投資理論の歴史を振り返る──暗号資産には合理的な価値評価法が必要

ジェフ・ドーマン(Jeff Dorman)氏はアルカ(Arca)の最高投資責任者。投資委員会を指揮し、ポートフォリオの規模の決定とリスクマネジメントを担当している。メリル・リンチやシタデル・セキュリティーズ(Citadel Securities)などで20年近くの取引および資産管理の経験を持っている。

株式の評価法

デジタル資産への投資はインチキ! この業界の参加者は、トークンやコインがなぜ上昇し、下落するのかをファンダメンタルズ分析で判断するのではなく、単に値動きを予測しようとしている。本質的な価値はない。テクニカル分析に基づいた純粋な投機。完全なギャンブルだ。

これはまた、株式市場や債券市場の最初の300年間の取引の様子を示している。

1602年、オランダ東インド会社は最初の株式を発行した。この交換可能な媒体によって、株主は他の株主や投資家との間で株式を容易に売買、取引できるようになった。

以来数百年、今なら株式の価値を見定めるために利用可能なツールなどないなか、投資家やトレーダーは価格変動を予測しようと最善を尽くしてきた。当時、100ドルで取引される株式は、発行済み株式数、収益、事業見通しとは無関係に、10ドルで取引される株式よりも価値が高いと見なされていた。

オランダ東インド会社の紋章(写真:Shutterstock)

株式市場の暴落と大恐慌を経た1930年代になって初めて、コロンビア大学のベンジャミン・グレアム(Benjamin Graham)教授とデビッド・ドッド(David Dodd)教授が、実際の価値よりもはるかに低い価格の株式を見つけ出し、購入する方法論を確立した。

2人の教授の著書『証券分析(Security Analysis)』は1934年に出版され、その原理は、世界トップクラスのバリュー投資家が現在も使っている投資決定の理論的基礎となっている。

フェイスブックやネットフリックスの価値算定法

ウォーレン・バフェット氏は、グレアム教授から学ぶためにコロンビア大学に進学した(授業ではA+の成績を収めた)。約50年後、フランク・ファボッツィ(Frank Fabozzi)教授は、債券に投資するための同様の評価技法とコンセプトを生み出した。

そしてまもなく、さらに新しい評価技法(メトカーフの法則など)がコンピューター・ネットワークを評価するために導入され、こうした手法は数十年後、フェイスブックやテンセント、ネットフリックスなど、収益をあげる前から高く評価される大手インターネット企業を評価することに使われた。

「投資の神様」とも呼ばれる、ウォーレン・バフェット氏(写真:Shutterstock)

バリュー投資哲学についての著書を持つジスリ・エイランド(Gisli Eyland)氏によると、グレアム教授とドッド教授は「投資家は価格変動を予測しようと考えるべきではないと提起し、株式の選択や投資に対する根本的に異なるアプローチを説明した。そのかわり投資家は原資産の真の本質的価値の予測に努めるべき。時間が経てば、本質的価値と市場価値は一致すると記述した」。

現在、投資家や経済メディアは、株価収益率(PER)、株価純資産倍率(PBR)EV/EBITDA倍率、株価売上倍率(PSR)、配当利回りといった指標を、あたかもそれらはずっと使われてきたかのように振り回し、一方でデジタル資産には本質的価値がないと、上から目線で批判している。デジタル資産は登場から10年も経っていないことを思い出してほしい。

未来のバフェット氏が使うデジタル資産の評価理論とは

暗号資産のグレアム教授とドッド教授はいつ現れるのだろう? 今から50年後、未来の「暗号資産のウォーレン・バフェット氏」が使うことになる評価技法に、人知れずひたすら取り組んでいる人はすでに存在しているだろう。

デジタル資産はまだ生まれたばかりだが、MV=PQで知られるフィッシャーの交換方程式を使った分析から始まって、新しいファンダメンタルズ評価技法が日々、開発・検証・発見されている。

これらさまざまなモデルの多くは、その方法論を裏付けるデータがまだ数年分しかなく、証明されていない。だが、他にもまだ生み出されていないモデルがあるだろう。

これらの方法論にはそれぞれ、長所も短所もある。デジタル資産は企業債券と同様にユニークで、特定のトークンのタイプに応じて最適な評価技法は異なる。

債券に異なる利率、異なる満期、異なる特約条項、異なる特徴があるように、ほとんどのデジタル資産にもユニークな特徴があり、それぞれの分析はこれまでとは異なるものになる(ファボッツィ教授の債券についての書籍が1800ページを超えていることには理由がある)。

我々の見解では、DCF分析はバイナンスコイン(BNB)やUnus Sed Leo(LEO)といった取引所トークンのようなキャッシュを生み出す企業が発行したトークンに利用するのがベストだ。

DCF分析(ディスカウント・キャッシュ・フロー)分析:将来生み出されるキャッシュ・フローを予測し、リスクを反映した割引率で現在の価値を算出する方法。

NVT率は、イーサリアム、EOS、NEOなどのスマートコントラクト・プラットフォームを比較することに適しているかもしれない。

NVT率:暗号資産の時価総額÷24時間取引量で表される指標

メトカーフの法則の派生版、あるいはTAM(Total Addressable Market、実現可能な最大市場規模)分析は、ローンチ前の初期段階にあるトークン、あるいは現在測定が困難な分野に利用されているトークンに利用できる。

頭の良い仮想通貨アナリストたちが、デジタル資産を評価するための新しい方法論を開発している。こうした指標が広く受け入れられると、暗号資産の値動きは、合意され、検証されたファンダメンタルズ評価に基づいて決まるようになるだろう──まさに債券や株式市場のように。

私はウォール街でのキャリアを2001年にスタートさせた。出社初日までに、フランク・ファボッツィ教授、グレアム教授、ドッド教授の著書を読むように指示された。そして、こうした評価技法の正当性を一度も疑ったことはなかった。皆がそうしていたから、私も単にこうした技法を採用した。

もし『証券分析』が出版される前の1901年にキャリアをスタートさせていたら、株式銘柄の略称の読み方を学ぶように指示されていただろう。

株式市場は、振り返ると愚かに思える企業評価法とともに前途多難なスタートを切ったが、順調に推移した。債券市場も同じだった。デジタル資産もそうなるだろう。

投資家はこの新しい資産クラスへの投資において、よりオープンマインドで、長期的視野に立った手法を採用した方が良いだろう。

翻訳:山口晶子
編集: T. Minamoto、増田隆幸
写真:”A Mad Dog in a Coffee-House” by Thomas Rowlandson, via Wikimedia
原文:Crypto Needs a Rational Value Investing Model