メタバースの10年を予測:メタバースの“ゴッドマザー”が告白【独占】

化粧品ブランド「クリニーク(Clinique)」の経営陣は、頭を悩ませていた。「メタバースに進出」したかったが、悪趣味になるのは避けたかったのだ。そこで、キャシー・ハックル(Cathy Hackl)氏に電話した。「メタバースのゴッドマザー」と呼ばれる人物だ。

メタバース黎明期からのベテラン

彼女の経歴を紹介しよう。メタバースコンサルティング企業フューチャーズ・インテリジェンス・グループ(Futures Intelligence Group)の「最高メタバース責任者」を務めるハックル氏は、10年にわたってメタバース関連の分野で働いてきた。つまり、メタバースの幕開け以来ずっとということだ。

スティーブン・スピルバーグ監督に聞いてみれば良い。映画『レディ・プレイヤー・ワン』撮影時、スピルバーグ監督はバーチャルリアリティ(VR)ヘッドセットを手がけるHTCバイブ(HTC Vive)と手を組んでいたが、そこでハックル氏は「VRエバンジェリスト」として働いていた。

拡張現実を手がけるマジック・リープ(Magic Leap)在職中には、メタバースという言葉の生みの親、作家のニール・スティーヴンスン氏と働いたこともある。そして、現在のメタバースブームが始まる1年以上も前に、「The Metaverse Is Coming And It’s A Very Big Deal(メタバースがやって来る。これは本当に一大事)」と題された記事などを、フォーブス誌に投稿していた。

あまりに一大事で、ハックル氏はアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)での割りの良い仕事を辞め、「メタバースに大きく賭ける」ことにしたくらいだ。現在は、この奇妙で新しい市場でどのような立ち位置を取るべきか、クリニークなどのブランドにアドバイスしている。

メタバースはなぜ暗号資産(仮想通貨)関係者が認識している以上に大きなものであるのか?アバターはどうして急速に「私たちの感情的代理」になっているのか?そして、あらゆる企業がメタバース戦略を必要とする未来とは?ハックル氏に聞いた。

そもそもメタバースとは?

──「メタバース」という言葉は、10人いれば10通りの解釈がある。暗号資産の分野においてさえも。顧客に対しては、最初にどのように説明しているか?

キャシー・ハックル氏:たいていは、歴史を振り返るところから始めている。ウェブ1は情報をつなげて、インターネットが生また。それがブランドにとって、何か変化をもたらしただろうか?おそらくイエス。ウェブ2は人々をつなげ、ソーシャルメディアやシェアエコノミーが生まれた。それによってブランドに何か変化があったのか?もちろんあっただろう。

そして今、ウェブ2がウェブ3へと進化している。ウェブ3は、人、場所、モノ、あるいは人、場所、資産をつなげる。そして人、場所、資産は時に、完全にバーチャルな環境に存在することもできる。たいていの人は、そのように考えているだろう。

しかし、ウェアラブルデバイスを通じて、ある程度の拡張を伴った実世界にあることもできる。つまり、ウェブ3がメタバースの誕生を可能にしているとも言え、メタバースは実世界とデジタル世界の集約だ。インターネットの次に登場して来るものの後継者と思ってもらえれば良いだろう。デジタルのライフスタイルが、実際の暮らしに追いついていく、という感じだ。

──それはかなり包括的な見方ですね。つまり、ディセントラランドのようなブロックチェーンプロジェクトだけではなく、伝統的プラットフォームによる拡張現実も含むということですね?

ハックル氏:スナップチャットでさえも、カメラで拡張現実向けにできることは、メタバース事業だ。それもすべて、メタバースの一部だ。私の見方はかなり包括的だが、その一部は、VRハードウェア、空間コンピューティング、拡張現実ハードウェアの分野で働いてきた経験からくるもの。メタバースが単にバーチャルリアリティであると考えたり、完全に没入的なものだけだと考えるのは、とても狭い見方だと思う。とてもディストピア的な見方だ。

──それほど広範な定義の場合、ブロックチェーン・メタバースプロジェクトというのは、「メタバースというパイ」全体から見ると、ほんの小さな一切れに過ぎないということになるのでは?

ハックル氏:小さいが、絶えず大きくなり続けている。ソフトバンクは(ザ・サンドボックスに)シリーズBで9300万ドルの投資を行った。アップランド(Upland)も確か、3億ドルの評価額で1800万ドルの資金を調達したはずだ。NFTゲームメタバースなど、多くのブロックチェーンプロジェクトが、本当に急速に成長している。

──ブロックチェーンは、あなたのメタバースのビジョンの中でどのような位置にありますか?

ハックル氏:私たちの多くが夢見るオープンな分散型メタバースは、ブロックチェーン抜きでは実現できないだろう。ブロックチェーンは基盤となる要素。NFTはと言えば、デジタル資産の所有権やデジタルアイデンティティの点で、メタバースへの足掛かりとなるものだ。実際にメタバースをどうやって実現するのか?NFTはそこで大きな役割を果たす。

ブランドはどう攻めるか?

──ブランドにとって、最も大きなポテンシャルはどこにあるでしょうか?

ハックル氏:私が模索しようとする大きなテーマの1つは、「D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー:小売業者などを介さずに、自社で開発、制作した商品を直接消費者に販売するビジネスモデル)の次なる形が、D2A(ダイレクト・トゥ・アバター:アバターへの直接販売)になるのか?」というものだ。私たちはメッセージを送る時、絵文字を使う。もう文字を入力したりはしない。絵文字を使って、メッセージを表すのだ。私たちの使う絵文字、その延長として私たちのアバターが、私たち自身の感情を代弁する存在になっている。

アバターで自分を表すというのは、重大なことだ。自己表現、自己探求のチャンスなのだから。そこにブランドがどのように関わってくるか?アバターには衣服を着せる必要がある。例えば、自己表現のために、ブランド「シュプリーム(Supreme)」の服を着たい、と思うかもしれない。

ファッションと文化は共に歩むもの。アバターはどのような見た目で、どんなものを着るか?ブランドにとっては、多くのチャンスがあると思う。より若い世代と関わっていくチャンスもあるだろう。

──一部のブランド、とりわけウェラブルやファッション業界のブランドにとって、アバター事業に関わっていくのが当然というのは分かる。しかし、関連性がそれほど明白ではないブランドの場合はどうだろう?例えば、食品会社は、どのようにメタバース事業を展開するのだろうか?

ハックル氏:レストランチェーンのチポトレによるキャンペーンによって、ゲームプラットフォーム「ロブロックス(Roblox)」がダウンしたと噂になったことがある。(実際には、サイトダウンの原因はサーバーの問題であった)

しかし、チポトレのようなブランドが参入してきて、「ブリトーキャンペーンをやろう。ゲーム内で100万ドル相当のブリトーをプレゼントする」と言うこともできる。そのような取り組みは興味深く面白いものだと思うし、ユーザーたちも惹きつけられ、楽しめるだろう。

成功に向けた課題

──メタバースがよりメインストリームになるために乗り越えなければならない大きなハードルは何だと思うか?

ハックル氏:多くの課題を解決する必要があるだろう。実際に(デジタル)ウォレットを持っている人の数を見てみると、それはとても少ない数だ。世代の問題もあるだろう。私の子供たちは、より上の世代ではおそらく理解できないような形で、デジタルオーナーシップを理解している。

デジタルアイテムやスキンを買うのが大好きなのだ。彼らが大きくなったら、「ロブロックスであれだけたくさんのお金を払って買ったこのアイテムを、(ゲームプラットフォームの)フォートナイト(Fortnite)に移動できないのだろうか?」と疑問に思うはずだ。ゆくゆくは、そうなってくれることを期待するだろう。

──そうなると、NFTがさらに評価され、オープンな世界を望む声も強まると言うことですね。メタバースの成功には、他に何が必要でしょうか?

ハックル氏:コンピューターによるデータ処理能力が、相当必要になってくるでだろう。現在、半導体チップに関連したサプライチェーンの問題があるため、歩みは遅くなるかもしれない。

メタバースの向かう先を理解するために、ブランドチームだけではなく、組織内での教育も、多く必要となるだろう。企業側としては、すでに人材をめぐる争奪戦が起こっている。採用は困難だ。あらゆる企業がメタバース戦略を必要としていると気づく頃には、採用はさらに難しくなっていくだろう。だから私は、幹部を教育するために、(NFTやメタバース投資を手がける)リパブリック・レルム(Republic Realm)と手を組み、リパブリック・レルム・アカデミーを設立した。

──フェイスブックの立ち位置はどのようになるでしょうか?マーク・ザッカーバーグのメタバース事業について、どのようにお考えですか?

ハックル氏:良いことも悪いことも受け入れるつもりだ。私たち関係者の多くが何年も続けてきたことが、認められた証拠なのだから。そこは、喜んで受け取りたいと思う。

一方で、フェイスブックが「メタ」と言う文字通りの名前を採用したことで、メタバース全体に疑念や影を落とすことも確かだ。大きな問題は、人々がメタバースをフェイスブックだと取り違えてしまうこと。そうではないのだ。

あるイベントで、講演者たちと食事をする機会があった。席に着くと、仕事を聞かれたので、「メタバース戦略を担当している」と答えた。すると、「フェイスブックか?」と聞かれた。

そのようなレベルでの混乱が生じている。フェイスブックがメタに社名変更したというニュースをどれくらいの人が読んだのかは分からない。多くの人は、そこでメタバースという言葉を知っただろう。

この先の見通し

──映画『レディー・プレイヤー・ワン』のようなメタバースにたどり着くまでに、どれくらいかかるだろうか?

ハックル氏:そもそも、「ザ・オアシス(『レディー・プレイヤー・ワン』に登場する完全没入型のプラットフォーム)」は、目指すべき形ではないと思っている。ディストピア的で、実世界がメチャクチャになってしまったので、現実逃避する必要があったのだ(笑)。

私は現実逃避を求めていない。メタバースには、楽しみが必要な時に、インスタグラムの代わりに行ける楽しい場所であって欲しい。

──そうなるまでどれくらいかかるだろうか?

ハックル氏:いつになるか予測できる人はいないと思うが、この先10年間は開発と開拓の10年になるだろう。私たちは皆、試行錯誤しながら、メタバースの仕組みを理解しようとしている。そうやって基盤を築く10年間なのだ。

変化の時であり、クリエーターたちの時代だ。開発の時だ。何を意味するのか?どこに向かっているのか?企業やブランドはその未来に備えるために、何をしなければならないのか?といったことを、見極め始める時だろう。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Cathy Hackl: The ‘Godmother of the Metaverse’