原宿のシェアハウスで出会いソラナで起業したDEX:Web2から学ぶWeb3決済

Orca(オルカ)は、東京・原宿のシェアハウスで出会った2人のプログラマーが共同で開発した分散型暗号資産取引所(DEX=Decentralized Exchange)だ。

創業者は、ニューヨーク州の田舎町で育ち、米西海岸のスタンフォード大学でコンピューターサイエンス(CS)を学んだグレース・クワン(Grace Kwan)氏と、ミシガン大学で同じくCSを専攻した森優太郎(Yutaro Mori)氏。

クリエイティブデザインのIDEO Tokyoで働いていたクワン氏と、イーサリアム2.0の開発に携わっていた森氏は2020年3月、ソラナ・ブロックチェーンのエコシステムで誰もが簡単に利用できるシンプルな分散型取引所を作ろうと、Orcaを共同創業した。

Orcaは、わずかな手数料とその時々の最適なレートで、暗号資産(仮想通貨)の取引ができ、取引プールの流動性を増すために資金を供給すれば、取引手数料の一部を取得することができるDEX。Orcaはシャチの生物学名で、「キュートだけれど、とてつもなく強い海の世界の存在」をイメージした。

アメリカで会計士として働いていた日本人の父親を持つ森氏と、エンジニアでありながら東京でデザインを追求する仕事に従事してきたクワン氏は、DeFi(分散型金融)やDEXの事業を開発する上で、世界のプラットフォーマーが過去30年で作り上げてきたサービスから学ぶことが多いと話す。

ゴールデンウィーク中に日本を訪れていた二人の創業者に話を聞いた。


資本主義の黄金期の今、なぜ暗号資産決済は面倒なのか?

グレース・クワン氏の体験

会社の同僚のために、アマゾン・シンガポールでコンピューターのマウスを買った。彼が商品のリンクを送ってきたので、「今すぐ購入」ボタンをクリックする。

私のアメリカのクレジットカードに自動的に請求が来て、決済はシームレスに米ドルからシンガポールドルに交換されて行われた。何よりも素晴らしいのが、そのプロセス全体で30秒しかかからなかったこと。

問題は、私が立て替えた代金を同僚が返そうとした時に起こった。「現金かUSDC-SOLで」と私は言った。

DeFiスタートアップで働く者同士、後者が当然の選択に思えた。ソラナのスピードと手数料の低さを考えれば、簡単なはずだろう。私たちのどちらもプライバシーについて心配しておらず、ネットワークが協力的ならば、簡単なはずだったのだ。

しかし実際には、次のようなプロセスとなった。

私は自分のソラナウォレット「ファントム(Phantom)」を開き、新しいアドレスを生成して、ディスコードで送った。同僚は暗号資産取引所のFTXにログインして、ソル(SOL)をUSDコイン(USDC)に交換。試験的に私のアドレスに0.01ドルを引き出した。FTXは、引き出しが処理されたという確認のメールを送ってきたが、それから15分経っても、私は何も受け取っていなかった。

ネットワークが混雑していたのだろうか?知るすべもないので、その日は家に帰った。

次の日、0.01ドルが私に届いた。同僚は残りの分のトークンを送ってくれたが、シンガポールドル(SGD)と米ドル(USD)の為替レート(128 SGD = 〜96USD)を考慮に入れるのを忘れていた。

大したことではない。私が余分のトークンを同じアドレスに送り返せば良いのだろう?ところが、そうではなかった。彼は中央集権型取引所(CEX)を通じてトークンを送ったため、受け取り用のアドレスは異なる。

支払いにまつわるすべてのプロセスが終わることには、アマゾンで注文したマウスはすでに到着していた。

私たちは、資本主義の利便性の黄金期に暮らしている。暗号資産はその次なるフロンティアだ。それなのに、暗号資産決済はなぜこうも大変なのだろうか?改善するためには、どうしたら良いのだろうか?

エンジニアからデザイナーに転身した人間として、私の答えは、人間中心設計にある。

テクノロジー中心ではなく人間中心設計が必要

グレース・クワン氏と森優太郎氏が考える製品設計

(Orca共同創業者の森優太郎氏/coindesk JAPAN撮影)

人間中心設計(human-centered design:HCD)は、シンプルなコンセプトだ。ターゲットユーザー(本物の人間)の行動を観察し、彼らが何を必要としているかを学び、そのニーズに合わせた製品を設計するというもの。

これとは対照的に、多くの暗号資産プロダクトは、テクノロジー中心設計とも言えるやり方を採用している。基礎となるデータを観察し、それをできるだけ直接ユーザーインターフェイス(UI)へと反映させる。例えば、データがデータベース内で表として保存されているなら、UIでも表として表示するといった具合だ。

多くの場合、このようなテクノロジー中心設計のプロセスの結果として、すべての必要な情報は含むが、初めてのユーザーにとってはまったく馴染みのないものに見えるインターフェイスが出来上がってしまう。

そうなると、新しいインターフェイスが必要となるのか?あらゆる新しいインターフェイスは、イノベーションだろう?実はそうではない。「新しい」ということは、少なくとも設計においては、「より良い」ことを意味しないのだ。

ウェブ2の大手企業は何年もかけて、ウェブ上でお金を送る方法を設計、開発、試験してきた。より幅広い人たちを暗号資産に招き入れたければ、少なくともすでに存在しているものと同等レベルの体験を提供しなければならない。

多くの場合それは、暗号資産アプリが誰の目にも見える形で露呈させてしまう乱雑な詳細部分をすべて、見えないように黒い箱で覆ってしまうことを意味するかもしれない。

ウェブ3をもっとウェブ2のように

(画像:Orcaのホームページ)

グレース・クワン氏と森優太郎氏の提案

最後に支払いをした時のことを思い出して欲しい。誰に対して支払ったのか?最初に浮かぶのは、人か企業だろう。ランダムに見える文字と数字の羅列ではないはずだ。

それなのに、暗号資産ウォレットや取引所はおおむね、アドレス中心である。もちろん、ほとんどのウォレットで、人のアドレスを保存することもできるが、それでは、固定電話しかなかった頃に多くの人が連絡先を保管していたのと同じ方法だ。

ウェブ2は、ソーシャルプロフィールを通じて、だいぶ前にこの問題を解決した。ウィーチャット(WeChat)を使えば、チャットに使うのと同じインターフェイスを通じて、直接友達に支払いができる。QRコードをスキャンしたり、電話番号を交換したり、その他の身元情報を聞く必要はない。それなのに、ウェブ3ではアドレス帳に逆戻りだ。

そこで、物議を醸しそうなアドバイスとなるが、ウェブ3をもっとウェブ2のようにすれば良いのではないだろうか。

「だけどそれでは」と、暗号資産純粋主義者たちは反発するだろう。多くの人にとって、ウェブ3とは分散型を意味し、それは常に目を光らせる巨大ソーシャルネットワークからの自由を象徴する。ウェブ2のユーザーエクスペリエンスを再現しようとすることで、そのような理想を犠牲にしてしまうのではないか?

答えはイエスでありノーでもある。より良いユーザーエクスペリエンスと引き換えに、ユーザーがある程度の匿名性を喜んで差し出すケースもあるだろう。トレードオフそのものが存在しないケースもある。

ウェブ2のようなエクスペリエンスは、イーサリアム・ネーム・サービスのような分散型手段で実現できる。ちなみに、Orcaのキャッチフレーズは「The DEX for people, not programs.(プログラムではなく、人間のための分散型取引所)」である。

暗号資産決済がメインストリームになるためには、優れたデザインを犠牲にせずに、追加のメリットをもたらす必要がある。

この点では、オンチェーン決済への新しいアプローチが期待できそうだ。「ソラナ・ペイ(Solana Pay)」機能の発表されたイメージ画像は、馴染みあるQRコードベースの決済インターフェイスを特徴としている。

これは、私たち好みの決済UIではない。SuicaやpayWaveなど、タップして決済するインターフェイスが私たちのお気に入りだ。しかし、使い方で疑問が生じることはない。

正確な支払い額と支払い手の身元情報は、ブロックチェーン上で誰でも閲覧可能ではないため、ユーザーが決済プラットフォームに当然期待するレベルのプライバシーが守られる。

さらに業者にとっては、手数料が下がり、NFT(ノン・ファンジブル・トークン)を通じた顧客の忠誠心を高めるための新しいアプローチも手に入る。

しかし、このソラナ・ペイはまだ大規模にテストされてはおらず、ネットワークの安定性はいまだに懸念事項だ。ソラナ・ペイが成功するためには、新しい機能のために、セキュリティ、信頼性、シンプルさといった基本的な要素を犠牲にしてはならない。

決済の黄金期はすでに到来している。より難しいものにするのはやめよう。


|取材・編集:佐藤茂、山口晶子
|トップ画像:Orca(オルカ)共同創業者のグレース・クワン氏/撮影:coindesk JAPAN