Neutrinoスキャンダルからコインベースが学ぶべきこと。信頼は簡単に失われる

新しい参加者がブロックチェーン・ネットワークについてどのような考え方を持っているかを知りたければ、こう聞くと良い。ISIS(イラクとシリアで発生したイスラム過激派組織=イスラム国とも呼ばれる)がネットワークに加わっていても、気にしないかどうか、と。

この問いかけは警戒心を呼び起こすだろう。だがこれは、ビットコインや他の非中央集権型暗号通貨の根底にあるセキュリティーモデル、いわゆるビザンチン将軍問題を解決する方法は、ネットワークに誰が参加しているかとは別の問題であることを浮き彫りにする。ISISの意図が、たとえ邪悪なものであっても、ネットワークをコントロールできる50%を超えない限りは問題ない。

これはまた、基礎となるブロックチェーンが表面上は「管理者がいない」性質を持ちながらも、多くの事業者が取引所、価格フィードなどのサービスを提供し、信頼できるサードパーティーとして機能している事実を理解する良い方法でもある。

ポイントは、誰かを信頼しなければならない場合、彼らは誰なのかという問題は極めて重要になるということだ。つまりこれは、コインベースが最近、問題の多いブロックチェーン分析会社Neutrinoを買収したことで招いたPR上の大問題から、誰もが学ぶべきことだ。

まさに、極めて多くの人の資産を預かる事業者として、コインベースのビジネスモデルは同社が顧客の信頼を獲得し、維持できるか否かにかかっている。

そして同社が何を行っているか、メッセージやその行動がどのように受け取られるかといったこと以上に複雑な問題にもなり得る。

NeutrinoとHacking Teamとの関係

Neutrinoの創業者たちは、弾圧的な政権に国民を監視するソフトを販売していたことで批判されたイタリアのIT企業Hacking Teamの中心的人物だった。その事実をBreakerMagのDavid Z. Morris氏が指摘して以来、#DeleteCoinbaseムーブメントがツイッターなどで巻き起こっている。

批判は驚きに値しない。国境なき記者団はレポートの中で、Hacking Teamを「インターネットの敵」の5社のうちの1社とし、同社の顧客はスーダン、モロッコなど世界のさまざまな政権に及び、「人権と情報の自由を侵害する」手助けを行ったと記した。

ワシントン・ポストは、Hacking Teamはサウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の殺害に関わったサウジアラビア当局とかつて関係があったと伝えた。トロントの人権団体は、同社はエチオピア政権による国外の反対勢力の監視活動をサポートしたと伝えた。

さまざまなことが判明したことで、どれくらいの人が実際にコインベースのアカウントを削除したのかは分からない。アカウントを削除するにはビットコインの残高を0にしなければならないが、その難しさを指摘した人もいた。残高が少額だと、簡単には他のアカウントに移せない。

そこでLightning Network Trust Chainで活動している開発者のUdi Wertheimer氏は、#DeleteCoinbaseTrustChainを作成し、コインベースユーザーがお互いに同チェーン上の口座を使い、コインベースのアカウントに残ったビットコインを引き出し、アカウントを削除できるようにした。

いずれにせよ、Neutrino買収がブランディングに与えた影響を良い方向に変えることは不可能。つまり、コインベースが負った責任を考えることもまた、とても重要なことだ。

見当違いのメッセージ

記事執筆時点において、今回の件に関してコインベース・ブログには同社エンジニアリング・ディレクター、Varun Srinivasan氏が投稿したHacking Team買収を歓迎する投稿以外の情報はない。

しかし、The Blockへのステートメントの中でコインベースは「Neutrinoの共同創業者が以前、Hacking Teamのメンバーだったことは認識していた。我々はセキュリティ面、技術面、そして採用面での精査で確認済みだった」と述べた。

そして「コインベースはHacking Teamの活動や意図を容認しない」が、「当社の顧客のデータを十分にコントロールし保護するために、Neutrinoが持つ機能を自社に取り込むことは当社にとって重要なことであり、Neutrinoの技術は我々が知る限り、この目標を達成するための最高の技術」と付け加えた。

Neutrino買収の重要性を詳細に述べつつ、同社法人セールス部門の責任者、Christine Sandler氏は、以前使っていた外部プロバイダーが「顧客データを外部に売っていた」とCheddarに語った。

これで済めば良いかもしれない。だが同社の主張 ── 最高の技術を「社内」に取り込むことで、「顧客のデータを十分にコントロールし保護する」 ── は、コインベースが自社の利益のために行動することを顧客が信頼してくれるという勝手な推測に完全に依存している。

信頼はコインベースが考えているほど簡単には維持できない。Hacking Teamのような不適当な会社で働いていた人物を雇用することは、信頼を簡単に失わせる。

私は、コインベースは顧客の権利を監視、あるいは悪用するつもりだと言っているわけではない。同社は2000万を超える顧客の財産を抱える、誠実で信頼できる管理者と言えるだろう。顧客の財産を守るために、最善を尽くしていないことを示すものはなにもない。

コインベースは信頼できるサードパーティー。成功を続けるために、同社は公の信頼を生み出し、育て、維持しなければならない。ことわざにもある通り、信頼を築くことは難しく、失うことは簡単だ。

法律を守り、業界の標準的な義務を果たすだけでは足りない。コインベースがどのような行動を取るか、ブログ投稿から業務上の決断まですべてが注視される。

信頼を得るための選択肢

銀行や他の金融機関は長年、この課題を認識してきた。彼らがブランディングに力を入れるのはこのためだ ── 「トラスト(信頼)」「フィデリティ(忠実)」といった単語を社名や商品名に使用し、ロゴなどを力強さや信頼性のイメージと結びつけている。

それでも近年の不適当な行動によって、銀行の公からの信頼性は過去最低レベルにまで落ちている。だが銀行は顧客をほとんど失っていない。多くの人は他に選択肢はないと感じているからだ。現実の世界においてお金を扱うためには、銀行と付き合うしかない(もちろん銀行間に競争はあるが、給料の振込口座を変更するなどの乗り換えコストがかかるために、ユーザーは歴史的に一度使った銀行から離れづらくなっている)。惨めな、囚われの身だ。

おそらくコインベースも同じような理屈に頼っており、まだ余裕があるだろう。巨大な既存ユーザーを抱え、ほとんどの取引所よりも比較的使いやすい。だがもし、現状に甘んじた大銀行に代わる存在に本当になりたいのであれば、コインベース、そしてその同業者はより高い基準を掲げ、公の信頼を勝ち取らなければならない。

たとえ、Lightning Networkや他のブロックチェーン技術によって、暗号通貨ユーザーが簡単に「自分自身にとっての銀行」となり、取引所などを使わなくても暗号通貨を扱えるようになっても、暗号通貨のエコシステムの中では信頼できる事業者が重要な役割を担い続ける。いずれにせよ、我々はこうした新しい技術を大規模にスケールさせるための長い道のりを歩んでいる。

コインベースはNeutrino問題と#DeleteCoinbaseムーブメントから生き残ることができるだろうか? おそらく大丈夫だろう。

しかし、Neutrinoに関する同社の判断と対応がもたらした予期せぬ影響は、暗号通貨全体に影響を与えた。

コインベース、そして他の取引所は、業界を成長させ、信頼されるブランドとして成功を収めたければ、顧客からの信頼を勝ち取るために多大な努力をしなければならない。

翻訳:Yuta Machida 
編集:佐藤茂、浦上早苗 
写真:Coinbase image via Shutterstock
原文:What Coinbase Needs to Learn from the Neutrino Scandal