盗まれた4200億円のビットコイン:マネロン容疑で逮捕された起業家夫婦の素顔

アメリカの捜査当局は8日、2016年に暗号資産(仮想通貨)取引所がハッキングされ、盗まれた数十億ドル相当の暗号資産をマネーロンダリング(資金洗浄)しようとした疑いで、夫婦を逮捕した。

司法省はこの事件に関連して、約36億ドル(約4200億円)相当のビットコイン(BTC)を押収した。

妻のヘザー・モーガン(Heather Morgan)容疑者は、元気なラッパーという、もう1つの顔を持った若いマーケティング起業家で、ビジネス系雑誌に多くの署名記事を寄稿していた。

夫のイリア・リヒテンシュタイン(Ilya Lichtenstein)容疑者は、ユーザーにプライバシー確保を約束するブロックチェーンスタートアップを創業した、テック起業家。皮肉なことに、史上最大規模の暗号資産ハッキング事件に深く関与したとして告訴された今、彼ら自身のプライバシーがなくなってしまった。

連邦当局は、リヒテンシュタイン容疑者とモーガン容疑者が、クラウドストレージサービスに保管されたスプレッドシートに、2000の暗号資産ウォレットアドレスと、対応するシードフレーズ(ウォレットへのアクセス回復に使われる英数字の羅列)を保管していたと、考えている。連邦当局は令状を取って、このスプレッドシートにアクセスした。

当局の訴状では、夫婦がビットフィネックスのハッキングに深く関与していたと指摘されているが、ハッキングそのものの実行犯とはされていない。「2016年8月頃、ハッカーが被害者(暗号資産取引所)のセキュリティシステムを突破し、インフラに侵入した」と、当局は考えているのだ。

そうなると、誰か他の人物がハッキングの罪で告訴されるか、後にはっきりとした説明がなされるということになるだろう。

ラッパーの顔も併せ持つ若き起業家

本人のものと思われるリンクトイン(LinkedIn)のプロフィールによると、モーガン容疑者はカリフォルニア大学デービス校出身。中東で生活をしたこともあり、エジプトのカイロ・アメリカン大学で国際経済開発の修士号を取得。トルコの首都アンカラにあるビルケント大学でトルコの通貨政策も研究したようだ。(ミュージックビデオの中で彼女は、自身を「トルコのマーサ・ステュワート」と呼んでいる)

23歳でセールスフォーク(SalesFolk)という会社を創業。コピーライターの集団を使って、インターネットで商品を宣伝しようとする企業に、一方的に宣伝Eメールを送りつけていた。

「夢を現実にする秘訣を教えてあげる」と言って始まる、ティックトックに投稿された動画の中でモーガン容疑者は、次のように語っている。

「23歳の時に会社を立ち上げて、外部からの資金提供なしで数百万ドル規模にまで成長させた。人脈なんてなかった。名門大学を卒業した訳でも、金持ちの家に生まれた訳でもない。どうやって成功したかって?シリコンバレーのトップクラスのビリオネア起業家たちから、シンプルなフレームワークを学び、それを指針としているの。『自動化する、省く、人に任せる』という考え方よ」

モーガン容疑者は、自称「暗号資産の天才」で作家、起業家のジェームズ・ アルタチャー(James Altucher)氏や、クラウドファンディングを手がけるインディーゴーゴー(Indiegogo)の創業者スラバ・ルビン(Slava Rubin)氏などと、リンクトインでつながっている。

雑誌『フォーブス』には、『Experts Share Tips To Protect Your Business From Cybercriminals(専門家が教える、ビジネスをサイバー犯罪から守るためのヒント)』と題された記事を寄稿。ビジネス誌『Inc. 』などにも、定期的に記事を発表している。

興味深いことに、フォーブスに掲載された彼女のある記事には、暗号資産カストディアン、ビットゴー(BitGo)の最高コンプライアンス責任者、マット・パレラ(Matt Parrella)氏の言葉が引用されていた。

ビットゴーはマルチシグウォレットを提供し、2016年のハッキング発生時には、ビットフィネックのカストディアンを務めていた。「これだけ多額の資金を引き出すためには、ビットゴーが取引を許可する必要があったはずだ」と、CoinDeskのスタン・ヒギンズ(Stan Higgins)記者は事件当時、指摘していた。

そして、モーガン容疑者はラップスターでもある。ラッパー起業家のジェイ・Zやヴァニラ・アイスほどの大物ではないかもしれないが、数年前のラッパー、キティを少し彷彿とさせる、ユーモアのあるスタイルだ。

「Razzlekhan」というアーティスト名で活動していたモーガン容疑者は、ここ数カ月にわたり、ラジオで流れることはないが、楽しいショーには使えそうな楽曲を量産していた。

「インスタグラムに投稿されたモーガン容疑者の動画」

ハッキングに警戒を呼びかけていた夫

夫のリヒテンシュタイン容疑者は、妻ほどに積極的にソーシャルメディアに登場してはいない。しかし、名声あるシリコンバレーのアクセレレータープログラム、Yコンビネータ(Y. COmbinator)出身で、投資家マーク・キューバン氏などから資金を集め、ミックスランク(MixRank)というデータ・広告技術スタートアップを共同で立ち上げた。(同社は現在も存続中だが、リヒテンシュタイン容疑者は2016年に去ったようだ)

リンクトインのプロフィールによると、分散型アイデンティティスタートアップ、エンドパス(Endpass)の顧問を務めたこともある。ちなみにこの会社のCEOは、モーガン容疑者だった。

リヒテンシュタイン容疑者は時折、ハッキングの脅威を警告するツイートを発信。「(世界最大級のNFTマーケットプレイスの)OpenSeaでNFTを買った時に、『誰にもシードフレーズを渡さないように。特に暗号資産ウォレットのメタマスク(MetaMask)のサポートを装った人には』という赤字で目立つ警告が表示されるべきだ」とあるユーザーがツイートすると、リヒテンシュタイン氏は次のように同意していた。

「多くの暗号資産に関して、試験を伴うセキュリティに関するレッスンを義務化するべきだ」

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:‘Like Genghis Khan, but With More Pizzazz’: What We Know About the Accused Bitfinex Money Launderers