バリ島でコロナ危機と戦うレストランシェフ──低所得者を守る60兆円の海外送金に高い手数料は必要か

バリ島の人気レストラン「バグース・シェフ(Warung Chef Bagus)」が店のドアを閉めた時、キッチンに残されたのはバーベキューリブの香りだけだった。

世界的な渡航制限で島から観光客の姿が消えると、シェフとキッチンスタッフたちは冷凍庫を空にして、棚を整理、食材を調理した。作り上げた150食分は、困窮した人たちに食事を提供する地元の慈善団体に寄付された。

バグース・シェフの30人のスタッフは2月下旬から、バリの自宅で仕事に復帰できる日を待ち続けている。

観光に依存するバリ島の深刻さ

バリ島のGDPの7割以上は観光業が占める。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、島民の生活を一変させた。それでも、シェフは観光地・クタの貧しい家庭に卵や麺、米を届け続けた。

「カルマ(業、宿命)だと思ってます。この状況の中で、他者を助けることは、私たちにとっても良いことだ 」とシェフは話す。

私がシェフを知ったのは、私の母が送ったメールがきっかけだ。ある日、母はバリ島のシェフに10ドルを安全に送金するにはどうすれば良いのかと、メールで尋ねてきた。

安全か? たぶん安全だろう。安く済むだろうか? 残念ながら、安くはない。

母は国境を超える小額送金を習慣的に行うような人ではなかった。オーストラリアからインドネシアに10ドルを送金するために、銀行に手数料として10ドルを支払う必要があると伝えた時、母は椅子から転げ落ちそうになった。

これは海外に小額送金をしたい人なら誰もが直面する問題だ。法外な手数料がかかる。国境を超えた支払いシステムは非常に複雑で、お金は多くの仲介者を経て、それぞれの仲介者が手数料をとり、ようやく目的の送金先に到着する。

豪史上最大のマネーロンダリング事件

また、送金されるお金が違法行為に関連していないことを確認するために必要なデュー・デリジェンスにもお金がかかり、さらに違法行為を見落としたり、対処に失敗すると深刻な結果をもたらす。

2019年、オーストラリアの規制当局は、児童搾取の疑いのあるフィリピンの人物に同国のウエストパック(Westpac)銀行の小額送金システム「ライトペイ(LitePay)」を通じて繰り返し送金が行われていたことを突き止めた。

これは同国史上最大規模のマネーロンダリング(資金洗浄)事件となり、同行のブライアン・ハーツァー(Brian Hartzer)CEOは責任を問われて辞任した。

私はこうしたことを母にビデオ通話で説明した。母は恐怖と混乱に陥っていた。母はバーベキューリブのレシピを手に入れ、バーチャルクッキング教室を予約するために10ドルを送金したいだけ。なのに私はなぜ、悪夢のようなニュースを彼女に伝えたのだろう?

オンラインクッキング教室

バーチャルクッキング教室のアイデアは、シェフの熱烈なファンが彼のフェイスブックに押し寄せ、有名なバーベキューソースのレシピをリクエストしたことが発端となった。シェフが生み出した甘く、ねっとりしたバーベキューソースは、クタを訪れる世界中の観光客の間でカルト的な人気を博していた。

そこでシェフは、バリで随一の人気を誇る料理教室をオンラインで開き、収益を地元の救援活動に充てることを提案した。すぐに彼のもとには、家に閉じ込められていた数百人のファンが寄付をしようと集まってきた。彼らは自宅でシェフと一緒に料理すること、そしてビーチのコミュニティーに恩返しできることを楽しみにしていた。

しかし、小額送金にかかる法外なコストが、すべてを台無しにした。

バリに行けないから、バリが家にやって来た。料理教室は無駄にならなかった! シェフのバグス・ウィズナワ氏も誇りに思ってくれるはず!

バリ好きが思いついた回避策

だが、コロナウイルスが発生する前の14カ月間で、10回バリを訪れたメルボルン在住のヘザー(Heather)が回避策を思いついた。

シェフに送金したいオーストラリアの人たちは、彼女の銀行口座に送金する。そして彼女は毎週金曜日、バリにあるシェフの銀行口座にお金をまとめて送金する。料理教室の参加者リストと銀行口座の明細を確認するためのレポートも一緒に。

個人間の送金に4ドルの手数料がかかる送金アプリを使って、週に一度、寄付をまとめて送金することは合理的とヘザーとシェフは判断した。お金をグループでまとめて母国の家族に送金する移民労働者など、海外に小額送金したい人たちにとって、これは法外なコストを避けるための良く知られた方法だ。

シェフがヘザーの銀行口座情報をフェイスブックのグループに公開すると、お金が集まってきた。最初の送金は大成功で、51人から1020ドルが集まった(求められた寄付額は10ドルだったが、多くの人がより多く寄付した)。

未来への希望

この勢いに促されて、ヘザーはバリの他の人たちにも同じことを提案した。

コロナウイルスの影響でいつも使っている会場が閉鎖された大人気の地元カバーバンド「Justin n’ Friends」は、フェイスブック・ライブ(Facebook Live)を通じた「ライフストリーミング」という新たな活動の場を見つけた。バーチャルコンサートの観客はチャット機能で曲をリクエストし、ヘザーの口座を使ってチップを送ることができる。

しかしバリのすべての人が、デジタルに移行できる商品やサービスを持っているわけではない。

例えば、ヘザーがバリに行くたびに利用しているドライバーがそうだ。コロナウイルスによって、彼とその家族が観光客が減った影響を受けていることを知って、彼女は毎月彼に送っていた金額を増やした。

ヘザーにとって、これはエモーショナルな取引だった。単なるお金の問題ではなく、送金は友情、家族、未来への希望を表していた。

国連が掲げる目標

国際送金は、開発金融の世界最大級の資金源となっている。世界銀行によると、2019年には低・中所得の国々に過去最高の5540億ドル(約60兆円)が送金された。これは公式の開発援助の3倍に相当する。

開発金融:発展途上国の経済開発に必要な資金調達や資金提供を行うこと。

送金されたお金は、貧困や飢餓と戦い、可処分所得を増やし、健康と幸福を考える余裕を与えることで、世界で最も脆弱な人々の生活の質に大きな影響を与える。教育とベンチャー育成もしばしば優先的に資金が提供され、不平等のサイクルを打破する機会を生み出している。

新型コロナウイルス発生以前、クッキング教室で教えるシェフ・バグース
出典:Bubby Ouchirenko

国連の「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)」は、送金の平均コストを送金額の3%以下にすることを目指している。だが現在、200ドルを送金するコストの世界平均は6.9%、真剣な取り組みが必要だ。

移民労働者の収入減や失業によって、2020年の国際送金は20%の大幅マイナスが予想され、解決策を見出すことはより重要になっている。

世界的なロックダウン(都市封鎖)によって、世界中でお金を物理的に移動させることはますます困難になり、経済的に弱い立場に置かれた家庭が海外からの送金に頼っているような国では壊滅的な影響を及ぼしている。

主に新興経済国における17億人の「銀行サービスを利用できない人たち」のために、最終目的地で現金が支払われる物理的な場所が不可欠。その間をつなぐ送金企業には、家賃、従業員の給与、地元エージェントへの手数料などの高いコストがかかる。必然的にこれらのコストは顧客に転嫁される。

大手送金企業の既得権

ウエスタンユニオン(Western Union)やマネーグラム(MoneyGram)のような大手送金企業は、郵便局、コンビニ、質屋などと独占的な取り決めを結ぶことができるため、選択肢は限られるだろう。巨大企業は、小規模な競合企業の市場参入を阻止することで、自らが手にする高額の手数料を守っている。

こうしたことが、信頼できる友人、家族、ときにはまったく見ず知らずの旅行者に現金を運んでもらうという、非公式な手段が広がる理由の一端となっている。確かにこの手段はリスクは高い。だが他に選択肢がない人もいる。

送金企業が求めるデュー・デリジェンスをクリアできるID(身分証明者)を持っていないのかもしれない。不法移民かもしれないし、非公式なシステムを使っていることに気付いてすらいないのかもしれない。

こうしたお金の動きを測ることができれば、国際送金の総額は、公式の2倍にのぼる可能性があると考えられている。

OECDの報告書

今、読者であるあなたが何を考えているか、私にはわかる。すなわち、国境を超えた性質を持ち、取引の透明性と、ユーザーのプライバシーおよび自己アイデンティティを提供できる、ピアツーピア決済のために作られた分散型電子キャッシュシステムがあれば良いのにと考えているだろう。

OECD(経済協力開発機構)は、まさにこの問題について2020年の報告書で同じ考えを表明しており、ブロックチェーン技術は、国際送金をめぐるコストと信頼性の問題に対処できる解決策となり得ると述べた。ブロックチェーンは仲介業者を排除し、取引全体で透明性を促し、より効率的で費用効率の良いデュー・デリジェンスを実現する。

歴史ある送金企業のマネーグラムでさえ、2019年半ばにリップル(Ripple)と提携してブロックチェーンに参入、デジタル通貨XRPを使って、国境を超えた決済と外国為替に変革をもたらそうとしている。最近ではその最大のライバルであるウエスタンユニオンがマネーグラムの買収に向けて動いていると報じられた。

それでもなお、OECDはブロックチェーンは比較的新しい技術で、業界全体が初期段階にあり、政策や規制が整備途上にあることを認識している。

ブロックチェーンの可能性

おそらくこれが、シェフやバリのバンドがブロックチェーンなど聞いたこともなく、ヘザーがビットコインは詐欺と考えている理由だろう。そうだとしても、彼らはユースケースについては多くの人よりも理解できると思う。

慈善団体にお金を寄付して、団体がそのお金を公平に分配してくれることを信じるよりも、自分のお金の行き先を選んで、コントロールしたいというヘザーの願望は、中間業者を排除するメリットに関するブロックチェーンコミュニティの精神とほぼ一致する。

国境を超えた小額決済は、依然として解決できていない難しい問題であり、現在の世界的な危機は、人々や国の間でお金を移動させる方法について新たな考え方を生み出すことにつながるかもしれない(インドネシアではフェイスブックが主導するデジタル通貨リブラに道を開くかもしれない)。

厳格な規制が貧困層を助けるコストを上げ、参入障壁となるなかで、消費者にパワーを与えることと、消費者を守ることのバランスを見つけることは難しい。だが、送金をあまりに難しいことにする必要はない。誰であれこの問題を解決できる人は、世界最大の未開拓市場を手にすることになる。


リア・キャロン-バトラー(Leah Callon-Butler)は、アジアの経済発展におけるテクノロジーの役割に焦点を置くコンサルティング会社、エンファシス(Emfarsis)のディレクター。

翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸、佐藤茂
写真:バグース・シェフ(リア・キャロン-バトラー)
原文:An Indonesian Chef and the Remittance Industry’s $554B Problem