メタバース投資家のマシュー・ボールが予測するメタバースの世界

メタバース、メタバース、メタバース!今やあらゆるところで耳にする言葉だ。メインストリームでさえも聞かれる流行語であり、最新の企業戦略にすら登場する。

先見の明

しかし、2018年初頭にはそんなことはなかった。その頃、アマゾン・スタジオの元戦略責任者マシュー・ボール(Matthew Ball)氏は、メタバースをテーマにしたシリーズの執筆を始めた。不気味なほどの先見の明を持った長文で、影響力のある評論だ。

「SF作家たちが描く幻想的な構想には届かなかったとしても、メタバースは新しいコンピューティングプラットフォーム、あるいはコンテンツメディアとして、何兆ドルもの価値を生み出すだろう」と、ボール氏は2020年1月に指摘。

彼にとっては、すでに何年もじっくりと考えてきたトピックであった。

「メタバースのコンセプトには、何十年も馴染みがある」と、ボール氏は電話インタビューで語り、「そのトピックにまつわる文学作品は、1930年代にまでさかのぼる」と指摘した。

ボール氏は、メタバースについての教育を受けたのはビデオゲームだ。長年熱心なゲーマーであり、細部にまで注意を払ってきた。

「(ゲーム会社)エピック(Epic)のCEOティム・スウィーニーは、『体系化されていない非ゲームでの交流と世界の創造」のために、90年代後半には(ビデオゲームの)『Unreal Tournament』の最初のシリーズに、メタバーススタイルの機能を組み込んだと語っていた」とボール氏は説明する。

つまり、メタバースというアイディアは新しいものではない。2018年、ボール氏は何かに気づいた。大きなシフトが起こっているのを感じたのだ。

「没頭しているユーザーの数が飛躍的に増加した」と、明瞭な声でボール氏は振り返り、『セカンドライフ』は最盛期でもユーザーが数百万人だったのに対し、『フォートナイト』は月に1億人にまで膨れ上がったと指摘した。

「ゲームをプレイするのではなく、体系化されていない交流と創造という活動が、非主流で付随的なものから、ゲーム体験における中心的存在になったのだ」と、ボール氏は語る。

今ではベンチャーキャピタリストになったボール氏は、これらの評論をまとめ、アップデートしたり、考えを広げて、一冊の本にまとめた。『The Metaverse: And How It Will Revolutionize Everything(メタバース:いかにしてあらゆるものに革命を起こすか)』だ。

多岐にわたる話題について語る中で、ボール氏は個人的なリサーチの習慣(ビデオゲームをたくさんプレイする)から、メタバース投資の原則(同じことを繰り返すのではなく、違う考え方をする)、創業者に求めるもの、そしてメタバースはもしかしたら、一般に考えられているものとは異なっている理由まで、明らかにしてくれた。

(下記のインタビューは要約、編集済みです)

日々の習慣

──まず、習慣から話を始めましょう。あなたはテックに関する非常に「大きな全体像」を見ることで知られている。そのような幅広い視点を保ち、常に入ってくるニュースや雑音に圧倒されないよう、どのような習慣、仕組みを持っているか?

マシュー・ボール氏:その質問への答えは分からない。私の日常は、かっちりと体系立ったものではない。行動パターンから言えるのは、ツイッターと新聞をたくさん読むということ。ニュースレターにはまったく登録していない。

そしてこれが一番重要な点だが、私はすごく多くの時間を、ポートフォリオ企業のスラック、テレグラム、シグナルのチャットに参加することに費やしている。そういう意味では、私はとても恵まれている。

業界でも最も賢い人たちは、初期段階の起業家に多い。彼らの主張を読み、彼らが誤解されているナラティブだと考えるものを説明してもらうことは、他では手に入れ難いものだ。

1日のうちおそらく2、3時間が、開発の時間だ。アイディアを具現化する創業者や起業家、ビジネスパートナーとの比較的ざっくばらんとした対話にほとんどの時間を費やしている。

もうひとつ、私はビデオゲームをたくさんプレイするんだ。

──たくさんというのはどれくらいですか?

ボール氏:平均すればおそらく、1日に1、2時間くらいだろう。この分野に投資している人たちにとって最大の問題の1つは、彼らが実際にビデオゲームをプレイしないということだ。この分野は非常に洗練されており、微妙で、あまりに急速に変化しているので、日常的に触れていないと、理解するのは難しい。

最高なのは、(ビデオゲームをすることが)社会的な手段として広まっており、私はしばしば創業者やビジネスパートナーたちとプレイできる点だ。つまり、彼らの主張を聞いたり、議論や調査をしたり、ニュースを発見したりという作業は、仕事の時間ではなく、『フォートナイト』や『コール オブ デューティ』といったゲームの中で起こる。

──今の発言で、何千人、もしかしたら何百万人ものゲーマーを最高に喜ばせたのではないだろうか。ゲームで遊ぶことは「投資のリサーチ」なんだと。最近1番プレイしているゲームは?

ボール氏:つい先日、『Horizon Forbidden West』を終えたところ。今は『フォートナイト』をプレイしているが、『エルデン・リング』にもハマっている。

──良いですね。個人的習慣についての質問に対して、日常生活には決まった体系はないと言われたが、明晰に考えられるようにするために、何かほかにしていることは?瞑想や昼寝?

ボール氏:ある。そのためにやっているということではないが、当然の副産物としてそうなるんだろう。1日に5〜10km走っている。その間は大抵、テレビを観ているが、時には仕事をしたり、考え事をしたり。それから犬と一緒に、1日に60〜90分ほどハイキングもする。森の中で。その時は、頭の中で対話をしたり、時には何かを書き留めたり。だが大抵は、仕事について振り返っている。

──考え抜かれた長文の評論を書くのに、多くのエネルギーを費やし、それを誰でも読めるようにオンラインで発表されている。ツイッターで考えをシェアするのとは対照的な、昔のやり方への回帰のようにすら感じられるが。そのような手法を取ったのはなぜか?

ボール氏:それは良い質問だ。常にそういうやり方に惹かれていた。元々は、読む人を意識して書いたものではない。今でもそうではないと思いたい。何か言いたいことがあるから、書いたんだ。執筆のプロセスは、自分を啓蒙するようなものだった。そして幸運にも、読み手を見つけることができた。

時には自分の正気を犠牲にするような形で、書きたい衝動に駆られる。半分や80%、あるいは10%だけ書いておくと、ひどく気が散る。だから発表して、フィードバックを受け取るという形に惹かれる。

投資のポイント

──思慮に富んだ評論はもちろんだが、投資でもあなたは有名だ。投資の原則、あるいは、メタバース分野で投資を検討する時に、鍵となる問いのようなものはあるか?投資を評価するための仕組みや、枠組みのようなものは?

ボール氏:いいや。ただ、これだけは言える。私は概して、より多くのものが、そのまま同じ状態でいるよりは、変化していく方に賭けたいと思っている。

「これ用のウーバー」や「あれ用のAirbnb」といったバージョンをしばしば目にするだろう?それが今度は、「マッチングのためのものだけど、メタバース用」、あるいは「バンキングサービスだけど、メタバース用」といったものが出てくる、ということになるだろう。

それはあまり興味深いとは思えない。「まったく違うマッチングサービスを作ろう。3Dのティンダーではなくて、まったく異なるものにしていく」と言って取り組むような人たちを探すようにしている。それが実際には、かなりしっかりとした基盤を持ったものだということが分かるだろう。

──例えば?

ボール氏:(マッチングサイトの)イーハーモニーやマッチドットコムを考えてみて欲しい。モバイル版マッチングアプリは、これらとはまったく異なるものだ。イーハーモニーやマッチングドットコムは、「2時間かけて、300の質問に答えて欲しい」と言ってくる。

それに対しティンダーは「3〜7秒で写真を見て、スワイプして欲しい」と言ってくるのだ。私は原則として、「3Dで私たちがやろうとしていることは、2Dでやっていたこととはまったく異なるものになる」、というような売り込みを探すようにしている。

──なるほど。創業者には何を求めますか?

ボール氏:私が個人的に見てきた、最も成功する創業者の多くは、現行の(テック)大手で5〜10年働いてきた人で、勤めていた企業が悪かった訳ではなく、テクノロジーがまだ整っていなかったり、優先事項が合っていなかったために、不満を感じていた人たちだ。

そのような人たちは今、リソースの面で制約を受けることが比較的少なくなっており、これまでに多くを学んできた。そして彼らは10年経った今になって、同じ問題を見て、少し苛立ってきている。

10年も何とかしようとしてきていて、本当に実現させたいんだ。そのような人たちが、圧倒的に私のお気に入りだ。

メタバースとは?

──メタバースの話題に移りましょう。最近ではメタバースをどのように定義しますか?

ボール氏:定義するというよりは、説明しようとしている。その理由は、インターネットを「定義」するとなったら、TCP/IP、あるいはインターネットプロトコルだと言うだろう。一部の人にとってはとても有益な定義だが、インターネットを説明することは良くできていない。

さらに重要なのは、「画像やEメールに対応する、ネットワークを超えたデータのシームレスで安全、一貫して包括的な伝達を可能にする、ネットワークのネットワーク」という、インターネットの説明も、あまり役には立たない、という点だ。

──そうですね。では、どのようにメタバースを説明されますか?

ボール氏:リアルタイムでレンダリングされた3Dバーチャル世界の、大規模で相互運用可能なネットワークで、実質的に無制限の数のユーザーが同時かつ持続的に体験できるもの、だろう。

メタバースの定義は様々だということが分かってくるはずだ。事実、メタバースがすでに存在しているかどうかについても、意見は一致していない。

(Oculus VRの最高技術責任者)ジョン・カーマックと(メタ・プラットフォームズのCEO)マーク・ザッカーバーグは、この先5〜10年でメタバースが誕生すると言っている。

ビル・ゲイツや(マイクロソフトのCEO)サティア・ナデラ、(ベンチャーキャピタリストの)ライド・ホフマンは、メタバースはすでに存在しているか、この先数年で登場するだろうと言っている。

(エピック・ゲームズのCEO)ティム・スウィーニーや(NvidiaのCEO)ジェンセン・ウォンは、この先数十年で登場してくると言っている。まだ始まっていないと思っているのだ。

ちなみに、メタバースという言葉を数えられるもののように使うことには賛成できない。つまり、「あるメタバース」や「いくつかのメタバース」のように使うことだ。それは、フェイスブックのインターネット、グーグルのインターネット、マイクロソフトのインターネットと表現するのと同じだと感じる。

そして最後に、ウェブ3とひとまとめて考えてしまう人もたくさんいるだろう。メタバースとウェブ3は関連しているが、別個のものだ。さらに、バーチャルリアリティだと考えている人も多くいる。

──3Dの話が出てきましたね。3Dはメタバースにとって必要な要素とお考えでしょうか?

ボール氏:そう言えるだろう。過去40年間私たちが経験してきたインターネットと差別化するために不可欠なものだと思う。私たちが必要としているが、今は欠けている多くの機能にも非常に大切だ。

メタバースの未来予測

──メタバースに関する予測を聞かせてください。メタバースが成熟したら、私たちの暮らしはどう変わるでしょうか?

ボール氏:いくつかのポイントを挙げよう。まず、「幻滅期からメタバースへ」というシフトが見られることは間違いない。ここ1年で、メタバースというトピックが非常に流行してしまったことに伴う困難の1つは、私たちの暮らしは見違えるようには変わっていない、という点だ。

多くの人が「メタバースについて耳にし続けていて、すでに登場しているという人もいるし、企業は何十億ドルも投資している。社名を変えたところまである。メタバースはどこにフィットするんだ?」と言うような時期が来るだろう。

それが、お馴染みの幻滅期へとつながる。私たちが思い描くようなバージョンのメタバースが実現するまでに、そのような時期を2度ほど経験するかもしれない。

──現実を思い知らされました。他には?

ボール氏:言葉が変わるという結果になるかもしれない。例えば、テンセントは、メタバースではなく「ハイパーデジタルリアリティ」という言葉を使っている。単数形のメタバースという言葉が、(最終的に定着する)かもしれない。

つまり、「あるメタバース」や「ロボロックスのメタバース」、「マイクロソフトのメタバース」、「エピックのメタバース」といった表現を使うことになるかもしれない。そうなると、そのような体験をまとめて表現する新しい言葉を考案することにだろう。

──メタバースの体験そのものはどうなるでしょう?

ボール氏:分かっていることがいくつかあると思う。まず、メタバースというのは、現在のあらゆるデバイス、あらゆるインターフェイス、あらゆる行動や習慣が無くなることを意味しない。

モバイルの時代を考えてみて欲しい。(インターネット)データの55%が、モバイルデバイスから始まり、モバイルデバイスで終わる。それでも同じように、約半分はモバイルデバイス経由ではないのだ。

私が今しているように、モバイルデバイスを使う時には、データ送信のほとんどすべてが、固定回線インフラで発生している。モバイル、という言葉を使っているのにも関わらずだ。

私たちはいまだに、主にTCP/IPを、ほとんど変わらずに使っている。それは、1980年代発の伝統的インターネットだ。将来的にも多くの場合、今使っているデバイスを使い続けるだろう。パソコンさえも使っているはずだ。2Dのインターフェイスも。

Eメールを書くのに、常に、あるいはほとんどの場合、3Dを使いたがるとは考え難い。多くの場合、電話の通話には音声のみが必要で、拡張現実の映像なんて、まったく必要ないだろう。

──そのような文脈では、メタバースについてどのように考えれば良いでしょうか?

ボール氏:電話通話のためのホログラフィーなど、何らかのユースケースを補完する。あるいは、他のユースケースの代わりになることができるはずだ。デジタルのパワーポイントで行われていた研修が、今では3Dで行われているというような事例もあるだろう。そうなると、まったく新しい体験が生まれる。

新しい体験の多くが、本当に興味深いものだ。私は、2つの固有な分野について特に知的好奇心を持っている。非常に大きい分野で、ほとんどの意味で、異常なほどに非効率的。ここ4年間、おおむねディスラプションに抵抗してきた。

教育と医療だ。

──なぜそれらの分野は、大きなポテンシャルを持っているのでしょうか?

ボール氏:インターネットが始まった1983年以降の教育コストを見てみると、1400%も上がっている。インターネットが、そのような伝統的サービス分野をディスラプトすることを、私たちは長年期待してきた。

何年さかのぼっても、未来を予測する人たちやメディア戦略家たちが、「大学は永遠に変わる。(中略)ハーバードはオンライン限定学位を授与し始めるだろう。(中略)雇用主はそれを、対面の体験として有効なものと捉えるだろう。そして突如、大学の学費が下がる!」と予測してきた。

しかし、そのような予測はまったく実現していない。パンデミック中に起こったことを振り返れば、Zoomを介した学校がどれほどひどいものかを認識することの繰り返しだ。

だから私は、没入型のVR(バーチャルリアリティ)とAR(拡張現実)が、そして3Dのリアルタイムレンダリングやイベントシミュレーションが、そのような分野のディスラプションをどうやって可能にするのか、という点に非常に興味がある。

実際に教室にいるように感じられるのか?ユーチューブのストリーミングを観たり、選択肢方式の問題をクリックするのではなく、3Dで科学の実験ができるのか?バーチャルの猫を解剖できるのか?

そういったことが、私を魅了するんだ。この先10年間で、そういったものが登場してくるだろう。

今後の課題と中央集権化

──メタバースがメインストリームへの普及と成熟を果たす上で最も大きなリスク、あるいは制約となるものは何か?

ボール氏:それは良い質問だ。私たちはますます、仕事、余暇、財産、幸福にまつわる時間の多くを、バーチャル世界で過ごすようになるだろうと、私は確信している。

そして時間とともに、メタバースを生み出す相互運用性の構築と確立が起こるだろうと。

大切なことは、私たちの前に横たわる巨大な技術的制約がどれほどたくさんあるかを認識することだ。ネットワーキングインフラはすでに、高品質、高解像度の動画を観る能力に関して課題となっている。

中東のブロードバンド対応世帯の75%以上は、ハイファイビデオゲームを安定してプレイすることができない。世界的に大半のデバイスが、リッチな3D仮想化に必要なコンピュータ処理能力を持たないのだ。

ARやVRをデバイスの大切なフォームファクタとして信じている限り、そのようなデバイスがどれほど制約を持ったものであり、この先も制約を持ったものとなるかを表明するのは、本当に困難だ。

量子コンピューティングの確立や、バッテリー能力に前例のないほどのイノベーションが起こらない限り、私たちが思い描くようなVRやARのウェアラブルを手にすることはできないと、断固として信じている人が、メタバース分野にも多くいることを知っている。

──メタバース騒ぎが収まったら、中央集権化、あるいは分散化どちらかに傾くと思いますか?

ボール氏:中央集権化は、ある意味では、避けられない結果だと認識することが大切だと思う。分散化か、中央集権化かという問題ではなく、その間のどの辺りになるか、というのが問題だ。

過去15年間は、過度に中央集権化していたと、私たちのほとんどが認識している。しかし、インターネットの成長は、AOLやヤフーといった中央集権型サービスに由来することも、覚えておく必要がある。モバイルエコシステムの成長は間違いなく、iPhoneとその豊かな垂直統合によって押し進められた。

私たちは、中央集権化の多くの形態を目にしている。ウォールドガーデンもある。しかし時には、データ、収益、R&D予算、人材の非対称な集積もある。

他にも、習慣やブランドを理由とするものもある。Bingや、その他の代替サーチエンジンを使ってみようと思う人は、ほとんどいない。私たちの習慣というのは、本当に力強いものだ。あなたに試してみようと思ってもらうためだけに、Bingがどれほど優れたものになる必要があるか、考えてみて欲しい。

──Bingのことなんて、何年も考えたこともありません。

ボール氏:(NFT取引サービスの)OpenSea(オープンシー)は、分散型ブロックチェーンネットワーク上だけで運営されているのにも関わらず、そのブランド、そして最近の詐欺プロジェクトに対する姿勢によって、より信頼できるマーケットプレースになっている。

このことは、このような企業がベンチャーキャピタルの支援を受けて、120〜150億ドルもの評価額を受けている理由の1つでもあるのだ。

技術的中央集権化がない、つまり、開発者、ユーザー、あるいはデータを閉じ込めていないのに、習慣、ブランド、知的財産、R&D、技術、機械学習、フィードバックループなどは、中央集権化する傾向にある。これからの1年では、はるかに低いレベルの中央集権化と、より健全な競争が見られることを願っている。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:マシュー・ボール氏(CoinDesk)
|原文:Matthew Ball: Metaverse Man