商社が暗号資産市場に参入した理由──ジパングコインの使い道【三井物産インタビュー】

日本初となる金連動の暗号資産「ジパングコイン(ZPG)」の取引が始まった。このコインを発行するのは三井物産の子会社、三井物産デジタルコモディティーズで、大手商社によるクリプト市場への参入は、大きな反響を呼んでいる。

市場からは「金ETF(上場投資信託)が存在するのだから、敢えて暗号資産として購入する必要があるのか」といった声も聞かれるが、インフレヘッジのための資産クラスに位置づけられる金に対する注目度は高まっている。

ビットコインに連動しない暗号資産

(ジパングコインのイメージ/デジタルアセットマーケッツのウェブサイトより)

不安定なウクライナ情勢が続き、金先物は約1年半ぶりの高値をつけた。アメリカのインフレ懸念も金価格の上昇を後押しする中、ジパングコインは日本の暗号資産市場にデビューした。

デジタルゴールドとも呼ばれてきたビットコインだが、直近は株式市場との連動性の高さが指摘されている。また、多くのアルトコインはビットコインと連動しており、暗号資産として株式マーケットのリスクをヘッジできるものは少なかった。

三井物産デジタルコモディティーズの辰巳喜宣氏は、グロース株を中心としたリスク資産と相関性の高いビットコインに連動しないという、ジパングコインの商品特性を訴求すると話す。同社は、三井物産の商品市場部の出身者を中心に構成されている。

2月17日、ジパングコインの取引は始まった。当初は、暗号資産販売所のデジタルアセットマーケッツのみで売買される。2月8日から受け付けていた口座開設では、「弊社の想定を上回る反響があった」と辰巳氏は述べる。

今後、国内に約30社ある取引所や販売所での取り扱いを目指す。これまで培ってきた商品市場のノウハウを暗号資産にも持ち込む構えだ。ただ、ボラティリティの高さが魅力でもあった多くの暗号資産に対し、金という比較的安定している商品に連動する銘柄に需要があるのだろうか。

「どういった顧客層を狙うか?」という質問に対して、暗号資産取引を中心にする層と全くしない層の「両端を抑える」(辰巳氏)という。同じプラットフォーム上で金を取り扱えるようにすることで、暗号資産をメインに取引している層の利便性向上を図る。

「億り人」に代表される暗号資産投資によって資産家になった層を例に挙げ、アセットアロケーションとして選択肢を広げていく。ビットコインと連動しないことが、ポートフォリオを分散させるための強みになると読んでいる。

さらに、全く暗号資産に触れてこなかった層も開拓していく方針だ。ゴールドという理解しやすく、興味をもってもらいやすい商品性を売りにする。

海外では、Paxos社が金に連動するステーブルコイン「PAX Gold(PAXG)」を発行している。辰巳氏は「アメリカの若い世代を中心に、クリプトから投資を始める動きが出てきている」と話し、日本でも同様の動きに期待がかかる。

500円から買える“ゴールドコイン”

(画像:三井物産デジタルコモディティーズの辰巳喜宣氏)

ジパングコインの特徴は、購入の手軽さだ。最小500円から、24時間365日取引できる。暗号資産であるため、信託手数料が発生しないことは、ETF(上場投資信託)にはないメリットだ。

分離課税の対象とならないために税制上不利である点については、「事業者が参入することで、暗号資産の適切な税率が議論されれば良い」(辰巳氏)と、今後を見据える。

ジパングコインの仕組みは、三井物産を経由してロンドン市場の相対取引によって金の現物を購入する。三井物産デジタルコモディティーズの取引量は、三井物産にとっては少量に留まり、当面は流動性の心配もないという。

商品の企画から、取引開始に至るまで、3年以上の時間を要した。当局との調整では、金融庁を中心に、他の関係省庁とも議論を重ねた。国内で認可を獲得した安心感も自慢だ。

今後、トークンを金現物と交換する機能も実装することも予定しており、デジタル資産と現物資産の境目がなくなりつつある。

買い物はジパングコインで決済する世界

将来的には、決済手段としての利用像を提示したことも話題となった。2月には、LINEが暗号資産をショッピングで利用できる機能を発表。暗号資産による日常決済がどこまで広がるかに注目が集まっている。

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資金決済法上の暗号資産という枠組みに入っているため、「我々は決済領域に入らなければいけない」(辰巳氏)と、活用シーンの拡大に余念がない。

三井物産は、原油や石油製品、貴金属などのコモディティー価格の変動リスクに対するヘッジソリューションを30年に渡って手掛けてきた。インフレヘッジの代表である金が買い物の決済に利用できるようになり、生活に溶け込む環境となれば、一般消費者での利用が広がっていく可能性がある。

ジパングコインでは、bitFlyer Blockchainの「miyabi」を採用した。「プライベートチェーンとして運用を開始するが、将来的にはパブリックチェーンへの移行、もしくは同等の機能実装を計画している」(辰巳氏)と付け加える。

当面は、国内での流通拡大に専念する。国内の規制環境も加味して、プライベートチェーンに決めた。流出リスクなどを抑え、セキュリティーと顧客保護を最優先するという。

原油、プラチナ、排出権…商社の強み生かしたトークン構想

三井物産デジタルコモディティーズは、同様の取り組みを金以外のコモディティーにも広げていくことを表明している。プラチナなどの貴金属は、金とほぼ同様のスキームを活用できるため、提供しやすいという。

商社の強みを生かせる商品は多い。原油も、地政学リスクが顕在化した際に値上がりしやすい商品だ。

さらに、可能性の1つとして挙げたものが二酸化炭素などの温室効果ガスの「排出権」だ。環境省はCO2排出削減量に応じてポイントを発行する取り組みを検討している。これまで企業のみが関係していると考えられていた排出権だが、個人に関係してくる時代はそう遠くなさそうだ。

「トークン化という文脈において、様々な商品を検討していきたい」(辰巳氏)と、今後の展開に自信を見せた。

|取材・テキスト:菊池友信
|編集:佐藤茂
|フォトグラファー:多田圭佑