「ビットコインは危うい」──Mt.Gox元代表マルク・カルプレスが語る“仮想通貨の盲点”

若くして世界最大の仮想通貨取引所・マウントゴックスの代表となり、その後に仮想通貨業界を揺るがすハッキング事件の当事者となったマルク・カルプレス氏。2019年5月30日に初めての著作『仮想通貨3.0』を上梓したカルプレス氏は「ビットコインが今の暗号技術のままで存在し続けることは危うい」と説く。その真意は?

マルク・カルプレス/トリスタン・テクノロジーズCTO
1985年、フランス・ディジョン生まれ。幼少期からコンピュータに興味を持ち、3歳からプログラミングを始める。15歳頃、友人やネットで知り合った人たちとサーバーホスティング事業を立ち上げる。18歳でゲーム会社に入社し、1年半ほど就業したのち、個人でエンジニアの仕事を多数請け負う。20歳でTelechargement.FR(現Nexway SA)に開発者として入社。研究開発副部長となり、決済関連業務も担当する。 2009年に日本に移住、株式会社TIBANNEを設立し、サーバーホスティング事業を始める。2011年にマウントゴックスのビットコイン事業を譲り受け、その運営に携わることになる。ビットコインの急激な価格上昇期を経験し、世界最大の交換所となるが、2014年にハッキングに遭い、破綻。 2015年に私電磁的記録不正作出・同共用及び業務上横領などの容疑で逮捕されたが、2019年3月に事実上の無罪判決を勝ち取る。 現在はトリスタン・テクノロジーズ株式会社の取締役CTO。 趣味はアップルパイ作り。日本のアニメや漫画に造詣が深く、「アニメソムリエ」の異名を持つ。

「ハッキングを100%回避することは不可能」

2014年2月に、取引所であるマウントゴックスはハッキングされ、85万ビットコイン(480億円)が消失し、破綻。責任者である私は逮捕、起訴されました。2019年3月に事実上の無罪判決を勝ち取ることができましたが、顧客の皆様に多大なる損害を与え、関係者の方々にご迷惑をおかけしたことを大変申し訳なく思っています。

ただ、はっきりと言えることが一つだけあります。それは、仮想通貨取引所がハッキングされたり、仮想通貨を盗まれたりするリスクをゼロにすることは不可能であるということです。

マウントゴックス事件後も、2018年1月、仮想通貨交換所であるCoincheck(コインチェック)から580億円分の仮想通貨が消失するなど、ハッキングや流出事件が相次いでいます。

相次ぐ仮想通貨のハッキングや流出事件

仮想通貨以外でも、過去にソニー・コンピュータエンタテインメントの顧客情報が流出したり、AppleのiCloudから有名人の写真が流出したり、企業の内部情報が盗まれました。潤沢な資金を持つ大企業でさえ、ハッキングの被害から逃れることはできません。

インターネットでつながっている限り、100%ハッキングを回避することは不可能です。たとえ99.9%の完成度のシステムを作ったとしても、0.01%の隙をつかれる可能性をゼロにすることはできません。なぜでしょうか?

取引所のハッキングリスクが「ゼロ」にならない理由

実際に、私自身は2011年にマウントゴックスの経営を引き継いでから、次々と発覚するシステムの課題、そして急激に増加する取引量に対応するために、現場のメンバー、各国の弁護士チームと協力しながら24時間体制で監視に当たっていました。当時はゆっくりと2時間眠れればいいほうで、海外との時差の関係もあり、夜中の2時、3時に対策会議をすることもあったほどです。

おそらく今、仮想通貨の交換所を運営している責任者の方々も非常に大きなプレッシャーのなか、監視を続けていることでしょう。しかし、リスクを人力でカバーし続ける限り、ヒューマンエラーは防げません。ほかに仮想通貨取引所ができることはないのでしょうか。

コールドウォレットはどうか。仮想通貨の秘密鍵をインターネットと切り離された状態で保存するコールドウォレットはリスク回避には有効です。しかし、たとえペーパーウォレットで管理したとしても、誰かが侵入してメモを盗まれるかもしれない。

では、ハードウェアウォレットの場合はどうか。PCがハッキングされてしまうかもしれないため、やはり仮想通貨が盗まれるリスクは残ります。つまり、現在の仕組みや技術では、やはり可能性をゼロにすることはできないのです。

「暗号技術の技術革新は不可決だ」

そうした条件の中で、どのようにビットコイン取引のリスクを最小限に近づけることができるのか。たとえば、取引所は取引の場を提供するだけに留め、仮想通貨そのものはユーザーが保有する形を模索する価値はあると考えています。そうすることで、取引所が大量に仮想通貨を保有せずに済むため、ハッキングリスクを軽減できるからです。

ポイントは暗号技術です。ビットコイン自体はスタート当初からECDSAという技術が使われていて、これまで一度もハッキングされたことはありません。しかし、ハッキング被害をゼロにすることが難しいように、永久に安全な暗号技術もまた存在しないと考えなければならないでしょう。ビットコインが今の暗号技術のままで存在し続けることは危ういことです。

身近な例でいえば、以前は「http」で始まるホームページが主流でしたが、今ではSSLという暗号技術を使った「https」が普及し、さらにTLSという技術も広がり始めています。

仮想通貨においても、暗号技術をよりよいものに変えていく技術革新の取り組みは不可欠です。たとえば、スクリプトベースで組み立てられているビットコインでは、新しいスクリプトを作成することで、暗号技術を選択できるような仕組みに変更することも可能です。

ユーザーがビットコインを保有していても安全な暗号技術はないのでしょうか。ECDSAが破られるという将来必ず訪れるであろう危機に備えるため、新しい技術の準備を始めなければなりません。

「PoW」を超える非中央集権化の仕組みは作れるか?

問題は暗号技術だけではありません。ビットコインはPoW(プルーフ・オブ・ワーク)によって支えられていますが、スイス一国の年間電力消費量に匹敵するというデータもあるほど、大量の電力を消費しています。また電力量もさることながら、マイニング(採掘)をビジネスとして展開する企業が続出し、今では中国企業が世界1位と2位を独占し、その2社で3割のシェアを占めるほどになっている。特定のマイナー(採掘者)に寡占されていることも問題です。

これは、巨大な企業であればあるほど有利になり、支配的地位を築く可能性があることを意味しています。結果、マイニング競争が激化することで、ハードフォークが繰り返され、サトシ・ナカモトがビットコインに込めたであろう「通貨の非中央集権化」という思いとは真逆の状況となってしまいました。

世界で続くマイニング競争

私はサトシ・ナカモトの最も優れた発明は、ブロックチェーンそのものではなく、ブロックチェーンにPoWという仕組みを組み合わせたことだと考えています。そのことによって、オープン性とセキュリティ性の両立を可能としたからです。しかし、皮肉なことにその仕組みがマイニング競争の激化を招いてしまいました。

現在、ビットコイン以外の仮想通貨で、PoI(プルーフ・オブ・インポータンス)、PoS(プルーフ・オブ・ステーク)など、いくつかの仕組みが開発され、搭載されていますが、残念ながら、PoWを超えるものはまだ存在していません。

しかし、今後、未来の仮想通貨を目指すのであれば、現状の「PoW」を超える非中央集権化の仕組みを模索していかなければならないでしょう。たとえば、CPUを使わずにPoWと同じことができれば、それは画期的なことであり、間違いなく次世代の仮想通貨を支える仕組みになるに違いありません。

『約束のネバーランド』に学ぶ「みんな」で解決する大切さ

著書『仮想通貨3.0』にも書いたように、私は日本のアニメが大好きですが、最近いちばん印象に残ったアニメに『約束のネバーランド』があります。ある閉じ込められた場所から、子供たちが脱獄する話です。厳しい現実、優しくない現実の中で、それぞれの子供たちがどのように対処するのか。興味深くアニメを見ました。

出典:TVアニメ「約束のネバーランド」公式サイト

仮想通貨を取り巻く現実は厳しい。しかし、力のある組織が「こうしよう」と決定するのではなく、それぞれの参加者「みんな」に選択肢を提供できるような仕組みが理想だと私は考えています。仕組みができれば、たとえセキュリティの問題が発生したとしても、大きな決定を待たずに、「みんな」が解決する方向へとシフトしていけるのではないでしょうか。

私は仮想通貨業界を少し離れましたが、トリスタン・テクノロジーズという会社を立ち上げて、あらゆる企業活動において今もなお必要不可欠なサーバーの事業を始めました。サーバーがグローバル企業に寡占されている状況に疑問を持ったからです。これも「みんな」に選択肢を提供したいからです。

ビットコインとビットコインキャッシュがハードフォークしたときのように、力のある組織が「こうしよう」といってコミュニティが分裂するのではなく、もっと「みんな」を中心として、簡単にアップデートできる方法が必ずあるはずです。

仮想通貨は第二のステージへ

ビットコインよりも後に登場した新しい通貨のイーサリアムは、スマートコントラクトというビットコインにはない特徴を持っています。これはブロックチェーン上で自動的に契約を履行する仕組みであり、ブロックチェーンの可能性を拡大させました。

私はビットコインも「通貨(レイヤーワン)」と「スマートコントラクト(セカンドレイヤー)」のように。レイヤーを分けて考えたほうがいいのではないかと考えています。

レイヤーワンであるビットコインのコア部分はしっかりと構築しつつ、セカンドレイヤーでは取引の速さと量を確保するライトニングネットワークを備え、スマートコントラクトに使うようなイメージです。そうすることで、セカンドレイヤーでトラブルが発生した場合にも、レイヤーワンに影響を与えないような作りが可能になるはずです。

するとセカンドレイヤーを想定した作りにする必要があり、現状のビットコインについてもレイヤーワンを書き換える必要があると考えます。この仕組みについては、世界中に同じような発想をしているエンジニアはたくさんいるはずです。そうしたエンジニアがいる限り、ビットコインの未来は明るいでしょう。

今、ブロックチェーン技術というのは、さまざまな国、企業も注目するものとなり、新しいサービスに搭載されるなど、研究が進められています。

その意味で、ビットコインという仮想通貨からスタートしたブロックチェーンの夢は、第二ステージへ変貌を遂げようとしているといえるのかもしれません。

文:池口祥司
編集:小西雄志久保田大海
写真:多田圭佑

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