マクロ、再び暗号資産市場を動かす【コラム】

全体的なマクロ環境はここ9カ月、暗号資産(仮想通貨)の世界では目立たない存在となっていた。暗号資産価格を主に動かしていたのは、数々の企業やプロジェクトの破綻や崩壊(FTX、テラのLUNA/UST、ブロックファイ、ジェネシス)とサクセスストーリー(イーサリアムブロックチェーンのMerge、さまざまなレイヤー2のローンチ)で、それらの陰に隠れていた。

しかしここ数週間でマクロは中心的な存在に返り咲いている。銀行危機とそれに対する政策が主役となり、他の資産は犠牲になっているが暗号資産はプラスの影響を受けている。米地銀ETF(KRE)とビットコイン(BTC)を比べてみれば、3月第1週以降の勝者と敗者について知るべきことがすべてわかるだろう。

Bloomberg

暗号資産は上昇しているが、マクロ投資家は景気後退時の戦略を取ろうとしている。つまり、

  • 短期金利が急激に低下する一方、長期金利はわずかに低下(ブル・スティープニング:典型的な景気後退時を示す)
  • ゴールドは絶好調で史上最高値に迫る
  • 原油は不調
  • 小型株やグロース株は大型株やバリュー株より低調、一方でディフェンシブ銘柄はシクリカル銘柄(景気敏感株)をリード
  • IT株は金利低下が評価額を支える

FRBと財務省の信頼喪失

米連邦準備制度理事会(FRB)は信頼を失った。2年国債の利回りは3月の最高水準の5.08%から、当記事執筆時点では3.75%まで低下。それだけでも驚くような動きだが、FRBがFF金利(政策金利)を0.25%上昇させ、5%にすると決定したことも考えると、さらに衝撃的だ。

これは、市場がFRBの脅しに対抗していることを示している。FF金利は3月初めには2年国債の利回りよりも低かったが、現在は1.25%高くなっている。FF金利と2年国債の利回りの差は現在、2007年以来最も大きくなっており、こうした差の拡大は歴史的には迅速で積極的な利下げにつながってきた。

FF金利と2年国債の利回りの差
出典:Bloomberg

さらに「FRBプット」が復活している。FRBのバランスシート上の資産はここ2週間で3920億ドル(約51兆円、1ドル130円換算)増え、昨年4月以降の量的引き締めの60%が消失してしまった。

FRBの総資産
出典:Twitter @charliebilello

米財務省も信頼を失った。FRBと米連邦預金保険公社(FDIC)とともに、破綻した一部の地方銀行の預金者を全面的に保護することにした後、イエレン財務長官は明白に完全なサポートを提供するか、モラルハザードを避けるべきか決めかねている。

ここ数日、イエレン財務長官は預金保険水準の引き上げレベルについて発言を二転三転させた。経済状況についての以前の発言も、もはや信頼を失った。財務長官は2017年に「我々が生きているうちに」再び金融危機が起きることはないとだろうと語っていた。

世界的な銀行危機

クレディ・スイスも忘れてはならない。UBSに買収されたことで、株主や多くの偶発転換社債(CoCo債)保有者に壊滅的なダメージを与えたが、クレディ・スイスは少なくともここ15年、問題を抱え続けていた。ブルームバーグが以下のように報じている。

「クレディ・スイスの失態には、麻薬の売人にブルガリアでマネーロンダリングをさせたことに対する刑事上の有罪判決、モザンビークでの汚職への関与、元従業員のスパイ・スキャンダルへの関与、大量の顧客データのメディアへの流出などが含まれる。信用を失った実業家レックス・グリーンシル(Lex Greensill)氏や破綻したニューヨークの投資会社アルケゴス・キャピタル・マネジメント(Archegos Capital Management)と関連があったことも、事態を十分に掌握していない組織という印象を悪化させた。うんざりした顧客の多くは、取引をやめることで意思表示をし、2022年後期には前例がないほどの顧客流出が起きた」

コントロールを失ったFRB、我を見失った財務長官、グローバルな銀行危機の加速という背景のなか、暗号資産アプリのダウンロード数が先週15%増加した一方で、銀行アプリのダウンロード数は約5%減少したことも驚きではないだろう。

SECの取締強化

市場は政府と金融システムへの不信感を、それらに代わる可能性のある暗号資産への関心という形で示している。暗号資産の広がりが、米証券取引委員会(SEC)が暗号資産に戦いを仕掛けていることと同時に起こっていることは面白い。

SECは先日、投資家に対する警告を発し、暗号資産への投資に慎重を期すよう促した。それ自体に問題なく、正しい警告だ。暗号資産への投資は慎重に行うべきだ。

しかし、年初以来の一連の執行措置の最中というタイミングは、グローバル金融市場が抱えるはるかに大きな問題を考えると、どこか不誠実に思える。SECはさらに、コインベース(Coinbase)にも訴訟の可能性を警告している。

SEC、財務省、ホワイトハウス、FRBがいかに努力しても、もう後戻りはできない。銀行が閉鎖され、預金者や投資家が離れていくなか、暗号資産に強気になるべき理由は皆に明らかだ。

銀行の問題は、暗号資産投資家にとっても、事業や資本の流れという面でも面倒なことだ。流動性が暗号資産のスポット市場から吸い出されるなかで影響はすでに出始めている。

銀行とステーブルコインの戦い

しかし本当の戦いは、暗号資産投資家と規制当局の間ではなく、銀行とステーブルコイン発行者の間だ。ステーブルコイン発行者は準備資産の保管で、まだ銀行に頼っており、銀行は自らを廃業に追い込むような業界を助けることに大いに抵抗している。それは当然のことだ。

暗号資産取引所ビットメックス(BitMEX)の元CEOアーサー・ヘイズ(Arthur Hayes)氏は銀行危機が始まる前の2022年末、銀行とステーブルコインの摩擦について素晴らしい考察を行った。

問題の中心は、ステーブルコイン発行者は利子収入を保有者に渡さずにすべて自分のものにできるため、利上げは発行者にとって喜ぶべきものであるのに対し、金利を還元しなければ預金者を失ってしまい、長期ローンで含み損を抱えてしまう銀行にとっては大問題であることだ。

「銀行はなぜステーブルコインというモンスターを嫌うか理解できるだろうか? ステーブルコイン発行者の利益率はほぼ100%で、銀行よりも優れた銀行業務を行うことができる。ステーブルコインについてFUD(恐怖、不確実性、疑念)を煽るような意見を読んだ時は、銀行はただ嫉妬しているだけということを思い出してほしい」(ヘイズ氏)

今存在しているステーブルコインをなくし、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を使っても状況はあまり良くならない。マッキンゼーは2022年のレポートで、リテール型CBDC導入が成功した場合、銀行は世界全体で年間2兆1000億ドル(約279兆円、1ドル133円換算)の収益を失うと推定した。

既存の金融システムと並行して運営されるデジタルインフラを構築しようとしても、暗号資産エコシステムは伝統的な銀行システムと強く結びついているというのが現実。つまり皮肉なことに、銀行を救おうとする一方で暗号資産を潰そうとすることは、究極的には暗号資産も救うことになる。今は、ブロックチェーン支持者にとっては、ウィン・ウィンの状況だ。

ジェフ・ドーマン(Jeff Dorman)氏:暗号資産運用会社アルカ(Arca)の共同創業者兼最高投資責任者。

※当コラムは一般的な情報提供のみが目的で、投資アドバイス、投資リサーチ、法的アドバイス、税務アドバイス、リサーチレポート、助言を目的としたものではありません。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:FRB外観(Jesse Hamilton/CoinDesk)
|原文:Macro Is Back to Moving the Digital Asset Markets