土地の権利をブロックチェーンは守れるか──世界銀行・担当者に聞く

アナンダ・アーンチャル氏は世界銀行の土地とブロックチェーンの専門家。

土地の所有権保護へのブロックチェーン活用

2019年春、世界銀行のアナンド・アーンチャル(Anand Aanchal)氏はブロックチェーンの初期の問題について、ワシントンDCで行われた世界銀行の会議で次のように語った。

「テクノロジーは大規模で華々しく、あらゆる問題を解決できるかのようだ。(中略)しかしビッグマックが広告どおりだったことはない」

土地の専門家として、同氏は市民の基本的権利を強化するための技術展開の問題を直接経験している。

暗号資産(仮想通貨)業界は「銀行口座を持たない人々に銀行サービスを提供すること」に夢中になっているが、世界の最も脆弱な人々の金融・社会環境を改善する方法は他にもある。

1つは、財産の私的所有権と共同所有権の明確化だ。適切に制定され執行された土地の権利基準は、国のGDPから農家が栽培する農作物の種類まで、あらゆるものに影響を与えるとアナンド氏は語った。

ブロックチェーンは土地登記など定型的な情報登録に適していると言われているが、アナンド氏はGPS機能を搭載したスマートフォンのようなローテク・ソリューションの方が効率的な結果をもたらすことが多いことに気づいた。

最終的にテクノロジーを活用した効果的なソリューションは、法的・社会的な改革と同時に行われる必要があると同氏は主張する。

CoinDeskは、財産権の向上につながるブロックチェーンの可能性について、アナンド氏の考えを聞いた。

──土地の権利とは何か、なぜ重要なのか?

土地の権利の保証が重要な理由は、紛争や紛争後の交渉のような社会経済的問題から自らの意思で行う投資まで、経済における複数の事柄の要因となるからだ。

土地管理とは土地の権利の明確化であり、物理的な区画、物件、区画、地理的座標は何か、区画/建物/家屋の法的所有権や他の権利を持っているのは誰かを意味する。

──土地の権利の差し迫った問題とは?

ある推計によると、一部の国々では土地の権利の約70%が登記されていない。これは法的あるいは制度的障壁、女性やマイノリティの財産権といった特定の社会的問題、そして多くの場合、土地管理サービスの信頼性や使いやすさなどが原因だ。

さらに、多くの国では女性やマイノリティは土地の権利を法的に行使できるが、社会システム的にこれらの権利の行使は必ずしも認められていない。つまり差別されている。

──あなたは過去に、ブロックチェーンは土地の権利問題のソリューションとして過剰に宣伝されていると述べた。その理由は?

ブロックチェーンが戦略的、金融的、商業的な意味を持つためには、それを実現する一定の環境条件が必要になる。ブロックチェーンはすでに最新のデジタルデータを保有し、記録システムが機能している国に適している。非公式な経済カルチャーが強く、データ登録率が低い国の場合、ブロックチェーンはソリューションとなる可能性はあるが、最も必要とされているソリューションではない。

一般市民にとって価値あるものにする前に、非常に多くの基礎的な投資が必要だ。解決に取り組んでいる問題の観点からテクノロジーを考えることが非常に重要となる。

土地管理問題に注目してみると、多くの場合、ローテク(GPSを搭載したスマートフォンやドローンなど)が素早く、安価な方法で問題を解決する能力に優れており、ブロックチェーンのようなハイテクのための下準備となる可能性がある。

──ブロックチェーン技術の効果的な使用を妨げる経済コストは存在するか?

中・低所得国の多くはすでに多額の資金を投資し、あるいは現在投資しながら、ITシステム、特に土地情報システムを近代化している。単に技術が変化したからといって、こうした投資を無視することはできない。

今、量子コンピューターが話題になっているが、皆がブロックチェーンを投げ出して量子コンピューターに向かうだろうか? システムを投げ出して、いわば市場の最新のおもちゃに手を出すことは賢明ではない。

ブロックチェーンが関心を集めている理由、付加価値について考え、その後、まったく新しいシステムが必要かどうかを検討することが重要。ときにブロックチェーン独自の機能を完全なアップグレードを行わずに使えることもある。

例えば、ドバイでは、ブロックチェーンのトランザクションレイヤーを適用して、トランザクションを処理し、アーカイブの構築を開始した。これは新しいテクノロジーが役に立つかどうかを確認し、その後で規模を拡大する、はるかに柔軟で賢明な費用対効果の高いテスト方法だ。

──世界銀行は土地登記のためのブロックチェーンの導入についてどのようにアドバイスするのか?

ブロックチェーンは新しいテクノロジーであり、我々は実現可能性をテストするためにPOV(Proof of Value:価値実証)を行っている。

我々のチームは世界銀行グループのテクノロジー&イノベーション・ラボ(Technology & Innovation Lab)と協力して、3つの一般的な使用事例──区画の最初の登録、所有の移転、認証──についてテストを行った。これらは、ブロックチェーンを検討する場合に、ほとんどの国がある時点で必要とすると考えられるものだ。

しかしこれは、限定的な実験段階での概念実証に過ぎない。この段階では、我々はブロックチェーンが真に最適かどうかを判断するために、ブロックチェーン以外の法的、あるいは規制上の問題を重視している。

戦略なきテクノロジーは問題を解決しない。我々は、気候、金融、健康、教育など、他の分野における価値実証も行っている。

──現行の土地登録システムの根強い問題とは?

各国がデジタル化を進めるなか、サイバーセキュリティ問題は大きくなる一方だ。一部の国々では記録の改ざんが報告されており、そうした場合、ブロックチェーンは魅力的なソリューションになり得ると考えている。

しかし土地管理では背景こそが重要だ。ブロックチェーンはシステム内の利潤追求を防ぐことはできないため、広範囲にわたる政治・経済を検討することが重要となる。

──もし国が個人の土地所有の権利を認識していない場合、所有を証明する法的文書を持つことは、全般的な文化を変えることにつながるか?

それは重要なポイントだ。単に土地を所有する権利を示す書類を持っていることは、必ずしもその権利を確実にし、保証するわけではない。

これが私が土地の権利の透明性を高めるうえでテクノロジーの役割があると考える理由だが、結局のところ、テクノロジーの問題ではない。もっと大きな問題であり、テクノロジーが問題を解決すると誤解してはならない。

──ブロックチェーンはどういった点でアイスクリームに似ているのか?

数年前、多くの国々が2020年までにブロックチェーンを導入したいと望んだ時期があった。これは野心的な目標で、おそらく社会環境やデータの準備状況を考慮するとおそらく現実的ではないと私は考えた。

しかし同時に、ブロックチェーンは人々がそれまで重視していなかったシステム問題やデータ問題を検討し始める強力なきっかけになると考えた。このジョークは、ブロックチェーンは人々にブロッコリーを喜んで食べさせるアイスクリーム・フレーバーというものだ。

2020年までにブロックチェーンをどのようにして導入するのかと問われた時、我々は腰を下ろして、「あなたのシステムについて話をしよう。正確性について話をしよう。デジタル化のレベルやニーズについて話をしよう」と述べる。

特効薬ではないにしても、私はブロックチェーンは短い時間だがハードインフラ問題や実現にむけて重要となる環境条件の議論のきっかけとなり、そしてより大きな戦略ビジョンについての幅広い議論につながったと考えている。

翻訳:Emi Nishida
編集:T.Minamoto、増田隆幸
写真:Aanchal Anand
原文:Even If Blockchain Can’t Secure Land Rights, It Got Us Talking About Them