ウォール街の相場操縦スキャンダル、クリプト界へ警鐘

先週、ファミリーオフィスのアルケゴス・キャピタル・マネジメント(Archegos Capital Management)の創業者ビル・フアン氏の劇的な逮捕、告発劇が展開した。

アルケゴスが昨年に債務不履行に陥ったことを覚えている読者も少なくないだろう。巨額のレバレッジ取引のために、アルケゴスに貸付を行なった銀行は、100億ドルもの損失を出すこととなったのだ。

フアン氏が行ったことが完全なる詐欺行為だったのかについては、興味深い議論が可能だが、当記事ではそこにはフォーカスしないことにしよう。そうではなく、アルケゴスの活動の仕組みと、暗号資産(仮想通貨)保有者やトレーダーがそれを理解することが、極めて大切な理由について話をしたいと思う。

一極集中の崩壊

仕組みはシンプルだ。アルケゴスは多額の資金を借り入れ、そのお金で約10銘柄の株式を大量に購入。その購入自体が、株価を押し上げる要因となり、アルケゴスはさらなる資金を借りるのに使える含み益を得る。そうして借りたお金を使って同じ銘柄の株を買い、さらに株価を押し上げる。

このようなレバレッジ取引が、一時的には素晴らしい結果を残していた。フアン氏は2013年、わずか2億ドルでアルケゴスを立ち上げたのに、ピーク時にはその価値は300億ドルを超え、8年間で1400%も成長していたのだ。

しかしこれは、期間限定でしか使えない手法であった。アルケゴスはいくつかの主要株式で、信じられないくらいのポジションを積み重ねることとなった。米証券取引委員会(SEC)によると、アルケゴスはテンセントの発行済み株式の45%、バイアコムCBS(現:パラマウント・グローバル)の50%以上を保有していた。

フアン氏に対する詐欺容疑での告発の根拠の1つは、彼が借入の際に銀行に対して、このような手法について嘘をついていたことにある。結末を見れば、銀行がこのような一極集中的な投資に貸付を行うことに消極的な理由が分かるだろう。

バイアコムCBSがアルケゴスのバブルをはじくことになった。同社株は2021年1月の約35ドルから、3月までには95ドル近くまで高騰。私の憶測に過ぎないが、アルケゴスによる積極的な買い(市場操作と疑われる行為)が、信じられないほどの値上がりを呼び、新しい株式の発行を促した可能性が高い。とにかく、資産が3倍近くになるなんて素晴らしいではないか。

しかし、素晴らしい結末とはならなかったのだ。株価の値上がりは、バイアコムCBS幹部に新しい株式発行を促し、それによって株式の価値は下がり、3日間で30%安となった。

集中的な投資とレバレッジの高さによって、1つの株の30%の値下がりだけで、アルケゴスは世界最悪のマージンコールを受けることになった。保有株式の価値が借入残高に対して低下し、アルケゴスは清算を余儀なくされた。そして最終的には、ファンド全体が破綻した。

しかし、ここが非常に大切なポイントなのだが、それでも貸し手に返済するのに十分な資金はなかった。

重要な警告

アルケゴスの事例は、レバレッジを効かせていたり、特定の方法で裏づけられている多くの暗号資産にも起こり得ることを示している。ここで重要となる用語はエグジット流動性(exit liquidity)で、重要な教訓は、流動性危機において突如ダメになってしまうような少数の資産に集中して投資することの危険性だ。

多くの暗号資産エコシステムにおいて、トークン保有者たちは、フアン氏に貸付を行なった銀行と同じような立場にいる。つまり、燃え尽きていくトークンから、逃れられなくなるリスクを負っているのだ。

どんなに寛容に解釈したとしても、現在単独の資産テラ(LUNA)に「裏づけ」られているステーブルコイン「TerraUSD(UST)」には、崩壊の危険がある。

チームは現在、フアン氏を破滅させたようなリスクの集中を避けるために、裏づけ資産を多様化しようと取り組んでいるが、現在の目標は、ビットコイン(BTC)とアバランチ(AVAX)を加えることで、3つの裏づけ資産に増やすこと。ちなみにフアン氏は、10銘柄近くのポジションを抱えていても、あまりに脆弱だということになったのだ。

もう1つの類似性は、一般的な暗号資産の評価づけの仕組みにある。とりわけ、創業者報酬やプレマイニング(トークン発行前に、プロジェクト指定のマイナーが先行してマイニングを行うこと)、比較的動きのないブロックに保有されている大量のトークンに関してだ。

多くの人が指摘している通り、多くのトークンが宣伝する「時価総額」という指標は、このような実質的に市場に存在せず、これまで一度も市場に存在したこともない大量のトークンの存在によって、かなり無意味になってしまっている。同じことが、一部の貸付・ステーキングプロトコルにロックアップされているトークンにも言えるかもしれない。

これら大量の取引されていないトークンは、アルケゴスがそのポートフォリオを膨張させたのと同じような形で、コインの合計時価総額を吊り上げている。

プレマイニングやステーキングの影響はより些細だが、どちらも資産の希少性やそれに対する需要について、誤解を招くような印象を与える。そして、理由は異なるが、どちらの場合も個人投資家が食い物にされてしまう可能性があるのだ。

バイアコムCBSの株価が昨年3月に高騰するのを見て投資していた人は、わずか7日間で彼が97ドルから48ドルへとその価値を焼き尽くしてしまう中、フアン氏のエグジット流動性となっていたのだ。

哀れな銀行のことも忘れてはならない。例えば、クレディ・スイスは、アルケゴスの貸倒損失の大半となる47億ドルを負担した。そのため、アルケゴス破綻のわずか数日後には、クレディ・スイスの株価は18%近く下落。クレディ・スイスはそれ以前にも問題を抱えており、その株価は1年が経った今でも回復していない。

ビル・フアン氏は法を犯していたかもしれないし、ウォール街の暗黙だが受け入れられているルールに従っていただけかもしれない。最近では、ハイレベルの金融の世界で働くためには、不正や嘘は必要条件のようなものだ。

暗号資産には、透明性という明らかな優位性がある。フアン氏がその投資の一極集中とレバレッジを隠していなければ、これほどの損失を生むことはできなかったはずだ。大抵の場合、レイヤー1やその他のプロトコルが同じようなことをしたら、はるかに見えやすくなる。

トレーダーや投資家は、暗号資産版のアルケゴス再来を防ぐために、ブロックチェーン上の情報に十分な注意を払うことが、肝要だ。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:Wall Street’s Latest ‘Market Manipulation’ Scandal Should Be a Wake-Up Call for Crypto