「QRコード決済の広がりは未知数」──カンム八巻氏「キャッシュレス決済」展望

キャッシュレス決済が盛り上がっている。QRコードを用いたスマホ決済では、PayPayが還元キャンペーンで一気にシェアを拡大。クレジットカードでは楽天カードが決済額で最大のカードになった。LINEとヤフーをもつZホールディングスが経営統合し、メルペイがOrigami Payを買収するなど、運営する企業の合従連衡も進む。

こうした中、6月にはキャッシュレス還元キャンペーンが終わる。果たしてキャッシュレス決済の今後はどうなるのか? VISAプリペイドカード「バンドルカード」を提供するカンムの社長で、一般社団法人Fintech協会の理事も務める八巻渉氏に現状と見通しを聞いた。

非接触のほうが便利、ペイ系は「こない」と思っていた

──PayPayやau PAYなどペイ系アプリが盛んに還元キャンペーンを行っています。政府のキャッシュレス・ポイント還元事業では最大5%の還元をしていることもあって、消費者の関心は高いように思いますが、キャッシュレス業界の現状をどう認識していらっしゃいますか?

実はペイ系アプリによる決済額は、非常に少ないんです。というのもキャッシュレスによる決済のうち8割はクレジットカードが占めています。大ざっぱにいうと、キャッシュレスマーケットは76兆円くらいで、そのうち60数兆円はクレカが占めています。残り10数兆円のうち、Suicaなど電子マネーが5.5兆、おそらく2兆程度をペイ系が占めていると予想しています。

ここまでペイ系が話題に上るようになったきっかけは、経済産業省が2018年に発表した「キャッシュレスビジョン」です。これは、当時18%だったキャッシュレス決済比率を2025年までに40%にするという目標を掲げたものです。

2018年末から事業者が大きなキャンペーンを始めました。ペイ系が目立っているのは、そうした大きなキャンペーンが続いているからに過ぎません。PayPayが2018年末から100億円還元キャンペーンを2度行い、LINE Payも300億円の規模で還元しました。現在はau PAYが大規模なキャンペーンをしています。

QRコード決済/Shutterstock

ただこれも長続きしないでしょう。そもそもペイ系は「こない」(編注:利用されない)と思っていたので、ここまで各社が力を入れていること自体、意外です。ペイ系――いわゆるQR決済の導入は、中小加盟店が主だとみており流通額はそれほど大きくならなさそうだし、顧客にとっても非接触決済のほうが便利だからです。

これからオリンピックが終わり、政府の還元キャンペーンも終わり、キャンペーンを打たなくなったとき、どうなるのか? はたしてユーザーが使い続けるかどうかは、論点になるでしょう。私は現状維持が濃厚だと思います。

──クレジットカードの決済手数料はQR決済よりも高いという話も聞きます。それがペイ系アプリが急速に広がった理由ではないでしょうか?

実はカード決済の手数料は十分安いです。大手小売りチェーンなど、加盟店が多く決済額も大きいところはクレジットカード会社と交渉していて、2%未満など十分低い水準にまで下がっています。そうすると、QRコードと手数料は大して変わらない。

一方で小さい加盟店は交渉能力もなく、本来の手数料率が適用されてしまう。そうした店にしてみれば「クレジットカードは手数料が高すぎる」ということになり、地方の中小の加盟店にしてみれば、「政府のキャッシュレス・消費者還元事業には参加したい、でもクレジットカードは手数料が高い。それならQRコードを導入してみようか」となったわけです。

──キャッシュレスではカードが主軸というわけですね。カードはすでに大手が決まっていて、動きがないように感じるのですが、業界で注目の動きはありますか?

この10年で楽天カードが相当伸びました。カード決済額がおよそ60数兆円くらいのうち、10兆円ほどを楽天カードが占めています。メガバンク三行系列のカードが2番手に移ったのは、初めてのことです。

楽天カードが伸びている要因には、100円で1ポイントが還元されるのが分かりやすいこと、またポイントが楽天経済圏で使えるので価値が高いこと。それと「楽天カードマン」のCMがとてもヒキがよかったことがあります。マーケティングで成功した稀有な例といえると思います。

ポイントが多くついて経済圏で使えるカードには、アマゾンカードもあるのですが、それほど発行数は多くない。楽天カードは、CMによって若い人が楽天カードを作る文化が生まれたから強いということだと思います

早くビジネスモデルの確立・マネタイズしなければ還元は続かない

──あくまでキャッシュレス決済の主役はクレジットカード。それではペイ系のアプリは、どのように戦っていくのでしょうか?

ペイ系アプリでは、PayPayが覇権を取ったと見ています。PayPayの年間決済額が今は1〜1.5兆円ほどだと予想されます。この次は、EC戦略が楽天に勝てるかどうかが重要になると思います。これはなかなか難しいでしょうが、「オンラインの買い物も、オフラインの買い物も全部PayPayを使えばいい」という状況を作れれば楽天にも勝てるでしょう。

そうするとチャージするユーザーが劇的に増えるはずです。キャンペーン用に数千円しかチャージしていなかった人たちが、数万円までチャージするかもしれない。そこにクレジットが乗ってくれば、チャージさえいらなくなる。

伸びてもいいはずなのに今ひとつなのが銀行ペイです。口座から支払いにお金を回すにしても、銀行内の帳簿を動かせばいいだけですから一番安くできるはずなんです。なぜ伸びないかといえば、営業力がないこととマーケティングが下手なことです。だから他の業者が参入する余地がある。

とはいえペイ系アプリも今後、淘汰が進み、残るのは通信キャリア3社とメルカリくらいではないでしょうか。

──還元策をするばかりで、消耗戦のように見えます。キャッシュレス事業者に必要なことは?

早くマネタイズすることです。そうしないとポイントも付けられなくなる。その点、クレカはリボ払いとキャッシングで儲けるモデルを確立させています。ペイ系にとっても、それより強いビジネスモデルを作れないと、当然ながらクレジットカードで一般的となってきている1%以上の還元ができない。

カンム代表取締役社長 八巻渉氏

プリペイドを基盤とした決済事業者には大きな弱点があります。利用者がチャージをする時に銀行の仕組みを通るので、一回ごとに固定の費用がかかってしまうことです。大きな金額なら問題ないですが、たとえば月に5,000円をチャージするのに、1,000円を5回チャージされると痛手になる。そうするとポイント還元どころではないですよね。それを補えるビジネスモデルを作れるかが大事です。

あと、決済手段での勝負ではなくて、何か別のサービス体験を提供する手があります。「QRコードじゃないと不便だよね」というユースケースを数多く作れたら、チャンスがあると思います。たとえばタクシーの車内で、到着前にQRコードで決済するのは便利ですよね。そのような体験をどれだけ作れるかでしょう。

一方で、QRコード決済ではなく、非接触でいいのではないかという指摘もあります。なぜなら、タッチポイントであるRFID(Radio Frequency Identification 、近距離無線通信を用いた自動認識技術のこと。いわゆるICタグ)の単価が安くなっているので、そこら中に貼り付ければ、さまざまなデータと共に活用できるからです。たとえば会議室のテーブルの席にRFIDが貼ってあれば、入退室管理もできますよね。

──中国がその意味で先行していまよね。

中国は大手の加盟店が少なく、送金の延長線上で決済が浸透したのでQRコードでよかったのです。しかしレジの前でスマホアプリを開いてもらい、QRコードの決済画面を読み取るには時間も手間もかかります。

日本は、大手加盟店がすでにクレジットカード決済を導入しており、電子マネーや交通系ICといった非接触決済に慣れた国でもあるので、その延長線上での国際ブランド非接触決済のほうが、顧客からしてもピッと決済するだけなので受け入れやすいはずです。

VISA credit card
VISA creditcard/Shutterstock

ただそうした体験は、キャッシュレス事業者単体では作れません。というのも、キャッシュレス決済を導入したり、それによって新たな体験を提供したりするのは加盟店側だからです。大手加盟店の中でもカギを握るのは、コンビニとショッピングセンター、JR(東日本グループ)だと思います。それらの動向がどうなるかが重要です。

しかし、国際ブランドの非接触にも課題があります。すでに磁気ストライプやICでクレジットカード決済できる中で、なぜ非接触決済まで導入しないといけないのか、という理由づけが不十分なことです。現在、こうした非接触を導入している加盟店は、全国で3万店ほどに留まっています。2020年6月には、セブン-イレブンが非接触を導入しますが、それでも5万店ほど。どこまでの広がりを見せるかは、依然不透明です。同じ非接触といっても、すでに普及している電子マネーとは状況が異なるのです。

仲介業を認めても本質は変わらない

──スーパーアプリ化を見すえて、政府も金融仲介業の創設に動くなど金融法制がより柔軟な方向へ変わりつつあります。この状況をどうとらえていらっしゃいますか?

新たなチャレンジがしやすくなり、エコシステムが作られる意味ではポジティブに捉えています。一方で、本質的に金融法制が変わるかと言えば、何も変わらないと思っています。

銀行や保険の免許がなくても金融サービスを提供できる金融サービス仲介業のように、新しい分類を付け加えても、銀行免許にメスが入るわけではありません。たとえば「誰でも簡単に作れるが、預金は10億円までの銀行」のような枠組みを作れば変わってくると思いますが、そういうわけではない。金融を安定的に稼働させる意味で、現在の法制度はしっかりしていますが、もう少し実験できるように働きかけたいと思っています。

──政府のキャッシュレス決済比率目標は25年に40%で、ゆくゆくは80%ですが、達成できるでしょうか?

今のやり方では一生達成できないと思います。正確に言うなら、年に1%ずつ改善しているので、80年かければ80%になるというだけの話です。

ただ、現金を使う場所がなくなっていけば、キャッシュレスにせざるを得なくなる。たとえばタクシーが自動運転になって運賃を直接払わなくなる、無人のミニコンビニがオフィスに入る、スマートグラスを介して物を買える……。そういう状況になれば流通が変わり、決済も変わるはずです。

または現金自体がデジタルになるシナリオも考えられます。これは中央銀行デジタル通貨(CBDC)の話で、現金がデジタル化されれば、キャッシュレスですよね。どこかの国で実装され、しっかり機能するなら、日本もやらなくてはならなくなると思います。

──そういう未来に向けて、カンムが取り組んでいることは?

カンム代表取締役社長八巻渉氏

投資×決済の領域で新たな取り組みを始めていて、夏頃にリリースします。バンドルカードは、若い人がすぐに作れてすぐにチャージできるカードです。この特徴を推し進めていき、金融サービスは難しいと思っている人向けに、金融に特化して統合サービスを提供できる状況を2〜3年かけて作って行きます。

政府も「貯蓄から投資へ」という題目を掲げています。私は貯金みたいな投資が一番だと思っています。カジュアルに貯金のように扱える金融商品があるべきだと考えていて、それを作っています。

文:小西雄志
編集:濱田 優
写真:多田圭佑