レジから硬貨はなぜ消えた──“ペニー”、“ダイム”が滞るアメリカの現金流通

レジから硬貨はなぜ消えた──“ペニー”、“ダイム”が滞るアメリカの現金流通

暗号資産(仮想通貨)はまだ新しい試みだ。使っている人は問題が起きてもそれほど驚かない。例えば、イーサリアムクラシックは1カ月の間に3度も「51%攻撃」を受けたり、イーサリアムブロックチェーンでは取引手数料が急騰した。

51%攻撃:単独もしくは複数のマイナーがネットワークのマイニング能力を示す計算能力、つまりハッシュレートの51%以上をコントロールし、不正な取引を行うことをいう。

だがこうした不具合も、アメリカの硬貨システムが陥っているシステム的なエラーに比べれば大したものではない。現在アメリカでは、1セント硬貨(ペニー)、5セント硬貨(ニッケル)、10セント硬貨(ダイム)、25セント硬貨が足りなくなっている。

6月中旬以降、例えば4.92ドル、9.79ドルの買い物に5ドル紙幣、10ドル紙幣を出した人は、お釣りの8セント、21セントを受け取ることができていない。レジには硬貨がないのだ。

店には、買い物客にお釣りがいらないようぴったりの額を支払うか、カードの使用を求める張り紙が貼られている。食料品大手のクローガー(Kroger)は買い物客に対して、支払い額を四捨五入し、差額を同社の非営利慈善団体Zero Hunger Zero Wasteに寄付するか、お釣りをギフトカードに変えることを求めている。クローガーは「現在、硬貨が不足している」とするFRB(連邦準備制度理事会)を非難している。

同じような張り紙は、マクドナルド、アイスクリームチェーンのデイリークイーン、ホームセンター大手のロウズ、ウォルマートなどにも貼られている。

決済の26%は現金

硬貨を多用する企業は特に深刻だ。硬貨で動く洗濯機が設置されたアパートの住人たちは、取り忘れられたお釣りを探して、地元のコインランドリーを物色している。コインランドリーのオーナーたちは、顧客以外の人たちに近付かないように述べ、なかには監視カメラを導入したり、常駐の係員を雇うオーナーもいる。

硬貨不足に気づかなかった読者がいたとしても無理はない。この10年、現金の使用は減少を続けている。FRBによる消費者の決済行動のレポート「2019 Diary of Consumer Payment Choice」によると、アメリカ人のおよそ6人に1人は現金をまったく持っていない。

とはいえ数百万人のアメリカ人はまだ日常の支払いに紙幣や硬貨を使っている。FRBの調査によると、すべての決済の26%が今でも現金で行われているという。25歳未満と高齢者が現金を最も使用する傾向がある。FRBの別のレポート「2019 Survery of Consumer Payment Choice」では、低収入層が現金に最も依存していることが明らかになっている。

アメリカのような先進国が硬貨不足に陥っていることは奇妙に思える。硬貨不足、特に鋳造しても発行益が出ない少額の銅貨の不足は、中世にはよくあることだった。

「貨幣鋳造者は、少額硬貨よりも高額硬貨の鋳造を好み、(中略)少額硬貨はきわめて不足しがちだった」と歴史家のピーター・スパフォード(Peter Spufford)氏は書いている。

だが今は2020年、1620年ではない。問題は解決できるはずだ。

原因は「不足」ではない

アメリカの硬貨不足は、実際は不足ではないと言いたい。アメリカには必要なだけの硬貨がある。問題は、硬貨が間違った場所にあることだ。

FRBによると、478億ドル(約5兆1000億円)相当の硬貨が流通しているという(イーサリアムの時価総額とほぼ同じだ)。アメリカ人1人あたり140ドルの硬貨が存在する計算だ。米造幣局は毎年、7億5000万ドル(約800億円)相当の硬貨を鋳造しているが、これはすでに流通している数百億ドルの硬貨に比べればわずかな量だ。

硬貨にはライフサイクルがある。クローガーのような小売業者は、銀行に5セント硬貨を注文し、それをお釣りとして買い物客に支払う。買い物客はその硬貨を1週間から1カ月ほど貯金箱に貯め、最終的には銀行口座に預けに行く。あるいは、硬貨を紙幣に両替してくれるコインスター(Coinstar)の両替機に持って行き、コインスターが硬貨を銀行に持っていくケースもあるだろう。そして、クローガーは銀行にさらに多くの硬貨を注文し、買い物客に渡した硬貨を再び手に入れる。

ジョージア・バンカーズ・アソシエーション(Georgia Bankers Association)によると、銀行の硬貨供給量のうち約82%は硬貨を再流通させたものだ。硬貨供給の18%のみが造幣局によって新しく鋳造されたものだ。

現金のユーザーエクスペリエンス

新型コロナウイルスの発生とそれに続く自粛により、多くの硬貨が流通システムに戻っていくのではなく、家や車、ポケットに眠ったままになっている。

理由はなにか? ウイルス感染の恐怖と、硬貨を数えることに時間がかかることの組み合わせが原因になっていると私は考えている。

現金のユーザーエクスペリエンス(UX)には非対称性がある。紙幣と硬貨を数えて、ぴったりの額を支払うよりも、紙幣で支払い、硬貨でお釣りをもらう方がほとんどの場合、速い。誰もがレジで律儀に硬貨を数えている人の後ろで待たされた経験があるはずだ。

しかし今、スピードは極めて重要だ。生活必需品を現金で買う人は皆、新型コロナウイルス感染の恐怖から、閉ざされた空間にいる時間は最小限にしたいと考えている。だから習慣的に現金を使う人は、パンデミックが始まって以来、買い物に行く時に硬貨をわざわざ持っていかなくなったのではないかと推測している。

クローガーで19.96ドルを支払う時は、20ドル紙幣で支払う(そして4セントのお釣りを受け取る)方が、10ドル紙幣、5ドル紙幣、1ドル紙幣4枚、25セント硬貨3枚、10セント硬貨2枚、1セント硬貨を苦労して数えるよりもずっと速い。だから、クローガーや他の小売業者では、補給されるよりもずっと速いペースでレジから硬貨がなくなっている。

同じ恐怖から、現金を使う消費者は、貯めた硬貨を銀行に預けたり、その多くが食料品店の中に設置されているコインスターの両替機に硬貨を持ち込まなくなっただろう。1、2カ月長く硬貨を家に置いておく方が、硬貨を預けるために閉じた空間で時間を過ごすリスクを取るよりはずっと安全だ。

コイン・タスク・フォース

政府は、こうした恐怖を緩和するために最善を尽くしている。FRBは、コイン・タスク・フォース(U.S. Coin Task Force)を招集、このグループは、ウイルス関連の混乱を緩和するために全力を尽くしていく。

造幣局のデビッド・ライダー(David Ryder)局長は先日、アメリカ国民に硬貨を銀行や両替機に持っていき、硬貨流通を促進することを求めた。同様にスティーブン・ムニューシン財務長官も国民に硬貨を貯めないよう求めるツイートを行った。

これらは妥当な努力だ。しかしどこかの時点で、アメリカの通貨当局は、なぜアメリカだけが先進国の中で硬貨不足に苦しんでいるのかを説明しなければならないだろう。カナダ、イギリス、ヨーロッパ、日本、オーストラリアは硬貨不足にはなっていない。

米政府の新型コロナウイルス対策における不手際が、他の国々に比べて、国民の恐怖を長引かせることになったのではないかと考えている。そのためにアメリカは、例えばドイツや日本に比べて硬貨不足に苦しむことになった。

デジタルドルは解決策になるか?

硬貨が持つ物理的な問題は、暗号資産推進派を当惑させている。ムニューシン長官が硬貨の流通を呼びかける熱烈なツイートをした時、デジタルドル・プロジェクトのディレクター、クリストファー・ジャンカルロ(Christopher Giancarlo)氏は「デジタルドルはこの問題を解決できる」と反応した。

ジャンカルロ氏は正しい。デジタルドルは人手を介してゆっくりではなく、インターネットを素早く動くため、決して不足することはない。

しかし短期的には、デジタルドルは現在の硬貨不足の解決策にはならない。

アメリカの決済の26%が現金で行われているという事実を考えると、現在の硬貨不足の唯一の解決策は、滞留している硬貨を動かすことだ。家庭からコインスターの両替機や銀行に、硬貨が大量に移動しないことには、クローガーや他の小売業者は、買い物客に十分なお釣りを出せない問題を抱え続けることになる。

新型コロナウイルス感染拡大の恐怖が緩和され、人々が再び食料品店のレジで安心してゆっくりと硬貨を数えられるようにならない限り、問題は解決しないだろう。


J.P. コニング(J.P. Koning):カナダの証券会社の元リサーチャー、現在はカナダの大手銀行で金融ライターとして働き、人気ブログ「Moneyness」を運営している。

翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸、佐藤茂
写真:Shutterstock
原文:You Think Crypto Isn’t Ready to Be Money? Consider the Coin Shortage

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