ビットコインは終わらない──慶大・坂井教授が考える“お金の未来”

ビットコインは終わらない──慶大・坂井教授が考える“お金の未来”

ビットコインの急騰と急落、仮想通貨取引所のハッキングと資金流出──2019年は仮想通貨にとって再び激動の1年となった。価格の浮き沈みに一喜一憂する人々が多いなか、慶應義塾大学経済学部教授の坂井豊貴氏は「それでもビットコインは終わらない」と説く。なぜか?

坂井豊貴(さかい・とよたか)/慶應義塾大学経済学部教授、(株)デューデリ&ディール・チーフエコノミスト
ロチェスター大学博士課程修了(Ph. D. in Economics)。オークション方式や投票方式などの制度設計(メカニズムデザイン)で国際業績多数。主著『多数決を疑う』(岩波新書)は高校教科書に掲載、著書は多くアジアで翻訳されている。

仮想通貨にとっても、私にとっても劇的な1年だった

──2019年2月に書籍『暗号通貨VS.国家 ビットコインは終わらない』を上梓された翌月に、創刊特集でインタビューさせていただきました。この1年を振り返り、仮想通貨市場はどのように変化したと捉えていますか?

2月にはビットコインの価格は40万円を割るまでに下落していました。法定通貨で換算した価値がビットコインの価値だとは全く思っていませんが、それは社会的受容のシグナルではあります。当時「ビットコインは終わった」という世論もあるなか、私は書籍のサブタイトルにあえて「ビットコインは終わらない」と付けました。私なりに、よいものへの支持を表明したかったからです。

──周囲の反響はいかがでしたか?

仮想通貨やブロックチェーンを好きな人には好評でした(笑)。その他の人がどう思ったかは知らないです。学者はわりとビットコインを否定しないというか、「あんなのただの通貨じゃないか」みたいな人が多いように思います。非国家の通貨って歴史的には全然珍しくないから。だって高校の歴史の教科書には宋銭とか私鋳銭とか載っていますよね。そのうえで、私はビットコインをえらく面白がっているわけですが。

──ビットコインは6月に急騰して一時140万円を超え、いまは80万円くらいですよね。

うん、不思議なのはいまもまだ「ビットコイン? 終わったものでしょ」みたいに言う人がいること。でも1BTC=80万円でも時価総額が16兆円くらいだから、すでに人類有数の資産クラスなんですよね。終わったとか終わってないとか、そういう話をする時代はとうに終わっている。これは1BTC=40万円のときでも同じ。

──ご自身もトレードをされているんですか?

はい、イナゴトレーダーの私は2019年も仮想通貨に楽しませてもらいました。春先から初夏までは上昇局面だったわけですが、なんせ私はビットコインの未来を信じているので「いよいよ過去最高値を更新か」とレバかけて買い増したら、その後下落。激しくロスカットをくらい、目から鼻血が出ました。

その後もめげずにレバかけていたら、取引所がハッキングに遭ってアカウントが停止。私はそれまでこの手の被害には遭ったことがなかったんですね。パソコン画面の前で指先が震えました。ビットコインは終わらないが、私は終わっている。

でもまあ、これは時代ときちんと戯れている証拠だからよいのです。結局、取引所は被害を補償してくれましたし、私は老後に──その頃は1BTC=2000万円くらいでしょうか──このことを「あのときは面白かった」と回想するはずです。

ビットコインを支持する理由

──ロスカット、さらにはハッキングの被害にも遭って……。それでもビットコインを保有するのはどうしてですか?

正直、仮想通貨で儲けようとはとくに思ってないんです。損ばっかしなくてもいいんですけどね。売買していると自分にアンテナが立って、色んなニュースが目に入るようになります。あと、関わっていたいという意識は強いです。たまたまこういう面白いものと同じ時代に居合わせているので、その幸運については享受したい。

まずビットコインは発明として優れています。ビットコインの仕組みはよく「管理者がいない」と評されますが、その表現は不正確で、正しくは「不特定多数で管理する」ですね。特定少数の管理ではない。ノードが帳簿を管理して、マイナーが記録付けするけど、ノードやマイナーには誰でもなれるし、世界中にそれらがいる。そうしたメンバーの全貌を誰も知らないし、リーダーもいない。

渡り鳥の群れみたいなものなんですよね。群れのなかの誰もメンバーの全貌は知らないんです。リーダーもいない。一人ひとりの鳥は自分の周囲の状況しか分からないんだけど、全体はあたかも一つの生き物のように見事な秩序で空を舞う。こういうのを分散システムといいます。局所最適化が大域的最適化を実現する見事な仕組み。

雁の群れ / Shutterstock

分散システムって自動運転の工学なんかで、いますごく注目されているんですよ。なかなかああいうものを人間は作れない。渡り鳥は神様の設計ですからね。でもビットコインは、たぶん人間の設計です。たぶん正体不明の発明者サトシ・ナカモトは神様じゃなくて、人間だから。人間が作って成功した、初の分散システム。

あと、これは思想的な理由。私は政府(や中央銀行)が恣意的に通貨の流通量を増やすことを、好んでいません。個人の財産を保護させるために政府を雇っているのに、なぜ政府がその価値を勝手に薄めるのか。私はリバタリアン(自由至上主義者)ではありませんが、こういう考えはリバタリアン的かもしれません。

でも日本人はもうちょっとリバタリアン的になってもよいというか、個人を政府の上に置いてものを考えたほうがよいと思いますよ。これはあくまで私の狭い交友の範囲内ですが、日本本土より、沖縄のほうがビットコインの話の受けはいいです。沖縄は戦後の占領期に27年間で7回も法定通貨が変わっていますしね。国家から独立した通貨のよさがきちんと理解されているわけです。

リブラとデジタル人民元の衝撃

──2019年6月にフェイスブックのリブラ(Libra)、続けて中国のデジタル人民元構想が発表され、世界に衝撃を与えました。

フェイスブックの「リブラ」は衝撃的でした。やはりあれほどのグローバル企業が仮想通貨に参入すると、インパクトが大きいですね。ただ、フェイスブック社はプライバシー保護や政治広告の問題で、欧米では不信感が強く、「お前が通貨を発行するとは何事だ」といった様子で叩かれまくっています。

少し前にCEOのマーク・ザッカーバーグ氏が公聴会に呼ばれていました。私は深夜にYoutubeの生中継を見ていたのですが、彼は集中砲火を浴びていました。でも、思ったよりリブラへの質問や非難は出されてなかったです。フェイスブックへの非難や、いま凄まじい速さで進む新技術への恐れがリブラにぶつけられている様子でした。その意味ではリブラはスケープゴートなのでしょうね。

Mark Zuckerberg / Shutterstock

私はむしろデジタル人民元のほうが、はるかに脅威です。フェイスブック(Facebook)社はある程度、政府が統制できます。でも中国政府を統制できる主体は、たぶん世界のどこにもないでしょう。あれは誰も止められない。

中国政府が生殺与奪を握るキャッシュアカウントって、私は怖いですけどね。中国政府に否定的なことをしたらアカウント停止なんてこと、十分ありえると思いますよ。でもこういう自由への脅威って、ぜんぜん語られませんよね。フィジカル(物理的)な通貨を奪うにはモノを強奪せねばなりません。でも中央管理のデジタル通貨は、管理者がエンターキー1つで全額没収できてしまう。

リブラやデジタル人民元の登場により、これまでデジタル通貨に否定的だった国際決済銀行(BIS)も発行を検討しはじめました。2020年はこうした動きがますます加速するはずです。

あと、フェイスブック社が信用できない、中国政府が通貨の覇権を握るのは脅威だという意見については、「じゃあビットコインでいいじゃん」というのが私の答えです。ビットコインの価値って、低く見積もられすぎだと思いますよ。

さまざまな概念の境界が溶ける

──2020年4月の法改正により、国内でもセキュリティ(証券型)トークンの登場が見込まれています。2020年以降に注目されている動きは?

仮想通貨とセキュリティトークン(Security Token、ST)は別々のものとして、それぞれに議論されている印象です。あとSTは、プログラマブル・セキュリティに名称が移行してきています。STは基本的に、1項有価証券の扱いとなったので、証券会社でないと扱えません。紙の証券を念頭に作成された法律が、新しい技術に対応できていないように見えます。

とはいえ仮想通貨やSTの登場により、「お金の概念」の境界が溶けつつあると考えています。STは簡単に言うと「モノを価値の裏付けとする証券」です。10億円のビルを10億分割して証券にするといったような、金本位制ならぬビル本位制。でもその証券が取引所で交換されたら、存在感としては、仮想通貨とそんなに変わらないですよね。

あと、私はメタマスク(MetaMask)というウォレットを使っていますが、送金の際には手数料として仮想通貨イーサ(ETH)が要ります。でも、あまりこれはお金を使っている感覚はなくて、「チケット」を使っている感覚です。通称は「ガス代」ですしね。はたしてこのイーサは「お金」なのでしょうか? あるいはそれがお金かどうかを問うことに、意味はあるのでしょうか? 多分ないと思います。イーサはイーサ、そういうもの。なんかお金っぽい感じではあるんだけど。

あと、記事のプラットフォーム「ALIS(アリス)」では、投稿した記事に「いいね」が押されるとALISトークンがもらえます。トークンの投げ銭もできる。私も何度か記事を投稿したことがありますが、そこで得たトークンは「いいね」と「お金」の間にある、「準お金」のようなものです。「いいね」よりは強い肯定なんだけど、「お金」のような生々しさはない。トークンの独特の存在感がコミュニティを活気づけています。

これまで経済学はお金を「交換の媒介(medium of exchange) 」として扱ってきましたが、それでは説明しきれない「お金」が登場している。「交換の媒介」はこれからも要りますし、存在し続けます。ただ、「準お金」のようなものも登場していて、明らかにお金の概念の境界が融けていっている。

2019年には「分散型金融(DeFi:Decentralized Finance)」が話題になりました。トークン保有者が「1円1票」で管理するような、ウェブ上の金融機関ですね。分散型金融って、既存の言葉では表現できないですよね。あれに関わっている個人の集団は、組織やチームという言葉では表現しがたい。いちおう自律分散型組織「DAO(Decentralized Autonomous Organization)」という言葉はあるけれど、自律分散しているものを「組織」と呼んでよいのか私はよく分かりません。

いずれにせよ、「個人たち」と「組織」のあいだのようなものが出来ているわけです。組織の概念の境界も融けてきている。言葉の体系に更新を迫るような変化が、すでに社会に起こっているのです。過去、「株式会社」や「国民国家」といった概念の発明は世界を変えてきました。それと同列の変化がこれから発生しうるのだと考えています。

取材・構成:池口祥司
編集:久保田大海
撮影:多田圭佑

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