仮想通貨は第二のタックスヘイブンか?暗号資産の会計をめぐる3つの課題

「二匹目のヒヨコ」という人気Twitterアカウントで、ブロックチェーン業界の会計・税務に関する情報発信をしている沼澤健人氏。同領域で起業することになった経緯と、仮想通貨や暗号資産をめぐる会計の問題について聞いた。

沼澤健人(ぬまさわ・けんと)
株式会社Aerial Partners 代表取締役。仮想通貨取引計算サポートと税理士紹介を行う『Guardian(ガーディアン)』、仮想通貨取引計算ツールである『Gtax(ジータックス)』を提供。Twitterの仮想通貨アカウント「二匹目のヒヨコ(@2nd_chick)」中の人としてブロックチェーン業界の会計・税務領域を中心に啓蒙活動を行っている。会計コンサルティングファームであるAtlas Accounting代表として、仮想通貨交換業者やブロックチェーンプロジェクトの顧問を務めており、一般社団法人日本仮想通貨税務協会理事も兼任。

「会計の専門家なのに、仮想通貨の確定申告ができなかった」

エアリアル・パートナーズの代表である沼澤健人氏は、在学中に公認会計士試験に合格し、KPMG 有限責任 あずさ監査法人で3年強修行した。独立後、2015年に株式会社Atlas Accounting(アトラス・アカウンティング)という会計ファイナンスのコンサルティングファーム立ち上げた。

ブロックチェーン業界に興味を持ったのは、2014年のマウントゴックスの破綻事件。ビットコインが世間的にも注目され、経済的なインパクトも大きかったことから問題意識が芽生えた。そこから仮想通貨に関する勉強会に参加するなど、知見を広げた。より仮想通貨への理解を深めるため、お小遣いでビットコインを購入したのは2015年。そこから本業である会計業務とシンクロし始める。転機は仮想通貨の確定申告だった。

「2017年3月に仮想通貨の取引で得た利益を確定申告しようとしたところ、自分が会計の専門家であるにもかかわらず、正しく確定申告ができませんでした。私の知識レベルが低いというよりも、仮想通貨の損益計算に足る過去の時価情報を取引所が公開していないなど、圧倒的に情報が不足していました。当時、きちんと確定申告をできていた人は、おそらく全国に一人もいなかったと思います」

「二匹目のヒヨコ」として情報発信

そんな状況への危機感から、仮想通貨コミュニティに貢献したいと「二匹目のヒヨコ」という名前のTwitterアカウントを開設し、2017年5月から情報発信を始める。アカウント名の由来は、「二匹目のトラ」「二匹目のペンギン」というアカウントへのオマージュだという。すぐに多数のフォロワーを抱える人気アカウントとなった。

「仮想通貨の取引で得た利益にかかる税金はどうなっているのか、どう確定申告をすればいいのか、悩んでいる方々に向けて、質問を受け付けました。開設した当初は、ダイレクトメッセージ(DM)にすべて返信していました。すると2017年7〜9月の3カ月間でフォロワーが5,000人に増え、 DM でコミュニケーションしている人も500人を超えました。さらに2017年の夏にビットコインのハードフォーク(分離独立)があり、マーケットキャップ(時価総額)が上がりました。そのとき、2018年3月には数十万人単位で確定申告しなければいけない人が現れるだろうと推測しました」

anastasiia ivanova / Shutterstock

ところが、朝起きて寝るまでDMが届く500人に返信するので手一杯。沼澤氏は「仕組みをつくらなければ解決しない」と一念発起して、エアリアル・パートナーズを創業する。同社のクライアントは一般の投資家が圧倒的に多いが、ここ1、2年で仮想通貨取引業者や仮想通貨ファンドの顧客へのサービス提供も増えているという。

「2017年3月の時点では、仮想通貨の税金について考えている人はほぼ存在しませんでした。日本だけではなく、世界でも同じです。ところが2017年にどんどん仮想通貨の時価総額は上がり、日本だけでも200万人を超える人が取引に参加しました。そこで初めて社会課題として認識されたのです。国税当局が 仮想通貨取引に関するFAQ(よくある質問)を出したのが2017年12月です。確定申告の受付が始まる直前でした。ギリギリのタイミングで方針が明確化されたのです」

仮想通貨を不透明にする3つの課題

現在、仮想通貨や暗号資産の管理が複雑化するポイントは3つあるという。

「一つ目は、そもそも仮想通貨や暗号資産と接触するチャンネルが多すぎることです。私たちのクライアントのデータでは、一人平均9つの取引所を使っています。取引所以外にも、仮想通貨のウォレットやDapps(分散型アプリケーション)を使えば、接触するチャンネルはどんどん増えます。問題なのは、仮想通貨・暗号資産ごとにフォーマットやタイムゾーンなどが異なることです。バラバラな要素が計算を複雑にしています」

「二つ目は、仮想通貨や暗号資産を使った経済取引の種別が多いことです。売買だけではなく、支払いや決済、仮想通貨を使った資金調達ICO、Dappsゲームのノンファンジブルトークン(代替性のないトークン)売買、融資仲介サービスであるソーシャルレンディング、さらに仮想通貨の採掘(マイニング)など、まさに日進月歩で増えています。こうした仮想通貨や暗号資産に関する経済取引の種類が広がることで、さらに複雑性は増します。ルールをつくったとしても、それらを計算する難しさは変わらないでしょう」

「三つ目は、ビットコインなど仮想通貨建ての取引です。前の二つに比べれば扱いは小さいですが、問題は範囲が日本だけにとどまらない点にあります。日本の取引所の中で売買しているだけであれば、仮想通貨間の取引情報を取得できます。しかし、海外の取引所やウォレット、ブロックチェーンのサービスを使っている場合、日本円に換算するための円建ての情報が取れません。そのつど換算するプロセスが出てきます」

これら3つの課題について、沼澤氏は強い課題意識を持っている。

「これら3つの要素が絡まることで、仮想通貨や暗号資産の損益計算は実体がつかみにくくなります。自分の持っている資産の価値が増えているのか、減っているのか、複雑すぎてわからなくなる。保有する本人にとっても一大事ですが、同じように国家にとっても危機的状況です。どの国でも経済的な価値を得たら税金を払わねばなりませんが、そもそも経済的な価値を得ているかどうかが不透明では、税金を払うことができません。タックスヘイブン(租税回避地)でもないのに、誰も資産を捕捉できない状況が起こり得るのです」

仮想通貨・暗号資産をどう管理すべきか?

「保有する仮想通貨や暗号資産にどれだけの価値があるのか、持っている本人さえ把握できない状況は問題です。得ている利益損失をきちっと個人が認識できるような仕組みを整えることが大事だと思っています」

沼澤氏が率いるエアリアル・パートナーズは、複雑化する暗号資産を一般の人でも管理できるようにするため、現在、準備を進めているところだという。

「現在はブロックチェーン領域の研究開発を積極的にやっています。仮想通貨の投資に関わる税務だけではなく、暗号資産が普及する新時代を見据えて、個人が得ている利益損失をきちっと個人が認識できるような仕組みを整えることが急務です」

また2018年以降は、ブロックチェーン技術を取り入れたサービスを提供する事業者が増え、個人だけではなく法人需要の高まりも取り組むべき課題の1つに挙げている。

「法人では会計基準に則った会計処理、すなわち日々の仕訳が必要とされる一方、その仕組みを提供している事業者は多くありません。私たちはブロックチェーンの内外の仮想通貨・暗号資産の取引を会計仕訳として、会計システムに取り込むための仕組みを事業者向けに提供しています」

沼澤氏は、マネーフォワード、freee、エフアンドエムなどと一般社団法人日本仮想通貨税務協会(JCTA)を立ち上げた。

出典:「一般社団法人 日本仮想通貨税務協会(JCTA)」

自身も理事として名を連ね、今後は団体を通じて国税庁に現場情報を上げ、政策提案をするなど業界全体として活動していくという。また一般社団法人日本仮想通貨ビジネス協会(JCBA)の税制検討部会の部会長に就任するなど、旗振り役を務める予定だ。沼澤氏は仮想通貨や暗号資産の未来を、次のように思い描く。

「取引や管理が複雑化することで、仮想通貨や暗号資産がユーザーにとってわかりにくい不透明なものになっています。それを自分たちの手の中に取り戻したい。自分の仮想通貨や暗号資産の取引情報がグラフィカル(視覚的)に誰でも理解できるところまで簡略化したいと考えています。目には見えないけれど地面の中に埋まったインフラのようなものです。たくさんのプレイヤーがイノベーションを起こせるような土台を整備するという思いで事業にチャレンジしています」

「今までは中央が管理して情報を独占することによって利益を上げていた一方で、管理された権益を私たちが享受するという関係でした。しかし、いわゆるWeb 3.0が一般化するDapps時代には、僕たちが使うアプリケーションはどんどん分散化されていきます。非中央集権型のアプリを使うようになるほど、新しい課題が生じます」

「たとえば、既存の経済圏の中で価値を媒介するのはフィアット(法定通貨)でしたが、Web 3.0のDapps内で価値を媒介する資産は、仮想通貨や暗号資産となります。トランザクション(取引)が生じるごとに、金融的な価値を持ったものの受け渡しが生じるようになる。どのようにそれらを管理すればよいのでしょうか?まだ考えられてない未知の領域はたくさんあります。自分たちの強みである『会計』という専門性を使い、サポートしていきたいと思います」

構成:高杉公秀
編集:久保田大海
写真:多田圭佑