アメリカの銃市場で広がる暗号資産決済、プライバシーは守られるか?

アメリカの銃文化の中では、プライバシーを求める声が根強い。多くの銃所有者にとって、何を誰が所有するかを記録しようとする政府の取り組みは、成功の見込みなどないものだ。

「どんな形でも、登録には反対だ」と、市民団体「米国銃所有者協会(Gun Owners of America:GOA)」の特別プロジェクトコーディネーター、ジョン・クランプ(John Crump)氏は語った。

暗号資産(仮想通貨)支持者たちも同じような信念を持っており、新しい金融エコシステムが、政府の監視を回避する力を人々に与えるということが、しばしば話題になる。

クランプ氏は、この2つの世界が重なり合うところにいる。元米議員ロン・ポール(Ron Paul)氏の言葉を引用し、「ワシントンで唯一の妥協しない銃ロビー団体」と自称するGOAで、暗号資産とブロックチェーンの専門家として働いているのだ。

そもそも、ブロックチェーンは暗号資産の存在と機能を可能にしている。ブロックチェーンとは、トークンがある人から別の人の元に渡った時に、その情報を公開で記録するデジタル会計台帳。

匿名性を保つために作られ、誰も身元を記録する必要のないブロックチェーンであるが、そこを覆う秘密のベールは、適切な捜査スキルを持った警察や人物によって、切り裂くことができる。

このために、暗号資産は銃所有者にとって厄介な存在となり得る。暗号資産で銃を購入すると、デジタルの記録が作成される。ブロックチェーン上の記録は、買い手や売り手の名前を明らかにすることはないかもしれないが、取引自体は記録されるため、プライバシーを保証することはできないのだ。

「正直に言って、すべてが追跡可能ということを認識している人はあまり多くないだろう」と、クランプ氏。「武器市場の参加者の多くは、ビットコインや他の暗号資産と聞くと、追跡不可能で内密なものだと自動的に考えてしまう。ブロックチェーンが台帳だということを認識していないのだ。すべてがそこに記録されているのに」と続けた。

ブロックチェーン:期待できるソリューション?

銃の問題は、アメリカを二分するもので、銃を所有する権利を主張する人たちと、規制を求める人たちの間で妥協が図られるのを想像するのは難しい。

しかし、銃規制を求める人たちが皆、武器を禁止したがっている訳ではない。規制をして、惨事をもたらすような人が武器を手にできないようにしたいだけなのだ。ブロックチェーンはそれを実現するために提案されたソリューションの1つ。少なくともある程度のプライバシーを確保するソリューションと謳われている。

ワシントン州立大学の医学教育・臨床科学学部のトム・ヘストン(Tom Heston)助教授は、公衆衛生の観点から、銃による暴力の蔓延にアプローチしている。

2017年に発表した『銃規制のためのブロックチェーンソリューション(A Blockchain Solution to Gun Control)』と題された論文では、銃や銃弾を追跡するための、ブロックチェーン基盤の共通IDを提案している。それが、自分や他人を傷つける恐れがあると判断された人から、警察が一時的に武器を押収できるようにするレッドフラッグルールなど、銃規制のための方策を講じるのに役立つと、ヘストン助教授は主張する。

そのようなシステムには、ブロックチェーン上に記録された名前や住所などの個人情報は含まれない。しかし、警察が誰かの身元を特定したければ、暗号資産ウォレットのアドレスと、そのアドレスの保有者である人物をつなげることで可能だと、ヘストン助教授は説明。

「プライバシーを維持しつつ、必要があれば身元を特定する方法も残せるというのは、暗号資産が実現する組み合わせだと考えている」と、ヘストン氏は語った。

銃のロビイストたちは、ヘストン氏の登録とプライバシーに関する考えに激しく異議を唱えている。例えば、6月にはカリフォルニア州から誤って銃所有者の個人情報が流出した。プライバシーを重視する銃所有者にとっては、悪夢のような事態であった。

ヘストン氏はこのような指摘に対して、米議会が先日、銃の安全性に関する法案を可決したことを指摘。「レッドフラッグ法にはデータベースが必要だ。それなら、プライバシーを守るようなデータベースを用意したら良いのではないか?」と反論した。

151年の歴史を持つ銃保持の権利を擁護する団体「全米ライフル協会(National Rifle Association:NRA)」は、ブロックチェーンの受け入れに消極的だ。

「NRAは今も、これからも、あらゆるタイプの銃登録に反対だ。登録は没収につながるという単純な事実が理由だ」と、NRAの広報担当者ラーズ・ダルセイド(Lars Dalseide)氏はコメントした。

GOAのクランプ氏も、NRAと基本的には同意見だが、米司法省が必要とする重要な記録に関しては、ブロックチェーン上に動かすことができるのではないか、とも考えている。フォーム4473だ。

銃の販売業者や、米政府から認可されたそれ以外の売り手から銃を購入する場合、購入者はフォーム4473を提示する必要がある。ここには、購入者の個人情報、銃のシリアルナンバー、売り手の情報が記されている。この書類は永遠に、売り手側で保管される。

このフォームがデジタル化されていない一因は、多くの銃所有者が、自分の個人情報がデータベースに保管されることを嫌うからだ。ちなみに、1986年に成立した銃所有者保護法では、連邦政府が銃の記録を作成、保持することが禁止されている。

フォーム4473をブロックチェーン上でデジタル化することに「賛成ではない」とクランプ氏。しかし、「賛成ではないが、そのようなことができるとは考えているし、それが将来的なやり方だとも思っている」と続けた。

暗号資産で銃の購入が簡単に

銃市場が暗号資産を受け入れた理由の1つは、伝統的決済処理企業の一部が、銃の取引を取り扱わなくなったり、取引を金銭的に割の合わないものにしたからだ。

ストライプ(Stripe)とペイパル(PayPal)は、自社プラットフォームを通じた銃の購入を完全に禁止。ビザとマスターカードは、銃販売業者に対する取引手数料を7%に上げた。

銃業界におけるより広範な暗号資産の利用によって、「銃規制団体が、完全に合法な業界である銃業界が銀行による金融サービスを利用できないよう要求し、金融機関を操作して、我が国の選挙、立法、規制プロセスを骨抜きにするような力を挫く」ことになるだろうと、NRAのダルセイド氏は語った。

暗号資産を通じて、銃をより入手しやすいものにすることを目指すプロジェクトも存在する。「The Universal Settlement Coin:TUSC」は、普通のデジタルマネーが使えない場合の支払い手段となることを目指した暗号資産。銃の購入は一例に過ぎず、理論的には、中絶のための処置が違法の州での医師への支払いや、禁止地域での大麻の購入なども考えられる。

「伝統的金融業界は銃業界を忌み嫌っているため、銃の世界は暗号資産から恩恵を受けられるのは間違いない」と、TUSCプロジェクトの立ち上げ人の1人、ロブ・マクニーリー(Rob McNealy)氏は語った。

暗号資産を使って銃を購入することは、暗号資産の本来の約束である匿名性が必ずしも守られなくても、続いていくだろう。クランプ氏は、ビットコイン(BTC)、イーサリアム(ETH)、TUSCを使って銃を購入したことがあり、これからもそうしていくつもりだ。

「暗号資産を使ってオンラインで銃を買ったことがある」とクランプ氏。「しかし、もし秘密裏に購入したいと思っていたら、そのような購入手段は選ばないだろう」と明かした。

|翻訳・編集:山口晶子、佐藤茂
|画像:Shutterstock
|原文:As the Gun Market Moves to Crypto, Deeply Private Owners Reveal More Than They May Know