トルネード・キャッシュ開発者逮捕──プログラマの責任とは?【オピニオン】

強盗犯が使ったスマートフォンを製造したと、アップルのティム・クックCEOを逮捕するべきだろうか? 爆弾として使えるからといって、圧力鍋の発明者を罪に問うべきだろうか?

オランダ当局はイーサリアムブロックチェーン上のオープンソース暗号資産ミキサー「トルネード・キャッシュ(Tornado Cash)」に関与したとして、ある人物を逮捕したとのニュースが8月12日に伝えられた。全容は不明だが、多くの暗号資産支持者、プライバシー支持者はすぐにコード作成(プログラミング)が犯罪と見なされる可能性に困惑した。

マネーロンダリングに手を貸した?

逮捕されたのは29歳の男性で、アムステルダムで逮捕されたことはわかっている。トルネード・キャッシュは、8月8日に米財務省が制裁対象とした、暗号資産取引の匿名性を高めるために使われるサービスということもわかっている。さらにオランダの規制当局は6月、トルネード・キャッシュに対する捜査を開始したことも。

しかし逮捕された開発者は、トルネード・キャッシュのコード作成をサポートしたことが「疑われて」いるだけ。オランダのFiscal Information and Investigation Service(FIOD)によると、「違法な金銭の流れを隠し、マネーロンダリングを手助けしたことへの関与が疑われて」いるだけだ。

今回の逮捕がどのような影響を持つのか、捜査はどれくらい広範囲に及ぶのか、将来的に暗号資産に対してどのような影響を持つのかはわからない。「逮捕が複数に及ぶ可能性も排除できない」とオランダ当局は声明で述べた。

事態の展開、つまり、トルネード・キャッシュの創業者たちが捜査当局によって「どのように扱われるか」によって、今回の件は暗号資産関連の開発、とりわけプライバシー関連のプロジェクトやアップデートを大きく萎縮させるかもしれない。

暗号資産開発者たちは長年にわたって、不確実性の中で行動してきた。真に分散型のプログラムとそれ以外のソフトウェアプロジェクの実際の動きには大きな違いがあるが、法律のもとではその違いはまだ完全には理解されてはいない。また暗号資産業界による自制のようなものもあり、誤った安全や自信につながる可能性もある。

コード作成は合法

コード作成については、きわめて単純明快なこともある。少なくともアメリカでは、ギットハブ(Github)でコードを発表することは、その目的が暗号資産ミキサーといった物議を呼ぶものであっても、オリジナルのアイデアならば、ほぼ確実に合法だ。

これは30年前のいわゆる暗号技術戦争の遺産。コードは言語であり、暗号技術は言論。政府が言論をたとえ、武器弾薬規制のもとであっても禁じることは憲法上許されない。

しかし、コード作成以外の行為については状況はより不明確になる。

「トルネード・キャッシュについて具体的なコメントは避けるが、コードを使いたい人にサポートを提供する、プロトコルにミキシングのスマートコントラクトをアップロードする、ユーザーのメタマスクウォレットに接続するウェブアプリを運営するといった行為は、犯罪の可能性のある領域に入り込むことになる」とサイバー犯罪や暗号資産専門の弁護士プレストン・バーン(Preston Byrne)氏は語った。

プライバシーに特化したアプリの開発者が逮捕されるのは今回が初めてではない。米司法省は昨年、マネーロンダリングにかかわっていたとして、暗号資産ミキサー、ビットコイン・フォグ(Bitcoin Fog)のオーナーで運営者のローマン・スターリンコフ(Roman Sterlingov)氏を逮捕した。

その数カ月前には、 ラリー・ディーン・ハーモン(Larry Dean Harmon)氏が、未認可の送金サービス、ヘリックス(Helix)を運営したこと、および暗号資産ミキサー上でのマネーロンダリング関連の共謀罪で有罪を認めていた。

トルネード・キャッシュと、ヘリックスやビットコイン・フォグとの違いは、後者2つは「カストディアル」、つまりユーザーの暗号資産を保有していたこと。ただし、マネーロンダリングの手助けや送金事業運営という点では、この違いは意味がないかもしれない。

異例の制裁対象

米財務省外国資産管理室(OFAC)は8月8日、スマートコントラクトであるトルネード・キャッシュをSDNリスト(制裁対象となる特別指定国民および資格停止者リスト)に掲載するという前例のない動きに出た。これは通常、テロリスト組織や国家に適用されるものだ。

トルネード・キャッシュはオープンソースプロトコル。つまり、誰もが貢献でき、コードを利用できる。ノンカストディアルであるため、ユーザーの資産を保有することもなく、アプリケーションを使っている人を確認したり、取引を凍結できる管理者も存在しない。トルネードの創業者たちは、プラットフォームを使った匿名の取引の暗号を解読するために必要な暗号鍵を焼却してしまっている。

だからといって、創業者たちが規制当局に協力しなかったわけではない。トルネード・キャッシュは4月、暗号資産分析企業チェイナリシス(Chainalysis)と協力して、北朝鮮が支援するラザルス・グループ(Lazarus Group)による大規模なハッキング後にOFACが制裁対象としたアドレスをブロックし始めた。しかし、プロトコルの「フロントエンド」のウェブサイトを管理する以外に、できることは限られていた。

イーサリアムブロックチェーン上に一度展開されると、スマートコントラクトは変更できない。それが、トルネード・キャッシュに対する制裁に暗号資産支持者がこれほどの怒りを表明している理由の1つだ。

自律的なシステム

メイカーダオ(MakerDAO)のルネ・クリステンセン(Rune Christensen)氏が、この制裁を「無意味」と呼んだことは正しい。コマンドラインを使えるほど賢く、法律違反を犯すほど愚かな人なら誰でも、今でも取引可能だ。

つまりトルネード・キャッシュは、自律的に運営されるシステム。iPhoneや圧力鍋と同様に、使用されるために存在するものに過ぎない。

システムが悪用されたときに、発明者が責任を問われることがあるだろうか? 暗号資産ベンチャーキャピタルのマイク・デュダス(Mike Dudas)氏が指摘した通り、マスターカードやSWIFTは毎日、違法取引に手を貸している。

だが、こうした議論では不十分。当局を偽善的と批判するだけでは、あまり意味はない。

暗号資産分析を手がけるエリプティック(Elliptic)とチェイナリシスが、2019年に処理した70億ドルのうち、ハッキングやマルウェアに関連する金額は最大で10億ドル相当と推計しているように、トルネード・キャッシュは明らかに犯罪以外にも使われていた。だが、お金の流れを金融規制当局の視界の外に動かすことを目的としたシステムであることに変わりはない。

規制当局はそのことを快く思わない。自分たちの知らないところにお金の流れを移すことを嫌う。暗号資産ユーザーは、自分のお金をどう使うかは規制当局には関係ないと言うこともできるが、世界はそうなっていない。世界は、トルネード・キャッシュなどが実際にどのように動くのかには興味がない。

米財務省は、トルネードが70億ドル相当の暗号資産ロンダリングに使われていたと主張。データを大幅に上回る推計額だが、それはつまり、米財務相はデータを気にしていないか、あるいは監視の外へ流れていったあらゆるお金は、定義上ロンダリングされたものと言って構わないと思っているということだろう。

境界線はどこか?

開発者たちにとっては、境界線はどこかが問題だ。プライバシーを守るアプリに貢献することで、マネーロンダリングを促進したと見なされるのはどこかだ。

ビットコインのプライバシー改善に貢献する「タップルート(Taproot)」に貢献することは、マネーロンダリングに手を貸すことになるのか? モネロ(Monero)のアップグレードに貢献することは?

ブルームバーグのマット・レヴィーン(Matt Levine)氏は、以前から「すべては証券詐欺」と述べている。SEC(米証券取引委員会)の広範な定義のもとでは、あらゆることが証券詐欺と見なされる可能性がある。

ゲンスラーSEC委員長は、証券かどうかを見極めるために「ダック・テスト(duck test)」という基準を使っている。いわば、直感で見極める。これは有線通信不正行為、つまり「電子通信や情報テクノロジーの利用を伴う」金融犯罪でも同じだ。

繰り返しになるが、今回逮捕された人物の逮捕理由はわかっていない。トルネード・キャッシュで違法な資金をミキシングするために、犯罪組織や制裁対象の政府と直接連携していたのかもしれない。

あるいは、北朝鮮も渡航し、暗号資産について公開されている情報をカンファレンスで発表したとして、制裁違反の罪に問われたイーサリアム財団の開発者バージル・グリフィス(Virgil Griffith)氏と同じような存在かもしれない。

しかしグリフィス氏の場合は、渡航前にアメリカ当局から警告を受けながら、それでも渡航した。イーサリアムについて初歩的な情報を提供しただけかもしれないが、その情報が制裁を回避する方法として紹介されたために、北朝鮮が興味を持つものであったことは理解していた。

暗号資産ミキサーに関していえば、警告は明らかに十分だ。アプリを展開して実行し、所有者として関係がないと言い切ることができる望みはほとんど残されていない。アプリを何に使うかはユーザー次第だとしても、コードの裏には人間がいる。その人の名前は、わからない方が良いだろう。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:An Alleged Tornado Cash Developer Was Arrested. Are You Next?