[ST最前線]三井住友トラスト・ホールディングスのデジタル戦略を担うTrustBase、セキュリティ・トークンの“あるべき姿”を目指す俯瞰的な戦略とは

TrustBaseは、セキュリティ・トークンに特化した企業ではなく、三井住友トラスト・ホールディングスのデジタル戦略、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進を担っている。その範囲は、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)、データサイエンス、セキュリティ、インフラ、さらには量子コンピュータに至るまで幅広く、テクノロジーで世の中が大きく変化していくなか、短期的にはビジネスには結びつかないものの、大きな可能性を秘めている領域をカバーしている。

今回、セキュリティ・トークンについて、ガバナンストークンを用いた意思結集プロセスの効率化、ソウルバウンドトークン(SBT)を用いたKYC(本人確認プロセス)の効率化、ステーブルコイン決済の3つの概念実証を実施。各社がセキュリティ・トークンの発行を積極的に推進している今、その取り組み・戦略は俯瞰的で、やや異質にも映る。TrustBaseの取り組み、戦略、目指しているところを取締役CEOの田中聡氏、ビジネスデザインセンター・ゼネラルマネージャーの池野裕介氏に聞いた。


お客様の体験(UX)はまだ変わっていない

──今回の概念実証には、どのような目的・狙いがあったのか。

田中:セキュリティ・トークンの発行はすでに各社が積極的に進めているが、その実務を見ると、販売は証券会社さんが対面で行い、お金のやり取りは銀行振込、本人確認には運転免許証を使い、投資家保護のための適合性の原則を守るために、お客様の投資商品の知識、経験などアンケートで確認している。お客様からすれば、顧客体験(UX)はなにも変わっていない。逆にいえば販売側の手間も減っていない。セキュリティ・トークンによって投資の小口化が実現されるといわれているが、将来的には決済はステーブルコインで行われ、KYC/AML(アンチマネーロンダリング)もデジタル化が必須だ。

さらには信託銀行のような中央集権的な存在も不要になり、安心・安全な人たちが直接ピア・ツー・ピア(P2P)に取引できるような仕組みにならなければ、小口化し、スケールしないと考えている。いわばセキュリティ・トークンを本来あるべき姿にするには、発行だけではなく、その周辺のさまざまな整備が必要だ。

例えば、概念実証を行った意思結集については、証券では投資期間の延長がしばしばあり、現状では保有者に郵送で書類を送り、署名・捺印して返送してもらっている。これをセキュリティ・トークンで行うことは、Web3どころの話ではない。保有者の議決権の行使もトークンで行うような仕組みと、セキュリティ・トークンが全部セットにならないと、業界が目指している理想的な姿は実現できない。周辺業務は手間のかかる仕事だが、信託銀行が得意な分野であり、安心・安全な仕組みを構築し、トラストレスにP2Pで取引できるものを作っていきたい。

教科書だけでは実現できない

取締役CEOの田中聡氏

──そうした課題感は当初から想定されていたのか。

田中:これまで各社とセキュリティ・トークンの発行を行ってきたが、新しい取り組みであり、弁護士に確認して、書類をつくり金融庁に報告するなど、毎週、すり合わせを何時間も行ってひとつひとつ実績を積み上げてきた。今後、知見やノウハウが蓄積されて効率化できる部分はあるだろうが、この先、お客様が広がり、一口1万円とか、数千円、数百円のレベルになっても機能する仕組みを作らなければ対応できない。もはや関係者の頑張りだけではやっていけない。

最初のセキュリティ・トークンが発行された2020年頃は、まだ規格が不十分だったが、今は新しいテクノロジーも揃ってきた。使えるテクノロジーはしっかり試していくことが伝統的金融機関にも必要と考えている。

池野:2015年、16年頃にフィンテックが話題になり、ビットコインも注目され始め、興味を持つようになった。金融機関としてもブロックチェーン活用を検討するために、2019年からジョージタウン大学へ留学。ちょうど暗号資産が盛り上がり、多くのDeFiプロトコルが登場した時期だった。一部のプロトコルの失敗やFTX事件を受けて厳しい目が向けられているが、銀行などのTradFi(伝統的金融)でも研究が続けられており、DeFiとTradFiの融合が大きなテーマになっている。

日本に戻ってからも、ブロックチェーンを自分たちで実際に試しながら、TradFiとして何ができるかに取り組んでいる。

今、セキュリティ・トークンは不動産や社債など、RWA(現実資産)を裏付けにしているが、今後、オンライン上のバーチャルな世界で多くの時間を過ごす時代になると、資産自体もデジタル化し、投資商品として取引する時代が到来する。一方で金融商品として厳格な対応が求められているので、Web3の世界が実現したときにも、投資に慣れていないお客様がしっかりと説明を受けて投資でき、かつ、お金が反社会的勢力にわたることがないようにしなければならない。

今回、ガバナンストークンを使った意思結集、ソウルバウンドトークンを使ったKYC、ステーブルコイン決済の3つの概念実証に取り組んだのは、それらを実現するため。教科書に書いてあっても、本当にできるかどうかを実際に自分たちで試してみて、「うまくいく」という実感、手触り感がないとビジネスとして展開することはできない。いずれ来る世界を想定して、今の実社会で実現していることとのフィージビリティ(実現可能性)の違いを確認している。

あらゆるテクノロジーを結集する必要性

──ガバナンストークンでの意思結集が実現できれば、郵送で書類を送り、署名・捺印して返送してもらうようなことはなくなる?

田中:理論上はなくなる。ただし、法律の整備が必要なことと、まずはDAO(分散型自律組織)やNFTコミュニティなど、金融商品とは違うところで活用され、ガバナンストークンの利用が広まることが前提だ。教科書で見たら、現実世界とのギャップはないように思えるが、実際にやってみると我々の常識とは違うところも見えてきた。

例えば、ガバナンストークンでの投票は期日を決めて行うが、ブロックチェーンに書き込むための時間が必要になって開始が遅れたり、終了時間になっても投票できたりした。タイムスタンプの機能は中央集権的な存在に頼らざるを得ないかもしれない。またアドレスは正しくても、本当に正しい人が投票したのかどうかはわからないという問題もある。

ビジネスデザインセンター・ゼネラルマネージャーの池野裕介氏

池野:さらにDAOは、興味を持っている人が集まってきているので、情報に積極的にアクセスするが、セキュリティ・トークン保有者に通知などを見てもらえるのかどうかは課題に感じている。実証実験でも、初回は参加者も投票してくれたが、3回目ぐらいになると投票度が下がって、投票自体の成立が難しくなることもあった。

田中:セキュリティ・トークンが普及していったときに、通知に気づかない人が悪い、参加しない人が悪いという世界にはできない。多くの人が使いやすい世界を考える必要があり、自己責任だけではないユーザー体験(UX)を作り上げていく必要がある。

ほかにも投資家の投資知識の確認も、オンライン動画を見ていただき、見ている人の表情で理解度を検知して販売するなど、AI(人工知能)や顔認識、KYCの方法など、さまざまなテクノロジーを結集させる必要がある。ひとつのテクノロジーだけですべてがうまくいくことはないと感じている。

ブロックチェーンならではメリット

──セキュリティ・トークンは、まだ始まったばかりということか。

田中:そうだと思う。ただし従来、信託銀行が最も大事にしていた「誰がこの証券の権利を持っているか」が、信託銀行のデータベースではないところ、つまりブロックチェーンで管理されるようになったことはインパクトが大きい。信託銀行としては最も守りたかった部分がチェーンに乗った。信託銀行、さらには金融機関は世の中から信任を受けてビジネスをしている。銀行通帳に1億円と書かれていたら、皆がそれを信用してくれた。ブロックチェーンによって、金融機関が存在しなくても、同じことが証明される世界は、今までとは違う世界といえる。

またセキュリティ・トークンは小口化され、便利になるが、マスアダプションにはブロックチェーンならではメリットが必要だ。例えば、従来のお金を増やすことが目的だった金融商品から一歩踏み出して、再生可能エネルギーに投資したとか、風力発電所の建設に投資したなどの行動が記録され、そういう人には地域振興券のようなものが優先的に送られるというような「単なるお金のための資産運用だとクールじゃないよね」という時代が来ると面白い。

マスアダプションに必要なこと

──そうなるとKYCはもちろん、オンライン上のアイデンティティが重要になる。

池野:ソウルバウンドトークン(SBT)はまさにオンラインでのアイデンティティを証明しようという規格で、2022年6月にイーサリアムブロックチェーンの創設者ヴィタリック・ブテリン氏が発表した。ただし、難しいのはアイデンティティはすべてオープンにすれば良いというものではない。必要な部分を、必要に応じて、やり取りできるようにする必要がある。

田中:例えば、コンビニでお酒を買うときに、SBTに書き込んだ私の生年月日を見せるのではなく、20歳以上かどうかという項目だけを使うようにすればよい。パブリックに開示して良い情報と、見せたいときに、見せたい相手にしか開示されない情報を守る仕組みが必要になる。

そのうえで、マスアダプションを実現するにはブロックチェーン技術を使っているのかどうかをユーザーに意識させずに、便利なサービスの裏側で動いていることが本来のあるべき姿だと考えている。アドレスを間違えて誤送信したら自己責任みたいなことも解決しなければならないと思う。

KYCや意思結集の統一されたUI・UXを実現

──少し具体的な話に戻るが、セキュリティ・トークンに関わる周辺業務を整備していったときに、各プラットフォームに対しては、どのようなスタンスを取るのか。

田中:セキュリティ・トークン発行者のニーズによって、プラットフォームを選択していくことになる。例えば、セキュリタイズ(Securitize)はアメリカ企業なので、パブリックブロックチェーンに強い。またBOOSTRY(ブーストリー)は野村HDのグループ企業であり、野村證券の販売力は大きい。Progmatには三井住友信託銀行が出資する予定だが、必ずしもProgmatとだけビジネスをしていくという話ではない。それぞれ特徴があるので、健全に競争していただき、お客様にとってより便利なプラットフォームを作っていただければ、我々としてはどのプラットフォームであっても、お客様には、KYCや意思結集のプロセスは統一のものを提供できるとか、同じフォーマットで対応できるという役割を果たしていきたい。お客様から見て、常に同じUI・UXを提供できるような仕組みを構築していきたいと考えている。

当社自身もセキュリティ・トークンを販売することは可能だが、そういう戦略は正直、個人的にはあまりワクワクしない。いろいろなお客様にセキュリティ・トークンを買ってもらえるようにするために、例えばGoogleで検索したらセキュリティ・トークンの銘柄がずらっと並び、クリックすれば購入でき、その裏側の仕組みとして我々が活躍しているような世界を目指したい。

TikTokで誰かを応援するとか、何かに寄付したいときに使えるとか、ワイナリーに行ったらQRコードがあって、スキャンするだけでセキュリティ・トークンが購入できて、ワイナリーのオーナーになれるとか、日常生活に溶け込ませていきたい。「既存の金融商品をディスラプトする」ことよりも、もっと世の中が便利になる、もっと資金が循環していく、誰かに資金を出して応援でき、リターンも期待できるみたいな世界のためにセキュリティ・トークンが広がっていく世界を実現したいと考えている。

文:CoinDesk JAPAN 広告制作チーム
写真:多田圭佑