ブロックチェーン × 債券:スマート債券が資本市場の長年の課題を解決

1988年公開の映画『ダイ・ハード』では、ニューヨーク市警の刑事が別居中の妻に会うためにロサンゼルスに行き、彼女の会社のパーティーに参加する。その最中にテロリストが建物を占拠し、パーティー参加者を人質に取る。

テロリストの目的は、6億4000万ドル(約896億円、1ドル140円換算)の無記名債券。登録債券とは異なり、無記名債券には連番や登録がなく、所有権の記録がないために追跡は不可能だ。盗みが成功すれば、法律上は債券を持っている人が正当な保有者と見なされることになる。

しかしブロックチェーンの登場によって『ダイ・ハード』のような強盗は意味をなさなくなる。分散型台帳に保管されるデジタル債券、いわゆるスマート債券は、ブロックチェーンの新しい用途で、所有権を検証し、物理的な証券を不要にする固有のデジタル署名を各証券に付与する。ブロックチェーンによって、すべての取引が永遠に記録、保管され、検知されずに債券の価値を盗んだり、変更することは困難になる。

スマート債券は、債券類のライフサイクルを変容させ、債券資本市場をディスラプトする可能性がある。債券のデジタル化は処理の効率性や流動性を高め、コストを削減し、発行者にとっては資本調達を簡素化、民主化し、投資対象を広げるかもしれない。

従来の債券

スマート債券は、債券類のライフサイクルを変容させ、債券資本市場をディスラプトする可能性がある。債券のデジタル化は処理の効率性や流動性を高め、コストを削減し、発行者にとっては資本調達を簡素化、民主化し、投資対象を広げるものかもしれない。

債券は300年以上にわたって、紙の証書として発行されてきた。しかし、取引高が多くなるにつれ、企業はペーパーワークに追われるようになった。アメリカでは膨大なペーパーワークとセキュリティの問題に対処するために、証券預託機関の「Depository Trust Company(DTC)」が1973年に設立された。紙の証券は紛失や脱税、マネーロンダリング、盗難などのリスクがあった。

1990年にロンドンで起きた債券強盗では、2億9190万英ポンド(現在の8億4880万ポンド、約1420億円に相当)が盗まれ、無記名債券のリスクが浮き彫りとなった。その結果、物理的な無記名債券の利用は減り、電子記録が用いられるようになった。

1995年には米証券取引委員会(SEC)がペーパーレス・ルールを発表。紙の証券の時代が終わり、すべての証券保管を行う「DTCC(Depository Trust & Clearing Corp.:米国証券保管振替機関)」が設立された。これにより、ミドルオフィスとバックオフィスでの処理は高速化され、証券市場の安全性は高まった。

紙の証書は5日間の決済期間が定められていたが、この新しいシステムでは、債券取引の決済に最低2日間が必要だった。電子化によって、効率性が高まり、人的ミスは減ったが、決済期間の長さは、2008年の金融危機で銀行が直面した流動性危機を悪化させた。リーマン・ブラザーズが破産申請を行った後、取引先への支払いは遅れた。

SECは先日、決済期間を1日に短縮することを提案したが、これは一時的な応急措置にすぎない。資本市場参加者は、正確で完全な情報と迅速な決済を望んでいる。ブロッックチェーン技術ならそれが可能であり、スマート債券の登場はその第一歩だ。

デジタル化:債券資本市場をディスラプト

スマート債券のポイントは、債券の約定条項をデジタル化し、スマートコントラクトにすること。スマート債券はブロックチェーン技術を使って、債券のライフサイクルのさまざまな段階を自動化し、人の手を介さずに事前に決められた条件に基づいて特定のアクションを実行する自己実行型の債券契約だ。

このようなストレート・スルー・プロセッシング(STP)が、スマート債券のDNAに組み込まれている。債券の発行、取引、清算、決済、利子の支払いが最適化され、取引の実行に必要な時間とリソースを削減できる。

スマート債券はさらに、銀行、ブローカー、クリアリングハウスなどの仲介者の必要性を大きく減らすこともできる。仲介者を排除することで、仲介者のサービスにかかる手数料が排除できる。つまり、債券を管理するコスト全体を下げることができる。

  • 発行と取引:債券の発行価格が設定されると、合意された内容(発行者、満期日、表面利率、発行価格、額面金額など)をスマートコントラクトにコードとして書き込み、ブロックチェーンに格納する。こうして、真正性、来歴、透明性が確保される。
    主幹事あるいは引受人がスマート債券トークンを投資家に配分する。支払いは投資家の口座から自動的に引き落とされ、タイムゾーンに関係なくすべての投資家の取引が即時かつ同時に決済される。ブロックチェーンは、発行者と投資家をつなぎ、ブローカーやディーラーなどの仲介者なしに取引が可能な、分散型で安全な取引環境であるトークン化プラットフォームを可能にする。
    スマートコントラクトによって所有権の移動は自動化され、債券保有者のレジストリがアップデートされる。こうして正確さが確保され、ミスのリスクが減る。
  • 清算と決済:債券は従来、銀行の営業時間内に決済される。さらに決済期間は一次市場で最大5日間、二次市場で2日間かかる。この待ち時間は、市場参加者を価格変動のリスクにさらす。
    対照的にスマートコントラクトは、両者が契約条件に合意し、必要な条件が揃えば、清算と決済のプロセスが自動的に開始される。即時決済によって、作業に必要な時間は短縮され、取引から決済までの間に価格が変動するリスクは小さくなる。
    スマート債券の決済は、銀行の営業時間に制限されることはないが、取引プラットフォームや取引所のルールに従わなければならない場合もある。
  • 利子の支払いと満期:スマートコントラクトは、特定の支払日に債券保有者に送金を行うことで、利子の支払いを自動化できる。中央機関の必要性を排除することで、中央機関にまつわるリスクはなくなる。つまり、債券の満期日には、元本も自動的に債券保有者に返還され、タイムリーな支払いが保証され、債務不履行のリスクが軽減される。

今後の課題と展望

暗号資産取引所に対する攻撃が話題になったため、スマート債券はハッキングなどのセキュリティ侵害を受けやすいと懸念されている。

しかし暗号資産とは異なり、スマート債券は無記名資産ではない。スマート債券の所有者はブロックチェーン上に自動的に記録されている。つまり、スマート債権の不正な移動は、無効にできる。

規制要件によっては、代行会社がスマート債権の所有権として記録されることもある。代行会社は万一、ミスや悪質な攻撃などが発生した時に、トークンの凍結、キャンセル、交換を簡単にすることで顧客資産を守る。しかしこれは分散化の度合いを下げることにもなる。

金融商品のデジタル化は、資本市場の運営に大きなイノベーションをもたらす。しかし、現行の規制は公認の組織によるプライベートな台帳への電子入力を基準としているため、スマート債券のメリットのすべてを活用することはできない。

短期的には、法的な課題がスマート債券の普及を妨げるかもしれないが、インフラが進化し、より多くの組織や自治体が確立されたテクノロジーを採用するにしたがって、さらなるイノベーションと成長が期待できる。

※当記事は一般的な情報提供のみを目的としています。アルカ・ラボ(Arca Labs LLC)は投資アドバイスを提供することはなく、当記事の内容は、証券の販売や投資顧問サービスに対する勧誘、オファーではありません。

アンソニー・バフィンスキー(Anthony Bufinsky)氏:デジタル資産やブロックチェーンを使った金融インフラ、ネットワークの開発を手がけるアルカ・ラボ(Arca Labs)のグロース責任者。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:ハリウッドの「マダム・タッソー蝋人形館」にあるブルース・ウィリスが演じたジョン・マクレーンの人形(Shutterstock)
|原文:Blockchain Meets Bonds: How Crypto Can Solve Long-Standing Issues in Capital Markets