【独自レポ】JPYCで決済してみた──腰痛記者が考えたWeb3社会実装のリアル

10月27日に発行が始まった日本初の円建てステーブルコイン「JPYC」。発行から7日で累計発行量が1億JPYCに突破するなど注目を集めている。

JPYCは、銀行を介さない国際送金や低金利である日本円の特徴を生かしたDeFi(分散型金融)での活用などが想定されている。しかし、初期ユーザーには馴染みが薄い。かくいう筆者もその一人で、初日に3000円分発行してみたものの、ウォレットに入れて眺めているだけでは意味がないと感じていた。

「せっかくなら、JPYCで支払いがしたい」

一般人にイメージしやすいのは、やはり店頭での決済利用だろう。調べていると、東京・田町の整骨院で「JPYC決済」ができるという情報を見つけた。実は先日、タイミングよく?人生初のぎっくり腰になっていた筆者。施術を受けつつJPYC決済が試せるのは一石二鳥だ。11月6日、芝浦田町スポーツ整骨院・はり治療院へと向かった。

決済の仕組み、自分たちで作りたい

オーナーの新盛淳司氏は、異色の経歴を持つ人物だ。30歳で脱サラし、柔道整復師の資格を取得。その後、元サッカー日本代表・中村俊輔選手の専属トレーナーとして、スコットランドや静岡で寝食を共にした経験を持つ。

院内には、中村選手のユニフォームが飾られている。「試合後、俊輔の体をマッサージしていた」というから驚きだ。現在は田町をはじめ、千葉県浦安にも姉妹店を構える。

新盛氏は10月27日、自身のXで以下のポストをした。

JPYC発行日に合わせたこの投稿は、現在までに9万回以上のインプレッションを獲得。「最先端」「先見の明がある」など、取り組みを応援するコメントが数多く寄せられた。

聞けば新盛氏、2021年からエックスウィン(xWIN)やシンボル(XYM)による支払いを始め、そしてJPYC社が発行していた「前払式支払手段」のJPYCプリペイドによる決済も導入していたという。

なぜ街の整骨院が、ブロックチェーンを活用した新しい決済に踏み出したのか。

きっかけは、開業直後に襲ったコロナ禍だった。「街から人が消え、患者さんが全然来なくなった」。店をたたむ小規模店を多く見かけ、同院の存続にも危機感を覚えたという。

従来の金融サービスや決済システムをそのまま利用するだけでは、街の小規模店が生き残る手段にならないと考えた新盛氏は、ジリ貧になるとの危機感から「まず、投資をやってみよう」と思い立つ。株やFX(外国為替証拠金取引)に挑戦するうち、暗号資産(仮想通貨)の世界にも足を踏み入れた。

当初はビットコインFXで「秒で50万円を溶かす」という苦渋も味わったが、Web3コミュニティを通じてJPYC社代表取締役の岡部典孝氏やDeFiプラットフォームの開発などを行うエックスウィン代表取締役の荒澤文寛氏らと出会う。こうした縁から、エックスウィンやシンボルによる決済をいち早く導入していた。

JPYC普及のために身銭を切る

しかし、実際にこれらを使って支払った顧客は「累計で20人ほど」。同院では顧客の約8割がキャッシュレス決済を利用しているが、内訳はPayPayとクレジットカードが半々だという。

これまでに利用していたのは、Web3に明るい一部のユーザーだけだったようだ。

それでも新盛氏は、普及を諦めていない。その一環として11月まで、JPYCで支払うと施術料が割引になるキャンペーンを実施している。しかし考えてみると、PayPayやクレジットカードの決済手数料の削減分を上回る「出血大サービス」だ。

なぜ、そこまでしてJPYCを広めたいのだろうか?

と、ここまで話を聞いていた筆者の腰が痛みだした。とりあえず、取材を一時中断し、30分のマッサージコースを受けることにした。

〈中村選手もこのマッサージを受けていたのか、と施術中は考えた〉

仰向けから始まり、足、上半身、そしてうつ伏せになって腰回りへと、全身を丁寧にほぐされていく。施術を受けながら改めてWeb3決済にこだわる理由を尋ねると、新盛氏は穏やかに笑った。

「街の事業者が自分たちの手で決済できる仕組みを作れたら、もっと面白いと思う。その方がワクワクする」

コロナ禍で感じたという「小規模店がつぶれれば街が死ぬ」という危機感が、原動力になっている。個性がなくなった街は活力を失うと訴えた。

人生初のメタマスク決済、 しかし…

施術を終え、いよいよ肝心の決済へ。実は筆者、この日のためにメタマスクを開設したものの、決済をするのは初めて。「本当に支払いができるのだろうか」と一抹の不安がよぎった。

JPYCは発行時に、イーサリアム(Ethereum)・ポリゴン(Polygon)・アバランチ(Avalanche)の3つから受け取りたいブロックチェーンを選択できる。筆者はアバランチを選んでいたため、その旨を伝えると新盛氏がQRコードを提示してくれた。

〈店頭に設置されたポリゴンとアバランチの決済用QRコード〉

メタマスクを開き、QRコードを読み取る。しかし、うまく読み取れない。

何度か試したが反応せず、最終的に送金先アドレスを直接入力することに。本来なら、PayPayのQRコード決済のように払いたかったが仕方がない。

送金額の3000JPYとアドレスを入力して「確定」を押す。画面を見つめること数秒。

「お、届きました」

新盛氏のスマホ画面を確認すると、確かに3000JPYCの入金が表示されていた。取引にかかったガス代(手数料)は0.0001AVAX、日本円で0.26円程度。送金してからウォレットに表示されるまで30秒ほどだった。

〈新盛氏に見せてもらった送金完了後のウォレット画面〉

手数料削減が生む好循環

新盛氏がJPYC決済に期待する最大の点は、やはり劇的な決済手数料の安さだ。

一般的に、クレジットカードには決済金額の3〜4%、PayPayには約2%ほどの手数料がかかる。さらに、決済金額が多くなるほど店側の負担が増えることもポイントだ。一方、JPYC決済ならブロックチェーン上に取引を記録するためのガス代がかかるだけ。中抜きを排除することで、店側の手数料を限りなくゼロに抑えることが可能だ。

ただ、新盛氏の動機は単なるコスト削減ではない。

「最も実現したいのは、手数料が安いツールを広めることではなく、事業者自らが立ち上げたシステムが広がる成功事例を作ること」とし、浮いた手数料を顧客サービスの向上や従業員への還元に充てたいと語った。

お店のサービスが向上すれば、顧客も増える。この好循環が、小規模事業者や個人商店も経営を続けられる「サステナブルな仕組み」になると訴える。

記者が考えたWeb3決済の実情

帰り道、軽くなった腰をさすりながら考えた。

2017年ごろから始まったビットコイン(BTC)決済は今も一部店舗で続いているが、一般化しているとは到底言い難い。では、資金決済法上の「電子決済手段」であり、常に日本円と価値が1:1で連動するJPYCは、実社会の決済に使われるようになるだろうか。

現状のハードルは、高いと言わざるを得ないだろう。

JPYC発行には、まず専用プラットフォーム「JPYC EX」でのアカウント開設、本人確認をする必要がある。さらに、大きなハードルになるのはメタマスクなど自身で秘密鍵を管理するタイプのウォレットを開設することと、支払い時のガス代として必要になる各チェーンのネイティブトークンを準備することだろう。

実は筆者もこの準備を忘れており、新盛氏から0.1AVAXを送ってもらう失態を犯してしまった。JPYCさえ持っていれば決済できるわけではなく、別途ガス代が必要になる点は、多くの一般利用者がつまずきやすいポイントだろう。

新盛氏も、JPYCで払おうとする顧客の中からガス代を忘れる人が絶対に出てくると予想。PayPayやクレジットカードが顧客側に手数料負担を求めていないことを踏まえ「JPYC決済でも、店側がガス代を負担すべきなのかもしれない」と、現実的な運用設計に頭を悩ませていた。

こうした手順を踏んでまでJPYCで支払う理由を、多くの消費者が感じるのは現状では難しいかもしれない。「日本円で払えばいいではないか」という声が聞こえてきそうである。

だからこそ新盛氏は、割引キャンペーンを実施した。その姿は、かつてPayPayが全国的に普及するため、初期の加盟店に手数料を無料で提供していた光景と重なった。ただ決定的に異なるのは、JPYC決済の恩恵を受けたい事業者の多くは小規模で、大企業のような資本力がない点だ。

〈JPYCで税金が払えるようになれば、普及は一気に加速すると新盛氏は予想〉

冒頭でも触れたとおり、「想定外の反響」と新盛氏が語るほどXの投稿はバズった。ただ、実際にJPYC決済をしに店を訪れた人は取材日までおらず、筆者が第一号だった。(取材後に確認したところ、記事執筆時点で3人が利用している)

このギャップに、Web3の理想と現実が垣間見えた。それでも、筆者の決済がうまくいかず右往左往する中、新盛氏の笑った姿が印象に残った。

「ハプニングを面白がっちゃう性格なんです。この『初めてで、道なき道を開拓している感じ』が好きなんですよ」

JPYCが日常の決済手段となる未来は、まだ遠いかもしれない。しかし新盛氏のような事業者による草の根活動は、確かに始まっている。

|文・撮影:橋本祐樹
|トップ画像:JPYC決済を始めた新盛淳司氏、左にあるのは中村俊輔選手のユニフォーム

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