暗号資産、犯罪利用のリアリティ

振り返ると、米司法省が2022年冬、同省内の「暗号資産執行チーム(National Cryptocurrency Enforcement Team:NCET)」初のディレクターに、ベテランのサイバーセキュリティ専門家ウン・ヨン・チョイ(Eun Young Choi)氏を指名したことは、今、アメリカ政府が暗号資産業界に対して取っている明らかに敵対的なアプローチの最初のサインだったかもしれない。

小規模犯罪のゴミ箱

ニューヨーク州南部地区連邦検事の経歴を持つチョイ氏によれば、NCETは「デジタル資産にまつわるテクノロジーが成長、進化する」に伴って、ユーザーの安全を確保することが任務。現在は、暗合資産業界におけるサイバー犯罪やマネーロンダリング犯罪の取り締まりに力を入れている。

(著名投資家のウォーレン・バフェット氏が言うように)暗号資産の景気が引き潮となって「裸で泳いで」いた人たちの正体を暴かれる時に、どんなタイプの犯罪が明らかになっていくのかは、誰にもほとんどわかっていなかった。

FTXやスリー・アローズ・キャピタルなど、ニュースを賑わすような大スキャンダルではなく、NCETは主に、ソーシャルメディアでの詐欺やダークネットの悪用、オンライン詐欺など、大々的に語られることはほとんどないが、暗号資産関係者にとってはほぼ日常茶飯事になっているような比較的小さな犯罪に力を入れている。

CoinDeskコラムニストのポール・ディラン-エニス(Paul Dylan-Ennis)氏はこれを、暗合資産の「ゴミ箱」と呼んでいるが、ネット上で暗号資産が話題になっている場所はどこでもこのようなゴミで溢れているだろう。

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こうした詐欺の多くは一度に1人の被害者しか出さないが、被害額は大きくなる場合もある。NCETとその他の当局は、合計で1億1200万ドル(約150億円)もの被害を出した、アメリカを拠点とした詐欺を6件取り締まった。

米連邦捜査局(FBI)の推計によれば、2022年に投資詐欺で盗まれた被害額は33億1000万ドルにのぼり、そのうち暗号資産関連の詐欺は3分の1以上。金銭的な損失だけでなく、犯罪者が被害者と長期的な関係を築き、信頼を構築する信用詐欺の蔓延が暗号資産の評判を貶めている。

違法行為関連はわずか1%

暗号資産と犯罪について語る時には必ず、違法行為と関連する暗号資産取引は全体の1%未満だと言っておく必要がある。少なくともチェイナリシス(Chainalysis)のレポートによればそういうことになっている。これは注目すべきポイントであり、業界関係者もその点を強調する。

暗号資産を使う人の大半は取引に利用しており、トルコやアルゼンチンなどの「インフラ不安」のある国々で普及が広がっているとロイター通信は報じている。

しかし、チェイナリシスは暗号資産と犯罪について、ほぼすべてを把握していると人々がどんなに信じたいとしても、数字は既知の個人と結びつけることができる、限られたブロックチェーンアドレスに基づいた控えめな推計である可能性が高い。

事実、フィナンシャル・タイムズ主催のカンファレンスの場でチョイ氏は「NCETが調査対象としている犯罪行為のあらゆる側面に、暗号やデジタル資産が関連するようになっている」と語った。チョイ氏によれば、ランサムウェア攻撃、信用詐欺、さらには制裁回避も含まれる。

司法省が、ロシアに対する経済制裁回避のためにブロックチェーンが使われることをそれほど心配していないと言っていること、取引の変更不可能な台帳(つまりブロックチェーン)は犯罪にはまったく向いていないツールだということを考えれば、こうした発言は割り引いて聞いた方が良いかもしれない。

NCETは結局のところ、暗号資産関連の犯罪を調査するために作られたのであり、暗号資産犯罪を見つけているのは当然のことだ。しかしそのような発言は、現実をチェックできる。

暗号資産について語られる約束や希望と現実の間には、多くの場合、乖離があり、それを十分に考えておく価値がある。統計上は「暗号資産の利用のわずか1%が違法」かもしれないが、聞こえてくる体験談はそうではないことを示している。

SIMスワップやラグプルの被害にあったり、ビットコインで薬物を買った人たちを私は知っているし、あなたも知っているだろう。

人々が暗号資産詐欺の被害にあう理由の1つは「FOMO」(機会を逃すことへの恐怖:fear of missing out)や極端な盛り上がりなど、暗号資産テクノロジーをめぐるフェイク情報によって霧がかかったような状態になることだとチョイ氏は語った。だが、もしかしたら、ブロックチェーンは犯罪には使われていないという主張も、そのような状況を悪化させる要因かもしれない。

オープンでパブリックであることの宿命

それでも、暗号資産が詐欺師たちを惹きつける理由は同時に、暗号資産テクノロジーが必要な理由でもある。オープンソースである暗号資産は、悪用する人たちにも開かれている。

ビットコインがパワフルなのは「敵のための通貨(取引相手を信頼する必要なく使える通貨)」だからであり、そうでなければ画期的なものではなくなる。

チェイナリシスのようなブロックチェーン調査企業が、ビットコインはプライベートなものという幻想を打ち砕いたことは良いことだと私は考えている。期待を現実に近づけてくれるからだ。

同様に警官がいる世界では、少なくともその一部がブロックチェーンの監視に労力を払っていることは悪いことではない。オープンでパブリックなのだから、それで当然だ。

あとは暗号資産関係者がもっと賢くなって、ゴミ箱をきれいにする方法を思いつけば良いだろう。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Scott Rodgerson/Unsplash
|原文:What’s the Reality of Crypto in Crime?