ベーシックインカム:パンデミックで活発化する議論──中央銀行デジタル通貨が鍵を握る

コロナ危機の到来を受け、突如として話題に上ったユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)。これは、全市民を対象に、労働実態など個々の状況にかかわらず定期的な給付金を渡して生活のための最低所得を保障する構想である。経済活動をしたくても制限や自粛を求められる今日、その必要性が叫ばれ始めている。本稿では、その課題と展望、また手段としての中央銀行デジタル通貨が持つ可能性を探る。

ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)

政府に対して、(大半の者に出勤せず自宅待機していて欲しいのだから)労働を要件とすることなしに、また資力調査なしで(つまり所得に応じた調整なしに)定期的な収入を全員に与えるよう、多くの者が要求しており、以前よりもUBIの現実味が増していると言えよう。

ここで、UBIの支払いについて特徴をまとめてみたい。

  • 定期的(つまり1度きりの「緊急救済策」としてではなく)
  • 直接(つまり銀行のような仲介業者を通さずに)
  • 世帯や家族ではなく、「個人」に対して
  • 無条件に。つまり労働を要件としたり、資力調査することなしで(高所得の場合、税金として取られる可能性もあるが)
  • 一律(ユニバーサル)に。つまり年齢、性別、人種、宗教、階級、収入、その他あらゆる条件に関係なく

しかし、UBIの提供には課題がある。お金やプリペイドカードを物理的に届けるのに必要な、身元や住所の最新情報を必ずしも政府は把握していない。小切手や銀行送金では、銀行を利用していない人々が除外されてしまう。そこで、新たな登場人物が入り込む余地が生まれる。UBIを届けるのに効率的な方法としてデジタル通貨の発行が可能な、中央銀行などだ。

現状の福祉制度は限界に

政府はすでに、各種給付金の対象者に対して定期的な支払いを行っているが、これらの多くは銀行を介している。フード・スタンプ(Food Stamps:低所得者向けに食料購入補助としてクーポンを支給する米国の制度)のようなプログラムは銀行を通さないが、フード・スタンプは限定的にしか利用できないため、しばしば貧困層はそれを換金する。人は基本食料品のみでは生きていけないからだ。また、給付金制度の多くは、現金で支払われるものだったとしても、個人でなく世帯単位で支払われる傾向にあり、例えば虐待を受ける女性には難点となる。筆者の暮らすイギリスに目を向ければ、保守党政府による欠陥あるユニバーサル・クレジット(Universal Credit)制度の下では、労働に関する厳格な要件が人々から生活の糧を奪う一方で、給付金なしで自活できるようあまりに早急にせき立てることで人々の労働意欲が削がれていく様が見て取れる。福祉制度とは生来、複雑で思い通りにならないものなのだ。

目前の危機に対して、福祉制度は限界を超えて無理が来ている。そして、誰もが必要とする最低限の所得を政府は届けられないことが露呈した。筆者個人としては、全ての者が最低所得の保障(ベーシックインカム)を受ける権利を有するべきだと考える。

現在、全ての個人に対して無条件のベーシックインカムを、デジタル・キャッシュという形で提供する差し迫った必要性と、幾つもの実務的な理由が見られる。しかし、どのようにすれば上手く機能するだろうか。

ベーシックインカムが機能するには

まず、UBIは奪うことのできない権利となる必要があるが、国の借金が増えるような形での支給は現実的ではない。国の借金は最終的に税金から返済され、人々は、過剰に税金を使う福祉プログラムを廃止しようと投票することができるし、実際にそうするだろう。

UBIに対する最大の批判としては、収入の多寡に関わらず全員に支給される点が挙げられる。もちろん、高所得者に高税率を課すことで、事実上税金として取ってしまうことができるが、政治の観点から見れば、税収を財源とした時点で、UBIの「U(一律)」の部分がすぐに取り払われてしまうことになるだろう。

そこで、まったく異なるお金の出処を検討てみよう。中央銀行である。

中央銀行がUBIを届けるには2つの方法が考えられる。1つ目は、中央銀行が人々の銀行口座に送金するという方法だ。できる限り多くの人に確実に支払われるようにするためには、全員に基本的な銀行サービスを提供するよう、政府が銀行に義務付ける必要が出てくる。しかしそれでも、あぶれる者が発生するだろう。そして結局のところ、人々に銀行口座の開設を強制することはできず、口座を持たない選択をする者もいるだろう。

2つ目として、より急進的な手段が考えられる。市民の全員が中央銀行に口座を持つというものだ。無論、中央銀行は個人への支払いを仲介する存在ではないため、支払いネットワークへの窓口役が必要となる。ここで、何が必要になってくるだろうか。

中央銀行デジタル通貨(CBDC)

この時に、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の出番となるのだ。現在の、銀行が支配的である支払いシステムに対して窓口を設けるのではない。それでは先程と同様、銀行を使いたくない人々にとって厄介になるだけだ。そうではなく、中央銀行がデジタル通貨およびそれに結びつくウォレットを作ることを考えてみていただきたい。このデジタル通貨は、中央銀行の保証する法定通貨と1対1で裏付けされるステーブルコインである。

中央銀行は毎月、ウォレットにこのデジタル法定通貨を支給する。人々はスマートフォンその他のデバイスを通じてウォレットにアクセスする。希望すれば、このデジタル通貨を銀行口座に送ることもできるだろう。または、直接使ってしまうこともできるだろう。なぜならば法定通貨の裏付けが保証されるため、モノやサービスへの支払い手段として受け付けられるからだ。アプリが林立し、様々な用途でデジタル法定通貨を利用可能にすることが見込まれる。さらに、デジタル法定通貨を他の仮想通貨に交換することもできよう。

インフレへの懸念と中央銀行の役割

ここで、「インフレについてはどうするのだ」という声が聞こえる。市民への無条件で定期的な給付は、インフレのリスクを増大させるのではという懸念だ。答えは次の通りである。インフレを管理するのは、中央銀行の仕事だ。中央銀行は、消費者物価が上昇し始めたら給付額を減らし、下降したら増やすというように、調整が可能である。もしくは、金利をずっと高く保ち、銀行の貸付を抑え、経済の負債に対する依存度を減らすこともできる。多くの者がこれを歓迎するのではないだろうか。

もちろん、中央銀行がCBDCを利用してUBIを届けられるという考えは、一部の不評を買うだろう。中央銀行は存在すべきでなく、お金は完全に分散化されるべきと考える者たちだ。しかし、完全に分散化されたUBIは非現実的である。多くの国において、中央銀行は政府から独立した立場にあり、政治家の気まぐれにはほとんど左右されない。毎月定期的に無条件の給付を全員に行い、それに伴うインフレを管理するには、最適の存在なのだ。こうすれば、もし次なる災難に遭った際、不十分な給付金と税制、そして原始的な支払いネットワークの寄せ集めを通して人々にお金を届けようとして再びもがき、失敗することはなくなるだろう。

今回の危機を受けてCBDCに着手するのは遅きに失する。しかし、出口戦略の一環として、できる限り早くCBDCを作る計画を立て、UBIに関する憲法上の権利を確立すべきだ。次なる災難に見舞われた際、人々が生きていけると始めから思えるように。

フランシス・コッポラ(Frances Coppola)氏は、銀行、金融、経済をテーマにしている。著書の『The Case for People’s Quantitative Easing』では、現代のお金の創出と量的緩和の機能を説明し、景気回復のための「ヘリコプターマネー」を提唱している。

翻訳:山口晶子
編集:T. Minamoto
写真:Shutterstock
原文:How Central Banks Could Use Digital Cash to Deliver Universal Basic Income