デジタルファッションとメタバースの可能性

ニューヨーク・ファッション・ウィーク(NYFW)はしばしば、感覚的な体験と形容される。ファッションショーでは、モデルがランウェイを歩く中、低音が強調された音楽が鳴り響き、新しいお金や高級な香水の匂いが漂う。人脈があればデザイナーと話したり、洋服を試着し、あらゆる色合いに染められた上質のデニムにベルベット、シルクの質感を味わうことができる。

NYFWは多くの場合、有名ブランドが席巻し、次なるトレンドを設定するが、今年のイベントでは、クリエイティビティのデジタルな表現を様々な形で展開する新しい組織も受け入れられていた。

NYFWのイベント「Nolcha Shows」では、ブロックチェーンゲームエコシステムのチェーン・ガーディアンズ(Chain Guardians)が、由緒正しいブランドの隣で、クラシックなデザインに「フィジタル(フィジカル=実体のある物理的なもの、とデジタルの組み合わせ)」なひねりを加えた作品を展示していた。

例えば、アニメのようなカラフルなボディスーツには、チェーン・ガーディアンズのメタバースで身につけることのできるNFT(ノン・ファンジブル・トークン)に接続できるNFCチップが組み込まれていた。

「チェーン・ガーディアンズ:
これが
再構築。
再定義。

NFTとブロックチェーンは、一段とつながった世界への架け橋。

人、企業、ブランドが、@CryptoverseVIPなど、シームレスで美しい驚愕の3Dバーチャル世界で交流する。

これは始まりに過ぎないのだ。」

チェーン・ガーディアンズのアイテムを身につけることは、自分の体に装着することだけでなく、バーチャルリアリティ(VR)ヘッドセットを使って、ブランドのバーチャル店舗内でそのアイテムを体験することも含むのだ。例えば、チェーン・ガーディアンズのデジタルシューズを、VRコントローラで持ち上げてみれば、エナメル革は、実世界と同じような光沢を見せる。

ヘッドセットを取り外し、マンハッタンの街並みを会場となった3ワールドトレードセンター69階の窓から眺めていると、「ウェブ3がお似合い」という大きなステッカーが窓の1つに貼られているのが見えた。

ファッションを超えて

Web3に特化したベンチャーキャピタル、ファーストライト(Firstlight)のマネージングディレクターで、デジタルファッションハウス「レッドDAO(Red DAO)」の創設メンバーでもあるメーガン・カスパー(Megan Kaspar)氏は、ブロックチェーンベースのデジタルウェアラブル・スタイリングのパイオニアだ。

カスパー氏は2021年10月には、拡張現実(AR)フィルターを使って、デジタルのみの衣料品、NFTファッションアイテム、ARファッションの小売を手がけるDRESSXの3つのアイテムを「着て」Yahoo!ファイナンスに登場した。

さらに今年1月には、テイラーメイドのフェンディのデジタルアイテム9点を自らの写真に重ねて、高級ライフスタイル誌『Haute Living』の表紙を飾った。

「Haute Living:
史上初のデジタルファッション表紙をお披露目。アメリカ初のデジタルに着飾った表紙を、@megan_kasparとお届けします。ブロックチェーンからNFTまで、メーガンはファッション業界の未来の最先端を行っています。

全文はこちらから」

カスパー氏は、デジタルファッションには現在、4つの主要なユースケースがあると考えている。

まず、メタバースで着用するために作られたNFTとして販売されるデジタル限定のファッションアイテム。例えば、トミーヒルフィガーやドルチェ&ガッバーナ、フォーエバー21を始め、いくつものブランドが、3月に開催された初のメタバース・ファッション・ウィークにおいて、メタバースプラットフォームのディセントラランド(Decentraland)でフルコレクションをリリースした。

「トミーフィルフィガーがディセントラランドのメタバース・ファッション・ウィークに参加。
ヒルフィガーは2022年春コレクションをバーチャルでお披露目し、消費者がアバター向けのNFTや、実際のアイテムを購入できるデジタル小売プラットフォームをオープンします」

次のユースケースはAR写真フィルター。カスパー氏がYahoo!ファイナンスに出演する時に使ったものだ。インスタグラムやティックトックなどのソーシャルメディアプラットフォームでオーバーレイを作るために使われることが多く、ライブ動画や写真にも簡単に取り込むことができる。

3つ目のユースケースは、デジタルテイラリング。つまり、実際の写真を撮った後に、デジタルアイテムを写真の上に重ねる、ということだ。前述のカスパー氏による雑誌の表紙で使われた手法である。

最後に、デジタルファッションを投資可能な資産として扱うこともできる。NFTスニーカーを投機資産として購入して、再販して利益を上げる、といった方法だ。そのほかにも、希少なデジタルデザイナーバッグを購入した投資家が、ブロックチェーン上で所有権を証明することもできる。

多くの人が今のところ、デジタルファッションを投機的な投資として考えているが、これから5年以内に、このようなテクノロジーの大衆への普及のための「かなり現実的なソリューション」が生まれると、カスパー氏は考えている。

実用性を超えて

デジタルファッションが現在提供する多くのユースケースに加え、いくつかの新興ブランドは、ファッション業界を悩ませる多くの問題を解決するために、テクノロジーを活用している。

サステナビリティ

ファッション業界が抱える問題の1つは、ファストファッション。現在のファッション消費のトレンドは、大量の生地の廃棄を生み、その多くが埋め立てられたり、焼却処分されたり、発展途上国に送られる。

さらに2019年には、衣料品の製造で1年間に12億トン以上の温室効果ガスが排出されたと推計されているが、これは国際線のフライトと海上輸送を合わせたものより多い。

NFTなどの新興テクノロジーや、それに伴うエネルギー消費による環境への影響についてはまだ懸念もあるが、新進気鋭のデザイナーの中には、洋服の過剰生産、過剰消費の問題に対処するために、NFTを活用する道を見出している人たちもいる。

また、イーサリアムがプルーフ・オブ・ワーク(PoW)からプルーフ・オブ・ステーク(PoS)へ移行したことも、イーサリアムのエネルギー消費量を99%以上削減し、大半のNFT取引の効率性を高めると見込まれている。

デジタルネイティブで小規模生産のファッションブランドKRWNスタジオ(KRWN Studio)は、NFTでバーチャルストリートファッションアイテムを販売しており、ブロックチェーン上で製造を行うことで、ファッションをより環境に優しいものにしようと目指している。

「私がファッションの世界で見てきたことは、極めて持続不可能なもので、ひどく堕落している」と、KRWNのCEOアミナ・メティ(Amina Mehti)氏。「私たちは生地を使っていない。(中略)私たちがクリエイターとしてできることは、(温室効果ガスの排出を)相殺すること」と続けた。

「KRWNスタジオ:
本日のNolcha ShowsでのKRWN H8D」

フィジタル(フィジカルとデジタルを掛け合わせた言葉)モデルを採用するデジタルネイティブのブランドは、物理的なアイテムの製造とNFTとしてのデジタルレプリカの発行など、製造に関わる環境への責任を負っている。しかし、事業を拡大しつつ、大量生産を避けるために少ない数でアイテムをリリースする方法があることを、彼らの多くは認識しているのだ。

靴メーカーのシューズ53045(Shoes 53045)は、製造する実際の靴1足につき、2足のメタバース用NFTスニーカーをリリースすることで、環境への負荷を相殺しようとしている。

共同創業者兼CEOのオウレリア・アムール(Aurelia Ammour)氏は、サステナビリティは同社のミッションの大切な一部であり、限定リリースや製造における3Dプリントの活用、PoSブロックチェーン上でのNFT発行によってマイニングに関連する温室効果ガスの排出を抑えることなどによって、そのミッションを実現したいと語った。

「私たちは長持ちし、コレクションになる靴を作っている。だから(サステナビリティは)私たちにとってとても大切なのだ」と、アムール氏は語った。

自己表現とアクセシビリティ

デジタルウェアラブルは、ユーザーに自己表現のツールを提供し、アバターなどを着飾るのに使われることが多い。例えば、メタバース・ファッション・ウィークは、オンラインでの自己表現や個性を求める想いに支えられていた。

NFTに特化したラグジュアリーファッションハウス、トーキョー・ホワイト(Tokyo White)は、デジタルアイデンティティを支えたいと願っている。メタバースアバター用の様々なシーン向けアイテムから、ユーザーがアイテムを試着するためのARフィルターまでを手がけるトーキョー・ホワイトは、デジタルデザインによって、自由度が高まり、クリエイティビティがさらに発揮できると考えている。

デジタルファッションはさらに、制作者にも消費者にも、ファッション業界をもっと身近なものにする。NFTはデザイナーがアイテムを一般向けに販売するのをより簡単にし、消費者にはより幅広い価格帯を提供できる。

Web3ウェアラブルのマーケットプレース「ザ・ディマテリアライズド(The Dematerialised:DMAT)」は、小売大手の過ちを正すためにブロックチェーンテクノロジーを活用している。

共同創業者のカリナ・ノッブズ(Karinna Nobbs)氏は、DMATはアクセシビリティを優先し、未来のデジタルファッションハウスにとっての基準を確立することを願っていると語った。

「クリプトネイティブであってもそうでなくても、人々はデジタルファッションやNFTにアクセスできるべきだ。高級で上昇志向の美学を持ちつつも、様々な財政状況の人たちにアクセスできるものであることは、私たちにとって本当に大切なことだ」と、ノッブズ氏は語った。

オンチェーンのサプライチェーン

ブロックチェーン上で作られたデジタルウェアラブルは、実世界のアイテムにはない様々なメリットを買い手に与えることができる。NFTは発行された瞬間から、その履歴のすべてが誰にでも追跡可能になるのだ。

ファッション業界にとってこのことは、ファッションアイテム制作に関わる多くの問題を解決してくれる。Web3ウェアラブル共同体Uni-keのCEOジノ・ハロ(Zino Haro)氏は、パブリックブロックチェーン上でファッションアイテムを発行することは、ブランドに対するより強い信頼を醸成し、より良いカスタマーエクスペリエンスを生み出すと語り、次のように説明した。

「サプライチェーンにおいて私たちが究極的に成し遂げたいのは、あらゆるものがどこから来たのかについて、透明性をもたらせること。それは最終消費者にとっても良いことだ」

ブロックチェーンが持つ透明性は、とりわけ高級品に関して、二次市場における再販にも恩恵をもたらす。

デザイナーアイテムの中古品小売業者ザ・リアル・リアル(The Real Real)は、出品前に偽造品を特定するための厳格なガイドラインを設けている。このプロセスは、ブロックチェーンテクノロジーによって自動化できる可能性が高い。

Web3ファッションマーケットプレースのザ・スポット・ルーム(The Spot Room)の創業者ヴィヴィアン・ジャン(Vivien Zhang)氏は、フィジタルブランドがオンチェーンでアイテムを発行することを支持している。

NFTとして引き換えることのできる実際のアイテムにチップを埋め込むことで、そのアイテムに関するデータはすべてオンチェーンに記録され、検証がより簡単になる。

「中間業者を排除できる。あなたが私に何かを売ったとして、私がそれが本物かを確かめたければ、チップをスキャンしてNFTを検証するだけで、取引完了だ」と、ジャン氏は説明した。

ランウェイから一般への普及

デジタル分野のデザイナーやクリエイターにとって、ファッションが何であるか、誰が仲間に入れてもらえるかの境界線は、ますます外に広がっている。デジタルファッションの世界は広大で、様々なプラットフォームやメディアをまたいでいるのだ。

デジタルファッションが暗号資産スペースを超えて広がっていくために、カスパー氏はデジタルファッションの様々な形態や様相に光を当てることで、できる限り多くの人を取り込もうとしている。

投資家の多くはデジタルファッションに関して、まだその幅広い可能性を認識できていないと、カスパー氏は考えており、「(彼らは)まだ、デジタルファッションから生まれるこの新しい『獲得型』エコノミーの中にある所有権、アイデンティティ、データの力を目の当たりにしていない。使い方がまだよく分かっていないからだ」と語った。

「もっと世の中に広められるように、より多くの投資、より多くのデザイナー、より多くの人たちの参加が必要だ」と、カスパー氏は考えている。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:ニューヨーク・ファッション・ウィーク中に3 ワールドトレードセンターで開催されたNolcha Showsからの眺め(Cameron Thompson/CoinDesk)
|原文:Who What Wearables: A Guide to Digital Fashion and the Metaverse