日本のWeb3の現状と将来──米CoinDeskエグゼクティブディレクターはどう見たか

昨年12月、米CoinDeskエグゼクティブディレクターのエミリー・パーカー氏が来日、日本の暗号資産業界の現状と、Web3戦略やその取り組みをその目で確認した。パーカー氏が捉えた日本のWeb3の現状と将来は、どのようなものだろうか。


「多くの国が逆風に立ち止まり身をすくめる中で、暗号資産業界の苦難を幾度も目の当たりにしてきたわが国だからこそ果たせる役割がある」

自民党のweb3プロジェクトチームの提言にはそう書かれている。言い換えれば、他国が危機を恐れるなか、日本はチャンスと考えている。

最近、東京を訪れたが、日本がどれほど世界と異なっているかを言い表すことは難しい。FTXの破綻やそれに先立つ一連の暗号資産の下落に特に動揺している様子はなかった。FTXの破綻は「政策決定に何の影響も与えていない」と自民党web3プロジェクトチーム(web3PT)の座長を務める衆議院議員、平将明氏は語った。

アメリカ、ヨーロッパ、アジアの議員や規制当局が暗号資産への警戒感を強めているなか、日本は依然としてWeb3推進を国家戦略の一部に掲げている。小規模ながらも活発なweb3PTは、NFTからDAO(自律分散型DAO)までをカバーするガイドラインを提案している。

日本の取引所が暗号資産を上場することも簡単になりつつある。また、税制上の厳しい要件が改正され、暗号資産起業家にとって大きなメリットとなった。

コインベース(Coinbase)とクラーケン(Kraken)は日本から撤退したが、過去に日本の規制当局を苛立たせたバイナンス(Binance)は、日本の取引所を買収し、本格的な参入を見据えている。さらに日本の取引所では現在取り扱いが認められていないステーブルコインも新たな道筋が見えてきた。

さて、ここまで読んで(特にアメリカの読者には)疑問が生じるだろう。なぜ日本は今、暗号資産を積極的に活用しようとしているのだろう?

過去の亡霊

最もシンプルな説明は、暗号資産については、日本はすでに地獄から這い上がってきたというものかもしれない。日本はすでに嵐を切り抜けられることは証明済み。だから、かつてのような不安はない。

日本は暗号資産の普及が最も早かった国であり、すぐに挫折も経験した。2014年、初のビットコイン取引所と言われたマウントゴックス(Mt.Gox)がハッキングされた。2018年初めには、コインチェックから5億ドル以上がハッキングされ、当時、暗号資産史上最大の被害額となった。

コインチェックがハッキングされる前まで、日本は「世界の」とは言えないまでも「アジアの」暗号資産の中心地になる準備が整っていた。だが、コインチェックのハッキング事件は規制当局を震撼させ、日本は暗号資産の世界から消え去ったように思えた。新しい暗号資産を取引所に上場することも、ほとんど不可能に思えた。

しかし実際には日本は消滅したわけではなく、体制を整えることに時間がかかっただけだった。ハッキング事件の後、日本の規制当局は取引所に顧客資産と取引所の資産を分離し、資産のほとんどをコールドウォレットに保管することを求めた。

日本の強み

そしてFTXが破綻したとき、日本の規制アプローチはその強みを発揮した。

「FTXジャパンの日本の顧客資産は、米破産法11条(チャプター11)の申請から大きな影響を受けることなく返還される可能性が高い」と金融庁総合政策局フィンテック参事官室イノベーション推進室長の牛田遼介氏は語った。

「ほとんどの法域では、暗号資産の分別管理が行われていない。日本では、法的に分別されている。これにより、FTXジャパンが顧客に資産を返還することが容易になっている」

「我々がこのような資産の分別を求める理由は、マウントゴックスやコインチェックのハッキングのような過去の事件から教訓を得たから。幸か不幸か、我々は暗号資産におけるこの種の緊急事態に慣れていた。他の法域と比較して、我々は知識が豊富」と牛田氏は述べた。

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FTXジャパンは、早ければ2月にもユーザーによる資産の引き出しを再開する見通しだ。

ステーブルコインも日本がリード?

FTX破綻の前には、2022年5月にテラ(Terra)ブロックチェーンのアルゴリズム型ステーブルコイン、terraUSD(UST)の崩壊があった。

暗号資産取引において重要な役割を果たすステーブルコインの安定性に対する懸念が世界中で広がった。主要ステーブルコインは、米ドルなどの法定通貨に1対1でペッグ(連動)していると主張しているが、発行者がその主張どおりに法定通貨を保有しているかどうかについては疑問が残る。

アメリカではステーブルコインに対してさまざまな提案が行われ、EU(欧州連合)はMarkets in Crypto Assets(MiCA)規制でステーブルコインについての規制を承認する最終段階に入っている。シンガポールもステーブルコインの規則を提案している。しかしほとんどで、規制はまだ定着していない。

ここでも、日本がリードするかも可能性がある。

改正資金決済法が施行

「日本は、パーミッションレスのステーブルコインを規制する最初の国になるかもしれない。アメリカはまだ、ステーブルコインの規制方法について議論している。日本ではステーブルコインを規制する法律(改正資金決済法)が2023年6月に施行される」と三菱UFJ信託銀行デジタル企画部デジタルアセット事業室プロダクトマネジャーの齊藤達哉氏は述べた。

同信託銀行は、次世代デジタル資産プラットフォームとして開発・提供している「Progmat(プログマ)」をライバル行も含めた関係各社による合弁会社として独立させ、「ナショナルインフラ」とする取り組みを進めている。Progmat は、イーサリアムのようなパブリックブロックチェーンと、プライベートブロックチェーンの双方でステーブルコインの発行を目指している。

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つまり、他の国々がステーブルコインを抑え込もうとしている一方で、日本は慎重に逆の方向に進んでいる。現状、日本では基本的にステーブルコインは認められていない。

「テザー(USDT)やUSDコイン(USDC)は日本の取引所には上場されていない。一般的に我々はステーブルコインが本当にステーブルであることを確実にしているため、準備資産は安全で、要求に応じて払い戻しが可能」と牛田氏は述べた。

海外のステーブルコインが日本へ

今、新しいルールのおかげで、海外のステーブルコインは前進する道を得た。6月から日本の取引所は、ステーブルコインを取引するための特別なライセンスを申請できるようになる予定。これにより、テザーやUSDコインのような海外のステーブルコインの日本市場参入が可能になる。

だが、簡単なことではない。斉藤氏によると、海外のステーブルコインを扱うためには、原資産となるドルを日本の信託銀行に信託するスキームが必要になる可能性が高く、これはきわめて厳しい要件になると語った。

世界の多くがその安定性を疑問視しているときに、日本がステーブルコインを受け入れようとしていることは奇妙に思えるだろう。日本の投資家や取引所が、価値の保存や他の暗号資産商品への乗り換えのために、ステーブルコインを望む理由は想像できるが、政府の動機は何だろうか?

1つの可能性としては「日本政府は円ベースのステーブルコインをグローバルな暗号資産取引システムに導入し、日本円の世界的な使用を高めたいと考えている」と斎藤氏は述べた。

NFT

自民党のweb3PTは、NFTやDAOの可能性を受け入れるのみならず、積極的な政策指針を提案している。昨年、プロジェクトチームはかなり詳細なNFTホワイトペーパーを発表した。

「日本は、アニメやゲームといった国際的競争力を有する豊富かつ上質な知的財産(Intellectual Property、以下「IP」という)を保有しており、NFTビジネス、ひいてはWeb3.0において世界をリードする大きなポテンシャルを秘めている」と白書には記されている。白書は、NFTビジネス展開の促進やコンテンツIPホルダーの権利保護などについて政策提言を行っている。

自民党web3PTの平氏は、日本の多くのコンテンツは深刻なまでに過小評価されていると説明する。デフレの影響もあるが、コンテンツホルダーが保有したままで、グローバル市場には出ていないコンテンツが多いためだ。NFTはこうしたコンテンツをデジタル化し、多くの人に届ける方法を提供することで、その価値を高める可能性がある。

「コンテンツホルダーや大企業は、Web3やブロックチェーンに対してまだきわめて神経質になっている。明確な規制がないため、(意図せずに)法律にふれることを恐れている」と平氏。

「大企業は豊富な資金を持ち、技術も持っている。しかし政府がお墨付きを与えなければ、NFT参入を恐れるだろう」

DAO

DAOは、日本がリーダーとなるために重視しているもう1つの分野。日本のデジタル庁は、独自のDAOを設立している。web3PTは、DAOを社会問題の解決から地域社会や日本経済の活性化まで、あらゆる可能性を秘めたイノベーションと位置づけている。

「DAOを正式に法制化している国はない」とweb3PTのメンバーである自民党衆議院議員の塩崎彰久氏は指摘した。

「DAOという形態でビジネスを行い、LLC(有限責任会社)として保護されることを望む人たちの選択肢とするために、DAO法を導入する予定だ」

その理由は、新しい世界に参入する人たちに基本的に、より安心してもらうことにある。「DAOを運営していて、DAOがミスをして誰かに損害を与えてしまった場合、訴えられる可能性がある。責任を限定する法人型の保護規定が必要」と塩崎氏は述べた。

規制の明確化

日本の競争優位性の1つは、アメリカとは対照的な規制の明確さにある。アメリカには、証券取引委員会(SEC)や商品先物取引委員会(CFTC)をはじめ、さまざまな規制当局が存在し、さらに州の規制当局もパッチワークのように存在している。日本の暗号資産規制当局は1つのみ。金融庁だ。

アメリカにはトークンを証券化することに、まだ多くの混乱がある。一方、日本では明確に線が引かれている。

「暗号資産と証券は異なるカテゴリーであり、現在、暗号資産取引所に上場されているトークンは暗号資産であり、有価証券ではない。我々は証券の定義を明確にしている。金融商品取引法第2条に有価証券として定義されているものが記載されている」と牛田氏。

もちろん、明確さは必ずしもビジネスが簡単に行えることを意味するわけではない。税金は依然として高いハードルになっている。

自民党税制調査会は最近、トークンを発行した暗号資産スタートアップは含み益に対して法人税を支払う必要がないとの提案を承認した。しかし、他の税制上の問題は未解決のままだ。

暗号資産上場の迅速化

さらに、トークンを日本の取引所に上場させることもまだハードルが高い。トークンはまず、業界団体の日本暗号資産取引業協会(JVCEA)の認可を受ける必要がある。しかし、JVCEAは単独で行動しているわけではない。

「JVCEAは金融庁に勧告を行う。ケースバイケース。JVCEAの判断は尊重するが、我々のチェックも必要だ」と金融庁の牛田氏は述べた。

トークンの認可手続きは最近、効率化された。2021年10月には上場待ちのコインが86あったが、現在は9のみ。JVCEAによると、上場が認可されるまでの期間は、約2年から3カ月に短縮されたという。

それでも、上場手続きがなかなか進まないという不満の声もある。例えば、日本のコインベースに上場しているトークンは20以下だが、アメリカでは200以上ある。

取引所のルール

コインベースは、実はクラーケンに続いて、日本からの撤退を発表したばかり。コインベースの日本のユーザーは、2月中旬までに出金を行う必要がある。コインベースは撤退の理由として、市況をあげているが、規制の厳しい日本での収益確保の難しさに加え、海外企業がユーザー基盤のない市場に参入することの難しさも影響しただろう。

日本で取引所を運営することは簡単ではない。資産の分別管理、コールドウォレットなどのルールに加えて、取引所は顧客の法定通貨を日本の信託銀行などに預けなければならない。さらに取引所がルールを守っているかどうかを確認する定期的な監査がある。

「常に、顧客資産の100%(同種・同額)をコールドウォレットで保有しなければならない。万一、これが満たされない場合も、規制により5日以内に暗号資産をコールドウォレットに移さなければならない。だが、基本的には24時間以内に行っている。顧客の法定通貨は信託銀行などにあり、規制当局への定期的な報告だけでなく、四半期ごとに公開されているので、簡単に確認できる」と日本最大級の暗号資産取引所ビットフライヤー執行役員 セールストレーディング部長の加藤崇昭氏は語った。

また経営上のリスクヘッジのために資本を保有する必要がある。「販売費および一般管理費(SG&A)の3カ月分を確保する必要があり、規制資本はリスクを上回る必要があり、その額は約3~4倍になる」。

こうした厳しいルールは、収益性に打撃を与えるという意見もある。しかし、特に乱高下する市場においてはメリットもある。「ビットコインが大きく下落し続けても、十分な資本を確保できる」と加藤は述べた。

揺るがない

2022年のドラマの後、世界中の議員の中には、暗号資産から人々を守らなければならないと考えているように思える。だが日本は大きく異なる。楽観主義に近いような意見もあった。

もちろん、日本人すべてが暗号資産推進派ではない。多くの人は暗号資産についてほとんど知らないだろう。しかし、そうした人たちが必ずしも邪魔をするわけではない。

「Web3推進派の政治家は少数派で、あとは(Web3について)知らない政治家が多い。だが自民党の良いところは、知らない人たちがこうした考え方に反対せず、何人かの若い世代の政治家にイニシアチブを取らせ、このブルーオーシャンを走り回らせるところ」と塩崎氏は語った。

|翻訳:coindesk JAPAN
|編集:増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:Japan Embraces Web3 As Global Regulators Grow Wary of Crypto