Web3とロイヤルティマーケティング|スターバックスのNFT活用事例は企業がNFTを活用するスタンダードなアプローチになるか:HashHub Research

※本記事は「HashHub Research」のレポートを抜粋した内容となっています。

前提

今レポートでは、Web3界隈におけるロイヤルティマーケティングをテーマに考察を行います。

※なお、本記事で記載するロイヤルティとは特定の権利者へ支払う対価の意のRoyaltyではなく、顧客や消費者が特定のブランドに対して抱くLoyalty(愛着、忠誠)の意です。

[Exective Summary]

  • 2021年夏から末にかけて展開されたブランド企業が発行したNFTの主な特徴をおさらい
  • スターバックスが発表した「Starbucks Odyssey」はサイドプロジェクトではなく、既存事業を強化する「ロイヤルティプログラム」
  • スターバックスが計画しているロイヤルティマーケティングは従来のそれと何か変わったのか、それとも何も変わっていないのか
  • パブリックブロックチェーンを活用したUXリサーチはそれ以前のUXリサーチを変える可能性がある
  • 余談:ロイヤルティマーケティングのジレンマ(イノベーション)

既存ブランドが取り組んできたWeb3ベースの施策振り返り

ここ数年、企業によるスマートコントラクトやNFTを用いたビジネスや商品・サービス販売、新たな顧客体験の模索が続けられています。

2021年夏はコカ・コーラ、バドワイザーなどがNFTを発行するなど初期のNFT活用事例が話題となりました。

これら初期の活用事例は既存ブランドがNFTという話題のツールを用いて一過性の認知を獲得したに過ぎませんでしたが、2021年末あたりからは少し様子が変わりはじめ、Web3ネイティブのコミュニティと大手ブランドがコラボレーションする事例が現れてきました。

例えば、ナイキ、ティファニー、アディダス等々の大手ブランド企業がWeb3界隈で実施した事例はいずれも「企業とコミュニティの関係性」を模索するものとも言え、「インターネットコミュニティ」という名の消費体験を意識的に取り込むモデルと言えます。

ナイキ、ティファニー、アディダス等々の取り組みはNFTを通じて新しいオーディエンスや新しいユーザー体験への道を切り開いたとも言えます。言い換えるならば「新しいペルソナの特定」と仮想空間(またはメタバース)という名のフロンティア探索「サイドプロジェクト」です。

言うまでもなくこれらはイノベーション思考に基づいた新規市場開拓であり、既存ブランドを新たな市場へ拡張するような戦略であると言えます。

とは言え、イノベーションとは「新たな顧客獲得、市場開拓」だけを意味するものではなく、既存顧客を対象にした既存事業の強化もまたイノベーションの一種です。今回は主に後者の事例について概説していきます。

既存事業の強化、ロイヤルティプログラムの拡張を目的としたStarbucks Odysseyの登場

2022年9月にスターバックスが発表した「Starbucks Odyssey」は、所謂「サイドプロジェクト」ではない既存事業の強化、ロイヤルティプログラムの拡張を目的とした事例として注目されます。

スターバックスは、これまでのケースとは別で、カスタマー向けの継続プログラムとしてNFTをその要素の一部として組み込む形で顧客向けロイヤリティプログラムと運営します。 Starbacks Odysseyと命名し、まずは米国でサービスリリース予定です。

引用元:NFT(Non-Fungible-Token)の動向 22年9月

Starbacks Odysseyは既存のロイヤルティプログラムを拡張するものであり、これまでのスターバックスでの消費体験とロイヤルティマーケティングの手法をNFTを活用して強化することを目的にしています。自社ブランドを学び、顧客のエンゲージメントを高めるというアプローチはルイ・ヴィトンがゲームとNFTを活用して模索していますが、今回のスターバックスの手法は方向性は同じではあるものの、これともまた別の企業がNFTを利用するシナリオを提示したアプローチだと筆者は感じています。

消費体験そのものは既存のロイヤルティプログラムの認証情報をそのまま利用してウェブアプリにログインしてStarbacks Odysseyを体験できるものになると考えられています。つまり、今回の施策は既存ユーザーを対象として含んでいるということです。(参考:Starbucks details its blockchain-based loyalty platform and NFT community, Starbucks Odyssey

基盤となるブロックチェーンはトランザクションコストが安価なPolygonを採用し、加えてNFT購入時の体験そのものもクレジットカード購入可、ガス代の複雑さを解消するためのバンドル価格(ガス代込み価格)採用等々、Web3ネイティブユーザーではない既存顧客の体験を意識した設計です。

肝心の消費体験そのものは、「ジャーニー」と呼ばれる様々なアクティビティ(ブランドやコーヒーの知識習得やインタラクティブなゲームなど)への参加を通じて行うスタンプ(NFT)ラリーのようなものとして構想されているようです。

NFT(スタンプ)はポイントのようでポイントではない|購入履歴ベースから体験ベースのロイヤルティへ

ユーザー体験そのものはこれまでのポイント制度にNFT(スタンプと呼ばれる)が加わる形になります。

「だから何、それって換金可能になったポイントでしかないのでは」という感想もあるかと思いますが、「それは確かにそう」ではありますが明らかに「そうではない」と言える点もあります。

あくまで筆者の私見でしかありませんが、これまでのポイントはあくまでも取引ベースのロイヤルティプログラムが中心だったと感じています。例えばRFM(Recency Frequency Monetary)分析に見られるように従来の顧客理解は「商品を購入した」という購入履歴に基づいて顧客を評価し、エンゲージメント向上を目指していたわけです。

これに対してスターバックスが新たに採用するロイヤルティプログラムは「体験ベース」で顧客を評価し、エンゲージメントを高めていくアプローチです。

トークンインセンティブによって「顧客に期待する行動(体験)を促す」ことはこれまでにDeFiやGameFi、〇〇to Earn等々でも行われてきましたが、それに類似するアプローチをスターバックスは採用したわけです。

具体的に何が可能になるでしょうか?思いつきで少し例を挙げてみましょう。

  • 新しいペルソナの特定 (ペルソナをずらした)
    お金をたくさん払ってくれるわけではないけれど、ブランドを宣伝していくれるユーザー(新しいペルソナ)を取り込むことを期待できる。例えば、自社の商品をソーシャルメディアでx回宣伝してくれたらNFT(スタンプ)がもらえる等が考えられますが、その結果としてペルソナを「たくさん買う人」ではなく「たくさんシェアしてくれる人」「たくさん学んでくれる人」等にずらすことが可能になります。
  • 新しいペルソナを中心にしたプログラム構築 
    Starbacks Odysseyのような手法を採用するとドリンク購入だけではなく、そこにブランド関連エピソードの視聴、ソーシャルメディアでの宣伝回数等々のユーザーデータを利用していくことになります。 それは何を意味するでしょうか。企業から顧客に与える価値は必ずしも金銭的または物的な価値(クーポン)である必要はありません。例えばインフルエンサーであれば、ドリンククーポンではなく、彼らが宣伝する上で特別に与えられる体験の方が価値を持つでしょうから、これまでのペルソナとは異なる価値提供をプログラムとして構築し直すことができるのではないでしょうか。その結果としてハイパーパーソナライズ(より良い顧客理解に基づく施策を打てる可能性)の実現も期待できるでしょう。

パブリックブロックチェーンベースのUXリサーチは従来のそれを大きく変える

アプリケーションレイヤーでは上記のような期待ができますが、加えてもう一つ別の可能性として筆者が期待していることがあります。

それはパブリックブロックチェーンベースの取引を可能にすることで従来のUXリサーチを大きく変えることができるのではないかということです。

本来ロイヤルティプログラムとは、既存顧客の維持を目的とした施策であり、この既存顧客をよりよく理解する目的でUXリサーチを行います。その結果として得られたデータに基づき、消費体験そのものを向上させ、その結果としてLTV(顧客生涯価値)向上を図ることが一つの目的です。

つまり、ロイヤルティマーケティングとは顧客理解に基づき展開されるものです。

しかし、従来のUXリサーチは基本的に自社のアプリケーションレイヤーをベース(自社のデータベースやGoogle Analyticsなどを用いて)にして顧客が何者であるかを特定しようとしてきました。言い換えるならばそこが限界であり、アプリケーションレイヤーの外側で彼らが何をしているのかはあまりわからないですし、他にどのようなサービスを好んで触っているのかもあまりよくわかりません。もちろんアンケートやソーシャルメディアを介した「顧客の声」を通じてそれを把握したような気になることはできます。とはいえ、それは恣意性のある「顧客の声」であり、それを収集し、定量化するコストが別途発生してしまいます。

パブリックブロックチェーン上で可視化される行動は上記のアンケートやソーシャルメディアで取得できるデータの全てを内包できるわけではありませんが、彼ら(特定のアドレス)が自社サービス外でどのようなものを好んで利用しているのか、少なくともその一部を定量データとして収集可能にしてくれるものにはなり得るでしょう。

この点はSBT単体、VC単体、またはその組み合わせによって今後発展していく領域になっていくのではないかと予想しています。

とはいえ、オンチェーン履歴の活用が必ずしも良いことばかりというわけでもありません。気をつけなければならないこともいくつか挙げておきます。

まず第一に自社で保有する顧客情報とオンチェーンデータを直接紐づけることは、従来以上の価値を持つPII(個人に紐づく情報)を管理することに他なりません。セキュリティコストの観点からあえて紐付けない、または自社でそれらを匿名化して紐づけるなど工夫する選択肢もあるでしょう。

またオンチェーン公開されたブランドNFTは競合他社のファンユーザーのオンチェーン行動を可視化することにもつながるわけですが、同じように自社が既存顧客に対してブランドNFTを付与すると自社のユーザー行動が他社に公開されることにも繋がります。オンチェーン上でファンが可視化されるとDeFi界隈で起きたバンパイアアタックのように、戦略的にユーザーを奪いやすくすることにもなりかねませんから、この点をどう対応していくのかは事前に検討しておく必要はあるでしょう。

余談:既存ブランドが行うWeb3ベースの施策はロイヤルティマーケティングなのか、それともイノベーション思考が生んだ新規事業なのか

そもそもマーケティング4.0とは

コトラーが提唱したマーケティング4.0は、その概念となる3.0を具体化したマーケティング手法であり、大雑把に言えばそれ以前(1.0および2.0)を新規顧客獲得を目指す狩猟型マーケティングとし、それ以降をファン(既存顧客)を育てる農耕型マーケティングを4.0としたものです。

これらの違いはカスタマージャーニーマップに描かれる旅程の長さの違いとしても現れてきます。それ以前は顧客に商品・サービスを売るまでの顧客の旅程(如何に売るか)が主に描かれ、4.0では商品・サービスを売ってからの旅程(如何に維持するか)が主に描かれます。

このような手法が重視されるようになってきた要因の一つとして消費者の購買スタイルの変化が挙げられます。具体例として商品やサービスをある特定の期間において体験、使用できることを可能にするサブスクリプションなどです。

サブスクリプションのような販売形態は商品を売って終わりではなく、売った後に如何に継続してもらうか、日々の生活の中でリピートしたい商品・サービスであり続けるかを重要視する必要があります。

つまり、新規既存に関係なく顧客獲得を目指すのが従来の狩猟型マーケティング、それに対してマーケティング4.0で提唱された手法は既存顧客の維持を基本とし、その上で新規顧客を足していく農耕型マーケティングであるという特徴があります。

「ロイヤルティ」と「イノベーション」のジレンマ

マーケティング4.0に関連して頻繁に用いられるようになった用語としてロイヤルティ(Loyalty)が挙げられます。

マーケティングの文脈で用いられるロイヤルティはあるブランドに対する愛着心の意で用いられ、先のマーケティング4.0に倣うロイヤルティマーケティングで重要視される概念です。

この「ロイヤルティ」という言葉が世間で持て囃されるようになった一方で、シュンペーターのイノベーション理論に基づく「イノベーション」という言葉も同じように世間で持て囃されてきました。

いずれの言葉も「既存事業」を軸に展開することができますが、先にも述べたように「ロイヤルティ」という言葉は既存顧客の維持をベースに展開をするものである一方、「イノベーション」という言葉は新規顧客獲得(新規市場開拓、新商品・サービス創出)を名目に語られがちという違いがあります。※シュンペーターが記したイノベーションは必ずしも新商品・サービスの創出、新市場の開拓だけを指すわけではありませんが、ここではそのニュアンスで「語られがち」という風潮を指して表現しています。

この二つの言葉を同居させる施作というものも可能ではありますが、これら二つの言葉が互いの利点を侵食してしまう場合もあるという点には注意をしなければなりません。それぞれの言葉から生じるジレンマを見ていきましょう。

  • イノベーションのジレンマ 
    釈迦に説法かと思いますが、イノベーションのジレンマとは、既存顧客のニーズを満たすために自社商品・サービスの進歩に注力した結果、新たに成長しつつある市場の顧客ニーズに気づけず、市場全体に占める自社の割合を将来的に減少させる危険性があることを示したジレンマです。 ロイヤルティマーケティングは「お客様をファンにする」「顧客第一主義」「顧客志向」のようなミッションを掲げて行われるわけですが、この言葉を既存顧客にのみ目を向けて実施してしまうと、既存顧客以外が抱く新たなニーズに気付けずにイノベーションのジレンマに陥ってしまいます。これは大企業に関わらず、サブスクリプション形態をとる中小規模の事業体も既存顧客偏重型の思考になると陥る可能性のあるジレンマと言えます。
  • ロイヤルティのジレンマ
    一方でイノベーションという言葉に囚われて、新規市場、新規顧客獲得にばかり目を向けてしまうこともまた事業経営における中長期的なリスクになり得ます。 極端な例ではありますが、「イノベーション」を名目に実施される施策は時として目先の利益を目的に一時的なブームに乗って展開される新規顧客獲得策となる場合もあります。それは既存事業(ブランド)の新たなファン獲得というよりも、ブームに乗った熱狂的顧客を獲得しているだけに過ぎない場合もあります。 「熱狂的顧客」と「ブランドのファン」は全く異なる存在です。新規市場開拓を行う上で発生する折込済のコストとして計上している場合はさておき、そうではない場合においては一時的なブームで獲得した「熱狂的顧客」は熱しやすくもあり、冷めやすくもあるものですから、中長期目線では既存ブランドから離反してしまう可能性が高い顧客であるとも言えます。 顧客維持を基本としたマーケティング4.0はバケツに水を蓄えることを目的とした手法と言えますが、一方でブーム(イノベーションを名目に)を前提とした新規顧客獲得はバケツに穴を開けた状態で新規顧客獲得という名の水を注いでいるようなものです。またバケツの中の水を一時的に濁すことにも繋がりますから、バケツの中の一部を抽出しただけの分析結果は自社のUXリサーチを多少混乱させることにもつながります。ロイヤルティマーケティングを実施する上ではこの点の落とし穴には注意を払う必要があるでしょう。

「イノベーション」、「ロイヤルティ」いずれの言葉にせよ絶対的に正しいと言えるような価値観ではありません。目的に応じた文脈で両者を適切に使い分けるバランス感覚は必要になるでしょう。

より詳しいNFT情報を知りたい方へ

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|テキスト:HashHub Research
|編集:coindesk JAPAN編集部
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