暗号資産カストディは難しい?──Prime Trustの失敗が業界に及ぼす悪影響とは

悪名高きマウントゴックス(Mt.Gox)、それほど知られていないクアドリガ(Quadriga)、そして何百万ドルもの顧客の資金を失って一般に知られることになった、他のいくつかの暗号資産(仮想通貨)企業によって、暗号資産カストディはかなり難しいという証拠が長年積み上げられてきた。そして6月27日、そうした証拠がまたひとつ積み上がった。

買収交渉決裂からの急展開

暗号資産カストディ大手のBitGoは6月22日朝、競合のPrime Trustの買収交渉を打ち切った。その日の午後までにネバダ州規制当局はPrime Trustに対して、同社の「全体的な財務状況がかなり悪化している」として、すべての活動を停止するよう命じた。そして昨日になって、ネバダ州規制当局はPrime Trustを管財人の管理下に置くよう申請した。

今回の一件は、もっともと思われる理由で急展開を見せた。Prime Trustは、顧客から8500万ドル(約120億円、1ドル140円換算)の法定通貨を預かっている。そして手元には、約300万ドルしか持っていないとされている。同社はさらに、6950万ドル相当の暗号資産を預かっており、手元にある暗号資産は6860万ドル。

注目されるのは、数字の不一致だけでなく、Prime Trustがこのような資金不足に陥った経緯もだ。

ネバダ州規制当局の申請書類によると、Prime Trustは「レガシーウォレット」にアクセスできなくなっている。Prime Trustは2020年まで、顧客の暗号資産を自社ウォレットで管理していた。しかし2020年に、顧客の資産をFireblocksのノンカストディアル型カストディプラットフォームに移した。

そして2021年、Prime Trustの経営陣が入れ替わった後、顧客のために「レガシーウォレット転送」と呼ばれるものをセットアップし、Fireblocksのプラットフォームで問題が発生した後に、Prime Trustの2020年以前の古いウォレットに資金を送り返させていた。これが、大きな間違いとなった。

Prime Trustは2021年12月、これらの「レガシー」ウォレットにアクセスできないことに気づいた。そして、提出された書類に記載された衝撃的な対応に走った。

「2021年12月から2022年3月にかけて、アクセスできないレガシーウォレットからの引き出しに対応するため、Prime Trustは『一括顧客アカウント』の顧客資金を使ってデジタル通貨を購入した」

カストディアンを信頼できない?

ここには、2つの大きなポイントがある。

まず、Prime Trustのようなカストディアンがウォレットにアクセスできないことは理解に苦しむ事態だ。カストディサービスの本質は、お金を払って、自分よりも適切にカストディしてもらうこと。今回の一件は、サードパーティー・カストディアンによる宣伝文句やビジネスケースを完全に損なうものだ。つまり、人々は自分で暗号資産を保管するほど賢くもなければ、勇気もないので、カストディアンを信頼すべきだという主張を損なった。Prime Trustは結局のところ、専門家ではなかったようだ。

そして、先に言っておくと、Prime Trustは二流の企業などではない。Prime Trustは、将来性のある合法的な若い企業として知られていた。昨年には、FIS、Fin Capital、Mercato Partners、Kraken Venturesなどを含む資金調達ラウンドで1億ドル(約140億円)以上を調達し、Swan BitcoinやCoinbitsなどの暗号資産企業を顧客に抱えている。

2つ目は、これが最大の問題だが、他人のために暗号資産を保管することは、一体、どれくらい難しいことなのだろうか?

本来ならシンプルなはずだ。あなたは私に暗号資産を渡し、私はあなたのために暗号資産を保管する。あなたが望むときに暗号資産をあなたに戻し、あなたはサービスの対価として私に料金を支払う。

これは、セルフカストディの世界では、個人でも十分に実現可能なことだ。百億ドル規模のベンチャー資金を集められるような洗練された企業にとっては、朝飯前のはずだ。

Prime Trustのストーリーはまだ進行中で、全容がわかるまで最終判断を下すことは控えるが、いくつか明らかにしなければならないことがある。

このような事態はどのように起こったのか? Prime Trustが顧客資金を使って購入したとされる「追加のデジタル通貨」とは一体何か? Prime Trustは、差額を補填し、滞りなく顧客に返済できると見込んで暗号資産を取引していたのか?

そうだとすれば、このストーリーはまったく新しい世界に入ることになる。カストディアンにまつわるカウンターパーティー・リスクは、カストディアンがあなたの暗号資産を失うかもしれないことであるはずで、カストディアンがあなたの暗号資産を失った後、それを1回の取引で取り戻そうとすることにまつわるようなさらなるリスクであってはならない。

業界全体への悪影響

全体として見れば、これは悪いニュースであり、しかもPrime Trust顧客だけの問題ではない。正直に言ってしまえば、このような基礎的な失敗は暗号資産の世界では例外ではなく、当たり前という印象を与えてしまう。

金銭的な損失もさることながら、より大きな問題は失敗した買収交渉の間に明らかになったPrime Trustによる隠蔽工作だ(交渉のテーブルについた誰を騙すつもりだったのだろうか? どうやって?)。

暗号資産は怪しいという評判が多いが、また新たに怪しい行動の事例ができてしまった。Prime Trustがしっかりした企業という評判を得ていたことを考えると、他のどんな企業(信頼できる企業すらも)がユーザーが預けた資金を無責任に扱っているのかと疑問に思わずにはいられない。

無責任な企業が他にもあるかもしれない。そうではないと願いたい。しかし、無名のトークンが100倍にも1000倍にも上昇するような強気相場では、そんなことをして切り抜けた企業があったのかもしれない。

業界にとって問題なのは、マウントゴックス、クアドリガ、FTXのようなストーリーが業界の評判を支配し、優良な企業にさえ疑念を投げかけていることだ。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Prime Trustのトム・パゲラーCEO(Prime Trust)
|原文:Apparently It’s Very Difficult to Custody Crypto