ビットコイン・サーキュラーエコノミーが直面するエルサルバドルの凝り固まった考え方

ビットコインの中核的な理念は、伝統的な銀行サービスを利用できない世界中の何十億もの人々のために、より公平で利用しやすい通貨システムを構築することだ。

ここエルサルバドルでは、銀行口座を持たない人々のほとんどが、その日暮らしで現金のみを利用している。つまり、受け取ったばかりの現金を食費や住宅費に充てている。ビットコイン(BTC)の長期保有のメリットは、彼らにとって目立った変化をもたらすものではなく、ビットコインのネットワークとセルフカストディを使用する際の新たな複雑さが、マスアダプションに向けての大きなハードルを生み出している。

マスアダプションに向けて

問題解決に取り組んでいるエルサルバドル人もいる。DitoBanxのCEO、ギジェルモ・コントレラス(Guillermo Contreras)氏は、彼によれば70%が銀行口座を持たないというエルサルバドル人のために、ビットコインを使った預金とローンの商品を作っている。私は首都サンサルバドルのビバリーヒルズに相当するサンベニートの高級レストランでコントレラス氏に会った。

コントレラス氏は、政府公式の暗号資産ウォレット「チボ(Chivo)」のスタートに伴い、国民全員に30ドル(約4400円)相当のビットコインが配られたことを説明した。当初は取引高が急増したが、ほとんどの人がビットコインを単に米ドルに換金したため、すぐに下火になった。

コントレラス氏によれば、銀行口座を持たない人々のほとんどはATMを使わず、ローン商品も利用できないという。平均教育レベルは小学6年生から中学3年生で、平均日収は15ドルに過ぎない。

コントレラス氏は、ビットコインを持たない人々に、まずマスターカードのデビットカードを利用してもらうことで、新しいデジタル通貨を使った貯蓄方法をゆっくりと教育する方法を考案した。

このデビットカードを使うと、ユーザーはライトニングやオンチェーンでビットコインを受け取り、ビットコインの価格ボラティリティに対する懸念を解消するために、アメリカに本社を置くサークル(Circle)社が発行する米ドル連動型ステーブルコイン、USDコイン(USDC)にシームレスに変換できる。また、イーサリアムブロックチェーンを使用してUSDCを直接、受け取ることもできる。

コントレラス氏が言うように、口座に15ドルしかなく、夕食を食べるためにそのお金が必要な場合、10%の価格変動は大きな問題だ。それに対してDitoBanxは使いやすいソリューションを提供している。

同様に、マスターカードとの契約により、ユーザーはATMに入金し、1%の手数料を払ってウォレットにUSDCを受け取ることもできる。コントレラス氏の次の目標は、クレジットへのアクセスを増やし、経済発展に拍車をかけるために、利用者向けのマイクロローンプログラムを展開することだ。

その目標は、ビットコインの最小単位であるサトシで貯蓄することの利点を徐々に人々に教え、ローンやATMへのアクセス、DitoBanxアプリでの請求書の支払いといった直接的な恩恵を受けながら、ビットコインに直接触れる機会を提供することだ。

ユーザーのスマートフォンが銀行口座の役割を果たすようになり、ビットコインの利用が時間とともに拡大することをコントラレス氏は期待している。コントレラス氏は、ライトニングが定期的に使われるようになるまで3年はかかると予想している。

銀行口座を持たない業者にもDitoBanxの利用を促し、業者が個人ユーザーと同様のローンや貯蓄の恩恵を受けられるようにすることで、コントレラス氏は「サーキュラー・ビットコインエコシステム」を構築することを目指している。現在、同社はエルサルバドルで400以上の企業と提携している。

大手銀行への普及のハードル

世界の銀行システムは現在、ビットコインにフレンドリーではない。エルサルバドルでビットコインが成功するには、エルサルバドルの銀行が顧客に提供する既存のサービスにビットコインネットワークを統合する必要がある。現時点では、JPモルガンのようなアメリカのコルレス銀行(送金を仲介する銀行)やSWIFTシステムと統合しているため、エルサルバドルの銀行はビットコインをOTC(相対取引)で扱っていない。

この件について、銀行システム向けにブロックチェーン(ビットコインではない)のインテグレーションを提供しているKoibanx社のカルロス・アルファロ(Carlos Alfaro)氏と話をした。

アルファロ氏によると、銀行はビットコインに関心があるが、一方的にデジタル通貨を採用した場合、国際的なパートナーとの関係に影響が出ることを恐れているという。送金はエルサルバドル国内経済の25%を占め、そのほとんどはアメリカの送金会社ウエスタンユニオンからエルサルバドルの国内銀行口座に伝統的なやり方で移動している。特にエルサルバドルの銀行は規模が小さく、ウォール街で大きな影響力を持っていないため、国内経済の25%を占めている事業をリスクにさらすことをいとわない銀行はない。

さまざなな意味で、ウォール街がくしゃみをすると、世界の他の銀行システムは風邪をひく。エルサルバドル国外の強力な力が、エルサルバドル国内でのビットコイン普及を阻害することになっている。

ビットコインビーチ

私は、エルサルバドルのビットコイン普及の震源地を直接見るために、ビットコインビーチとして知られるエルゾンテビーチまで南下した。2019年、匿名の篤志家が、商業に使用し、ドルに換金しないことを条件に、この眠ったようなビーチコミュニティにビットコインを寄付すると申し出た。

この取り決めから、ビットコインビーチ・イニシアティブが生まれた。カリフォルニア州サンディエゴ出身のマイケル・ピーターソン(Michael Peterson)という人物が携わり、送金、観光、公共サービス、小規模ビジネスなどを含むサーキュラー・ビットコインエコノミーの創設に力を注いだ。

これらの取り組みの中でおそらく最も有望なのは、ホープ・ハウス(Hope House)というコミュニティセンターだろう。地元の若者にビットコインに関する教育を行い、以前は存在しなかった機会を提供している。エルゾンテの人口約3000人のほとんどは銀行口座を持たず、貧困ラインぎりぎりの生活をしている。

私がエルゾンテに到着したとき、内陸に1時間ほど移動したところにあるサンサルバドルよりもはるかに気温が高かった。私は水を買うために、数羽のニワトリと人懐っこい犬を避けながら、レストランと民家を兼ねたようなトタン屋根の建物に近づいた。店のオーナーは、支払いにビットコインが使えると言った。彼はスマートフォンを取り出し、ライトニング対応のBlinkウォレットを開き、私はほぼ瞬時に2ドル相当のサトシを送金した。同様に、私が昼食をとったレストランでも、支払いにBlinkウォレットを利用した。

現在、エルゾンテは近隣の人気サーフスポット、エル・トゥンコほど発展していない。新しそうな観光リゾートはいくつかあるが、舗装された道路はなく、実店舗よりも露店が多い。私はあと2回ビットコインを使おうとしたが、売り手は2回とも「現金のみ」と答えた。ビットコインビーチの中心でも、誰もがビットコインを欲しがっているわけではないようだ。

ビットコインが成功するためには、現在のビットコイン-法定通貨の市場価値と常に比較されるのではなく、新しい勘定単位、つまり価値そのものを測定する手段と見なされなければならない。この転換のきっかけは、政治的な命令によるものではなく、必然的に起こるであろう米ドルのハイパーインフレになるだろう。

この通貨テクノロジーが、熱心なビットコイナーたちの小さなコミュニティの外で成功するかどうかは、時間が経ってみなければわからない。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:The Bitcoin Circular Economy Battles Entrenched Mindsets in El Salvador