの。国内では、自由な資本移動、為替相場の安定、金融政策の独立の3つとしても知られる理論だ。

黒田総裁は、グローバルステーブルコインの発行と流通についても、トリレンマがあると指摘。説明では、グローバルステーブルコインは資本移動を効率化させるため、“金融統合”を深化させる。そのうえで“金融の安定”を維持するならば、“国内金融規制”ではなく、「国際的に整合性のとれた規制体系(globally consistent financial policy)が必要不可欠」という。

これは、たとえば一部の国でグローバルステーブルコインの取引が禁止されても、規制のゆるい国で取引が増えた場合、結果的に世界的な金融の安定性を損なう恐れがあるということにほかならない。

金融のトリレンマ(日銀黒田総裁、発表資料)
金融のトリレンマ(発表資料より)

金融版“共有地の悲劇”。通貨価値の安定という公共財が失われる恐れ

さらにグローバルステーブルコインは、「国際金融の安定」という国際公共財を活用したスキームであると指摘。国際公共財を利用する発行体は、その活用ルールである国際金融規制を遵守する必要があるとした。

黒田総裁は、もしルールが遵守されない場合、金融版“共有地の悲劇”をもたらす可能性があるとして、グローバルステーブルコインにより公共財が過剰に消費され、金融や通貨価値の安定という公共財が維持できなくなる恐れがあると述べた。

“共有地の悲劇”とは、多くの利用者が獲得できる資源が乱獲されることで、資源が枯渇してしまうということ。“コモンズの悲劇”とも呼ばれる。

その上で、「グローバルステーブルコインは国際金融システムや決済システムに大きな影響を及ぼし得るため、様々な課題やリスクへの対応が整わないうちに、発行されるべきではありません」として、国際的に流通されるステーブルコインの拙速な発行に反対する姿勢を改めて示した。

キャッシュレス決済では相互運用性がカギ

黒田総裁はリテール決済システムの改革についても提言した。これは、フェイスブックのリブラに代表されるステーブルコインの構想は、既存の決済システムをどう改善すべきかという問いを投げかけるとの認識が元になっている。

決済システムの改革について、決済ネットワークを拡大させて利用者の便益を達成しながら、競争やイノベーションによる長期的な便益を両立するために必要なこととして、決済事業者間やプラットフォーム間の相互運用性を挙げた。

そのうえで「フィンテック企業や銀行など各事業者がばらばらにキャッシュレス決済に取り組んでも、容易には拡大しない」と述べ、各事業者が相互運用性を確保することで、キャッシュレス決済の利用が増え、業界全体が潤うと指摘した。

相互運用性をどう確保するか、その方策として、「決済プラットフォーム間の相互接続や決済事業者の共通プラットフォームへの参加」「決済端末の共通化」「技術仕様の標準化」「加盟店の相互開放」などを挙げた。

文・写真:小西雄志(日経FIN/SUM2019会場にて黒田総裁)
編集:濱田 優